私は先輩のことが好きで、親友も先輩のことが好きで、親友は先輩に告白したけれど、私には告白する勇気がない

春海水亭

愛してるって一言いうよりも、傷つけるほうがよっぽど簡単だよ。


「好きって言えるの、才能だよね」

レーンの上を、多種多様な寿司がくるくると回っている。

くるくると回る寿司は、誰かが取らなければ一生回り続ける。

勿論、誰も取らなければ店員さんが取り除いてしまうんだろうけど、

一生回り続ける寿司――なんてものを想像してちょっと笑って、ちょっと震える。

レーンにゴールは無い、永遠にくるくると回り続けるのだ。

干からびても、腐っても、誰かに取られるまでは、自分で出ることは出来ない。

半分だけ回る寿司に思いを巡らせて、もう半分でさっき言った言葉の続きを言った。


「でも、ハルが先輩のことをね……

 私は……人に好きっていう才能無いな、頑張って」

「うん!」


高校生は多分、自分たちが思っている以上に馬鹿で、

それでも、まぁまぁ良い選択をしたんじゃないかって思いながら生きていく。

目の前の春もそうだ。

私よりもブレザーを上手く着こなしていて、

私よりも教師にバレないメイクが上手くて、

私よりもカロリーを計算するという行為が上手で、

そして、私よりも人に愛を伝えるという行為が上手だ。


目の前にいるたった一人の私の親友は、私が彼女と同じ人を好きになったことを知らない。

そして、もしもそれを知ったところで彼女が告白を止める理由にはならないだろう。

むしろ、正々堂々とした勝負であるかのように私にも告白させるだろう。

その結果がどうであれ、きっと私に向ける友情はそのままに。

多分、今日と同じように私達はダラダラと寿司が回るのを眺めるのだろう。


「頑張って」

「うん」

頑張らないで、という本音を隠して私は言った。

誰かに愛の言葉を伝える勇気は私にはない。

拒絶されて、傷つくのが嫌だから。

その告白を冗談にして、受け身を取ることも出来ないから。


友達を作るみたいに恋人を何人でも作って良い世界なら、

私は傷つかないのかもしれない。

それでも世界はそうじゃなくて、

それに、私だって愛は独り占めにしたいから。


「じゃあ、願掛けを兼ねて今日は私が奢っちゃおうかな」

伝票を持って、少しおどけた風に春が言う。

「あのさ」

「ん?なに?」

「いや、ありがと」


小走りでレジカウンターに向かう春に、私は手を伸ばそうとして、やめた。

私はただ、彼女が私の分も支払うのを見ているだけだった。

奢ることも、奢られることも、大したことじゃないのに、

今日だけは一生の借りを作ってしまったような気分だった。


私は「好き」の一言が言えないまま、春を見送った。


翌日の放課後。

いつものように、春と一緒に回転寿司に行ったりはしない。

彼女は告白に付き添いを求めない。

私は自分の部屋で、枕に顔をうずめながらスマホの通知を待っていた。

私が薄っぺらい自分を守っている間に、

彼女は傷つく覚悟を決めて、自分の思いを伝えているのだろう。

そして、結果がどうであれ、一番最初にメッセージを送る相手は私だろう。


スマホが震える。見たくない。

そうやって、スマホを見ないままぼんやりとしていると、

しばらくしてから、二度も、三度も、スマホは繰り返し震えた。

私は見ない。私は傷つかない。

いつしか、スマホは諦めたかのように振動を止めていた。


夕飯が出来たよ、と呼ぶ声がする。

私は「いらない」と答えて、

少しだけ起き上がって、

緑色に点滅するスマホのライトを見ながら、ぼんやりとし続けていた。

彼女の告白が成功したという事実を受け止めたのは、夜中のことだった。


私は、「おめでとう」のスタンプを送って、

好きな人が誰かに取られてしまったことを受け入れられないまま、

いつの間にか眠っていた。


翌日、私は学校を休んだ。

一日、休んだけれど、

やはり私は、

好きな人が誰かのものになってしまったことを受け入れられないままだった。


私は、布団の中で、私は鏡の代わりにスマホの自撮り機能を利用して、

ずっと自分の顔を見て、何もないような顔の練習をしていた。

鈍感な春が、鈍感なままでいられるように。

彼女が、私の表情で真実に気づいてしまわないように。

心とは裏腹に表情は上手に作れた。


サクラ、大丈夫?いきなり休んで、心配してたんだよ!」

「うん、急に風邪引いちゃって、もう大丈夫」

翌日、私は練習の成果を春に見せていた。

大丈夫、傷ついていることは伝わっていない。


「告白、上手くいったんでしょ?おめでとう」

「ありがとう、桜」

「二人で同じ大学行くの?」

「うーーーん、まぁ頑張ってみるよ」

「そっか」

「今年から受験勉強本気で頑張らないとね」

「うん、頑張って」

「これからは、二人で回転寿司に行く時間も減っちゃうかな……」

「まぁ、しょうがないよ……うん……」


しょうがないと言って、私は微笑んだ。

もしも、運命の神様がいるならば、その人に媚びるかのように。


「桜だって、来年からは受験頑張らないとね」

「ヤなこと言うなぁ」

何故、春は私より一年先に生まれてしまったのだろう。

小さいときからの親友同士なのに、

たった一年の大きな差で私よりも遠くに行ってしまう。


「ところで、春……告白成功おめでとう」

「うん、ありがとう……と言っても、今日は休んでるみたいなんだけど」

「そうなんだ」


私は傷つきたくない、でも春を誰かのものにもしたくない。

手に入らないままでいいから、ずっと私の側にいてほしい。


「ねぇ、桜」

「なぁに?」

「この前、好きって言えるのが才能って言ったよね」

「うん……」

私には無い、才能だ。

愛してるって一言いうよりも、

好きな人の好きな人を傷つけるほうがよっぽど簡単なんだから。


「でも、そんなことは無いと思うんだ。

 本当にドキドキしたけど、でも、誰だって言えると思う」

「ううん、やっぱり難しいよ」

春は頬を赤らめながら、まっすぐに私に向かって言う。

私は首を振って答える。

綺麗事だ。でも、私は春のそういう綺麗事が好きだ。

春の中にあるキラキラとした女の子が好きだ。


「ちょっとだけ、練習してみる?」

「えっ?」

春が私の手を取って、私の目を見て、言う。

「好きだよ、桜。私の親友。ずっと一緒の大好きな友達」

「私も……桜のことが好き」


きっと、春の好きは私の好きと違っているけれど。

私はそれでも良いと思った。


「回転寿司行こうか、今日は私が奢るよ」

私は春にそう言って、くるくると回る寿司を思いながら走り始める。


レーンにゴールは無い、寿司は永遠にくるくると回り続けるのだ。

干からびても、腐っても、誰かに取られるまでは、自分で出ることは出来ない。

そして、私は絶対に――春を誰かに取らせない。


先輩の死体が見つかる日が永遠に来ないことを願いながら、私は走り続ける。

ゴールはどこまでも見えない。

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私は先輩のことが好きで、親友も先輩のことが好きで、親友は先輩に告白したけれど、私には告白する勇気がない 春海水亭 @teasugar3g

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