桜の下のご利益授かる煎餅屋~倅のゴールは東大合格か一流の煎餅職人か?

明石竜 

第1話

「隣町の碧里(あおいさと)公園に一本だけある八重桜に手を触れると、学力向上他いろんなご利益が授かるらしいよ。今朝のめざましの番組でやってたの。光子

ちゃん、今日の帰り、いっしょにそこへ行こう!」

 四月初旬、東京近郊に佇む、進学校としても名高い私立聖風丘高校。

 この春二年生になったばかりの成岡伸実は同じクラスの幼友達、宇野光

子にこんな誘いをかけてみた。

「碧里公園はまだ一度も行ったことがないし、その桜のことも気になるし、

せっかくだから付き合うわ」

 光子は快く誘いに乗る。


 そんなわけで放課後、伸実と光子は電車を乗り継いで碧里公園にやって

来た。

「ちょうど満開だね」

「うん、ここのは少し遅めね」

「出店もいっぱい。たこ焼き食べようかな」

「こらこら、目的は八重桜でしょ。噂の八重桜はもっと奥みたいね」

 園内マップを確認し、ソメイヨシノの桜並木道を歩き進んでいる途中、

「行列が出来てる。八重桜へのお参りのかな?」

「きっとそうだと思うわ。そっちの方角に列が伸びてるし」

 伸実と光子は大勢の人が並んでいるのを見つけた。

「これは八重桜のお参りの行列ですか?」

 伸実が列に並んでいた一人の老婦人に尋ねてみると、

「そうよ。今年はテレビで紹介されたからなんでしょうけど、特に多いわ」

 老婦人はこう答えて苦笑いを浮かべた。

「すみません、私達もその手のタイプです」

「テレビで紹介されたから行ってみようって人、やっぱり多いのね」

 伸実と光子はちょっぴり罪悪感に駆られる。

「八重桜のすぐ側にお煎餅屋さんがあるから、よかったら寄ってみて。こ

の界隈では昔から有名なの。特に晴朗(はるお)さん手作りの桜煎餅は、あなた達学生さんにはお勧めよ。八重桜以上に学力向上のご利益が強いらしいから」

 老婦人はこんなことも伝えてくれた。

「そうなんですか。それじゃ、寄ってみよう」

「そうね。相乗効果もありそうだし」

 大いに期待を抱いた伸実と光子は最後尾へ。

 それから四〇分ほど並んで噂の八重桜にようやく手を触れられた。

「なんか、本当に高い学力が授かった気がするよ」

「伸実ちゃん、ご利益に甘えずお勉強はしっかりやろうね」

「うん、それは分かってる」

「あそこが桜煎餅のお店ね」

「和風だねぇ」

 八重桜のすぐ側には、煎餅と墨で書かれた看板がある立派な瓦葺き家屋

がぽつんと一軒。

 他の出店のようなテント型ではなく、ずっと昔から同じ場所に佇んであ

るように思われた。

「あのお方が晴朗さんか。昔の文豪っぽいね」

「賢そうね」

 晴朗さんの姿を見て、伸実と光子はこんな第一印象を抱く。

 年齢は三〇代後半くらい。背丈は一七〇センチほど。黒縁眼鏡をかけ、

七三分けで面長。黒の割烹着を纏っていた。

「桜煎餅一袋下さい」

「わたしも一袋で」

 伸実と光子がお金を払ったあと、

「きみたちは僕みたいにならないように勉強しっかり頑張ってね」

 晴朗さんは爽やか笑顔でそう伝えて、桜煎餅を詰めた紙袋を手渡して来

た。

「どういうことでしょうか?」

 光子は不思議そうに問う。

「僕は東大合格通知を待ち続けて、今年もダメでついに二十浪目なんだ」

 晴朗さんは爽やか笑顔のままさらっと言った。

「私の年より上だね」

「二十浪って……なんかそれ聞くと、失礼だけど縁起悪そう」

 伸実と光子はやや引いてしまう。

「そう思われても仕方ないな。現役で落ちたから親父との約束で店を継ぐ

ことになったけど、東大は今でも目指してるよ」

「意志が強いですね。一日何時間くらい勉強してるんですか?」

 伸実は質問してみた。

「0時間の日も多いかな。一番やった日でも二時間ないかも。煎餅修行で

そんな暇無いし」

「それなら仕方ないですね」

 伸実は共感出来たようだ。

「晴朗さん、失礼ですが、東大合格は一生不可能なような……やはり来年

も東大受験されるおつもりとか?」

 光子は恐る恐る質問してみる。

「もちろん! アニメに初登場して以来、三十浪以上してる甚六さんより

はまだまだ浪人歴浅いからね」

 晴朗さんは真顔できっぱりと宣言した。

「あの人、作中では年取ってないから」

 光子は微笑みながら突っ込む。

「うちの桜煎餅に学力向上のご利益が出始めたのは、晴朗が浪人して店を

継ぎ出してからなんだ。つまり晴朗は赤の他人に学力向上のご利益を与え

る力があるってことだ。もし晴朗のやつが東大受かっちまったら、桜煎餅

の学力向上ご利益が消えちまうだろうからよぉ、俺は一生受からなくても

いいと思ってる」

 店の奥から出て来た晴朗さんの親父さんはにこにこ笑いながら上機嫌な

声で言う。

「僕も正直そう思う」

 晴朗はにこやかな表情で同意した。

「晴朗さんがいいのならいいんでしょうけど、なんか可哀想」

「そうだね光子ちゃん、晴朗さん来年こそは東大受かりますように」

 光子と伸実は同情してあげた。


 お花見シーズンが過ぎても、そのお煎餅屋さんは例年よりも遥かに繁盛

し、晴朗さんの東大受験に向けた勉強時間はますます減ったらしい。

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