旅の終わり
きょんきょん
約束
『乗船料は三百円になります』
係員に告げられた額は聴いていた金額よりも高騰していた。
昔はもっと安かったはずなのだが――
いや、金額自体に不満があるとか払えないというわけではないのだが、やはり時代と共に変遷するものなのかと考えさせられる。
財布を取りだし告げられた通りに三百円を手渡すと、係員は仏頂面で小舟を指差した。
それは見るからにオンボロで今にも転覆の恐れがありそうな木舟だった。
「これに乗るんかい?」
「そうだ。まさかクルーザーで出向するとでも思ったのか?」
そんなことは思いもしなかったが、せめて乗船料を値上げするくらいならサービスも充実してほしいと願うのは罰当たりなのだろうか。
まぁサービス精神など皆無な世界なのだろう、そう解釈して黙って乗り込むと、次から次へと乗客が乗船してきた。
皆一様に暗い顔をさせているのが気味が悪かったが、私の顔も他人様から見れば似たようなものなのかもしれない。
小さな小舟にぎっしりと詰め込まれ、まるで不法入国を試みるキャラバンのようだなと冷静に分析していると、定員に達したのか船頭がゆっくりと舵をとり始めた。
辺りは霧がかってなにも見えない。あいにく景色を楽しむことは出来ず、波は穏やかで旅の道中はいささか退屈な気分にさせられた。
「もし、あなたは大分若いようですがどうしてここに?」
手持ち無沙汰だったので、隣に座っていたまだ二十代とおぼしき女性に声をかける。
決してナンパではない。そんなことをしたら婆さんにどやされてしまうからな。
「理由ですか?そうですね……仕事に疲れた、からですかね…… 」
ぼそりと答えた女性は、そう答えたっきり俯いてしまった。
仕事に疲れたから――現代では同じような悩みを抱えてる人が多いのだろう。
よく見てみると疲れきった顔ぶれが多いことに気付かされた。
次ぎは正面に座る小学生くらいの男の子に声をかけた。こんな幼子がどうしてこんなところにいるのだろうか――
「ねぇぼく、どうしてぼくは一人でいるんだい?」
「ママにね、先にいっててって言われたから一人できたの」
なんて親だろうか。無責任にもほどがある。大人になりきれないまま子供を作ってしまったがゆえの歪んだ愛情なのだろうか――
なにもわかっていない坊やの頭を優しく撫でてやった。
「おっさん。あんたずいぶんと落ち着いてるじゃないか」
これまた若そうな男性が話しかけてきた。
「そういう君こそ落ち着いているじゃないか」
「俺は早く旅立ちたかったからな。なんせずっと寝たきりだったんだ。そういうおっさんはどうなんだ?」
「私かい?私はずっーと昔に再開を約束した女性が向こうで待ってるんだよ。だからなにも怖くはないのさ」
「へぇ、そりゃ泣かせる話だね。もう涙も出やしない体だけどよ」
『そろそろ着きますよー』
船頭の無機質な案内に、これまでの長い旅路が
向こう岸には船の到着を待ち構えていた人々が手を振っている姿があった。
その集団のなかには懐かしい彼女の姿も――
接岸した船から次々下船していく乗客達を見送り、私は最後に降りた。
「ずいぶんと長生きされましたね。長旅は楽しめましたか?」
「ああ、辛いこともあったけどそれなりに楽しめたよ。約束通りこれからはずっと一緒にいような」
旅の終わり きょんきょん @kyosuke11920212
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