第42話 エピローグ

警視庁生活安全部保安課の友枝典史は、事件の繋がりから石間美樹子の取り調べを担当することになった。


「天川と初めて会ったのは、大学生の時だったんですね」


「はい。当時しつこく声をかけられていたので、10年ぶりに喫茶店で見かけた時もすぐに彼だと分かりました」


友枝の質問に対し、石間は素直に応じていた。


「天川と鍛治田部長が喫茶店で一緒にいるところを見て、どう思いましたか?」


「すぐに鍛治田が何かよくないことに巻き込まれているのではと思いました。それでも一応、天川かどうか確認を取り、それから彼と会うことを決めました」


「会ってどうしようと思ったんですか?」


「何を企んでいるのか聞くつもりでした」


「それで実際に会って聞いたのですか?」


「はい。彼はただ一緒に仕事をしているだけだと答えました」


「信じました?」


「まさか。ですが、その時、天川にお前はまだ社長の愛人をやっているのかと言われて……」


石間は少し嫌悪感のある表情を作り言った。


「失礼な質問で申し訳ないのですが、以前、柵木社長とは、そういう関係だったのですか?」


「いえ。柵木は一度も私に手を出したことはありません。ですが、天川は私の恋心を見抜いていたんです。彼は自分に協力するなら、柵木と上手くいくよう取りはからってやると言ってきました」


「それを聞いて、あなたはどうしたのですか?」


「彼の提案を受け入れました。どうしても柵木の心を手に入れたかったんです。それで、彼から重則君の写真が入った封筒を受け取り、柵木に渡しました」


「その際、人を使って会社の郵便ボックスにその封筒を入れたのは、天川の指示ですか?」


「いえ。私はそこに監視カメラが備え付けられていることを知っていたので、公園で遊んでいた少年にお小遣いを渡し、お願いしました。狙い通り、足はつきませんでした」


「石間さん。あなたはその時、天川が契約しているテナントに対し何をやっていたのか知っていたのですか? その上で協力したのですか?」


友枝はちょっと厳しめに石間に聞いた。


「いえ。彼が何をしていたのかは、報道を見て初めて知りました」


「彼が何をしていたのか、気にならなかったのですか?」


「天川の提案を受ける前は気にしていましたが、その後は全く気にしていませんでした。柵木の愛を手に入れること以外、興味がなかったので」


「そうですか」


自分の恋心には一点の曇りもない。そう感じさせるような石間の堂々とした発言だった。




事件は全て解決した。


光塚組は解散し、そのフロント企業であった登野城警備保障も倒産することになった。


柵木ビル管理事務所は世間の非難を受けたが、何とかなりそうな状況だった。


それは、石間美樹子が裁判で柵木社長は一度も自分に手を出さなかったと証言したことが大きかったようで、社長の誠実さがある意味、会社を守る形になった。


上井たちは柵木祐美子からの依頼を全て終え、新たなクライアントから身辺調査の仕事を請け負った。


「上井さん、今朝の新聞に目を通しました?」


車の助手席でビデオカメラの液晶モニターを見ている冨田が話しかけてきた。


「いや」


上井はターゲットのアパートに視線を向けながら答えた。


「天川、まだ黙秘を続けているそうですよ。やっぱり、あいつ特殊な奴でしたね」


「まあ、そんな奴じゃなかったら、警察から追われているのに相手に復讐しようとは思わないよな」


「上井さんが同じ立場だったら、復讐します?」


「まさか。そのまま逃げるに決まってるだろ」


「ですよね」


二人は互いに笑い合った。


「上井さん。俺、今回の事件で一つだけ悔しいことがあって」


「何だ?」


「俺たちの名前、メディアに一つも載ってないんですよ」


「いいことじゃないか」


「えっ、どうしてです? 事件解決にあれだけ貢献したんだから、少しくらい新聞や雑誌で取り上げてくれてもいいのにって、思わないんですか?」


「思わない。今回のような事件で名前が売れたら、背中にアート作品を所有しているような方々が俺たちの熱狂的なファンになるんだぞ? おまえ、彼らに私的ファンクラブを作ってもらいたいか?」


「結構です」


「だろう? だからこのままでいいんだよ」


「そうですね」


「おっ、出てきたぞ」


アパートの玄関から、ターゲットの男性が姿を表した。


上井はすぐに予備のビデオカメラが二人の姿をきちんと捉えているかどうか確認した。



<終>

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日沖探偵事務所事件ファイル「神はサイコロを振らない」 交刀 夕 @KITAGUNIsan

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