果てに至ったヒトの話
秋空 脱兎
書き割りの破壊を止めた後に
むかしむかし、ある日のことでした。
どこか遠い世界に、本来よりとても早く、世界の終焉が訪れそうになりました。
神様たちは、困りました。自分たちでも終焉を止められないとわかったからです。
それは、自分たちを『いる』と言ってくれる人間たちの不信を招くから。
そして何より、まだ世界に滅んで欲しくなかったから。
神様たちは考えた末に、世界を終焉から救う方法を考え付きました。
それは、自分たちよりも強く、終焉よりも絶対。そして、自分たちに味方をしてくれる存在を『ここではないどこか』から呼ぶことでした。
神様たちは、すぐに試しました。時間がなかったからです。
試みは成功しました。
呼び出したのは、容姿端麗な女性のような見た目の何か。
マキナ・エクス・デウスと名乗ったその存在は、世界を旅しながら、瞬く間に終焉を防いでいきました。
それはもう、神様たちでも引くような速さでした。
あっという間に世界は救われました。そして──、
§
草原に作られた一本道を、一台の四輪駆動車が走っていました。
運転席には長い黒髪の、鍛え上げられた刃物のように容姿端麗な女性。
助手席には短めの亜麻色の髪のかわいらしい女性。
後部座席は荷物が満載されています。
しかし突然、何もない場所で車が何かにぶつかり、止まってしまいました。
「む」
「あっ」
黒髪、亜麻色の髪の順に声を上げ、二人は顔を見合わせました。
それから車を降りました。
黒髪の女性が『車のボンネットの先の空間』に手を伸ばすと、何かが手を触れました。
黒髪の女性は何かを掴むと、一息に引き剥がしました。
すると、世界に布のように引っ張られ、何もない暗黒の空間が出現しました。
「うわあ、あっさりとやっちゃった。マキナ、貴女って本当に凄いのね」
亜麻色の髪の女性は、まず普通気付けないんだけど、と付け足すように呟きました。
「……トラヴェラ。これが『世界の果て』ですか」
マキナと呼ばれた黒髪の女性が、暗闇を真っ直ぐ見据えて言いました。
「『平面説が採用されていて、書き割りで誤魔化している世界』とは聞かされましたが、こうして直に体感すると……そうですね、不思議な気分です」
「そう。ここがメートル法で一辺約一万二千七百キロメートルある『立方体世界フレート』。その最果て」
トラヴェラと呼ばれた亜麻色の髪の女性が、複雑そうな表情で言いました。
「……?」
マキナが周囲を見渡すと、地平線を覆う青空が星一つない暗闇に様変わりしているのに、昼間のように明るいのです。
見上げると、真上だけは、快晴の空でした。太陽も浮かんでいます。
「世界の四方が崩れたのに、空は落ちてこないのですね」
「そうならないために、スラトア君が上から吊るしてるのよ。落ちてきたら全部潰れちゃうから」
「それもそうですね。……さて」
マキナは顔を戻し、もう一度前方を見ました。
「進むべき道が、なくなってしまいましたね」
「あのね、引き返してもいいんだよ? 燃料残っているでしょ?」
「それはしません」
マキナが即答した瞬間、トラヴェラが急に悲しげな顔を見せました。
「……ですが。少し休憩と致しましょう。天候が変わるなら話は別ですが」
「! ……分かった、任せて。お天気の神様たちの末裔の名にかけて」
トラヴェラは胸を叩きながら応えました。
§
その日の夜のことです。
夕食はマキナが担当し、先にトラヴェラが食べることになったのですが、
「……どうでしょう?」
「あー……っと」
トラヴェラは一口飲んでから、お椀のスープを何とも言えない表情で見つめました。
「私としては、昨日よりはマシにはなったと思うのですが」
「う、うん……そう、だね?」
マキナは僅かに肩を落とし、小さく嘆息しました。
「次は料理を学んでみたいものです。次の世界の料理が美味しければ、の話ですが」
「……やっぱり、行っちゃうんだ」
「ええ。この世界での私の役目は全て終了しましたから」
残念そうなトラヴェラをしっかりと見て、マキナは頷きました。
「知的生命体同士の争いを終結させる、世界を滅ぼす存在を倒す、生きとし生ける全ての存在に安らぎを与える……私は──マキナ・エクス・デウスは、そのために何度でも呼ばれるのです」
「予定外世界終焉阻止システム、デウスエクスマキナに値するワケだ。で、ボクはこの世界でのお目付け役。途中で止めちゃったけどね」
トラヴェラはいたずらっぽく、マキナはクスクスと笑いました。
「……あのさ、マキナ」
「何でしょうか?」
「辛くないの?」
「はい?」
マキナは聞き返し、少し考えてから言いました。
「質問の意味が分かりません」
「いや、だって……神様寄りのボクからしても、その形の永遠は、かなりキツイと思うよ」
「…………」
「システムなら、わざわざヒトの形を、心を模す必要はないじゃない」
「……そうかもしれません」
「じゃあ、どうして?」
「……はっきりとした答えは判りません。最初から備わっていたのか、いつの間にか芽生えたものかすらもはっきりとしていませんし」
マキナはそう言って、焚き火を、そして満天の星空を見て、
「ですが……もしかしたら、沢山のものを見て、何を守るべきなのか決めるために、こうなったのかもしれません」
最後に、トラヴェラを見ました。
「ですから、私はこのままでありたいと思います」
「……そっか。分かったような分からないような、だなあ」
「それでもいいのかもしれません。……さあ、冷めない内に」
「えっ!?」
トラヴェラは困惑した様子で大声を出し、まばたきを何度かしてから、お椀のスープを覗き込みました。
「スープの話続いてたの?」
「正確には、中断していたものを再開したのです」
「えぇー……」
「さあ、どうぞ?」
「あ、あははは……」
トラヴェラは笑いましたが、誤魔化せそうにありませんでした。
昼と夜の境界が曖昧になっても、夜は更けていきました。
果てに至ったヒトの話 秋空 脱兎 @ameh
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