全人類よ、大志を抱け ~家が貧乏で進学できなかった女子高生が大学に行ってみた話~

中村 天人

専門学校が私のゴール

 私の家は、貧乏でした。


 と言っても、父は最低限の生活ができるくらいの収入はあったので、食事に困ったことはありません。


 しかし、高校3年生の時。

 貧乏による弊害が訪れることになります。


「(娘を)大学に出すお金はないよ」


 まわりの友達につられて、大学の進学を考え始めた私に母が言った言葉です。


 普通ならショックを受けたりするのかもしれませんが、明確な将来の夢も無かった私は「困ったなー」と思う程度でした。

 お金が無いことだけじゃなく、自分が何をしたいのかも分かっていないことにです。


 そんな私は、母の言葉で大きく失望することはなかったものの、大学生のキラキラした生活(この時のイメージ)への憧れを断ち切られたことも事実。

 ちょっと残念な思いをしながらも、「特に大学に行きたかった訳じゃないし」と、大学進学以外の選択肢の中から進路を選び始めました。





 さらに時は流れて高校3年生の11月。

 卒業まであとわずか。

 進路が決まっていないのは私だけ。


 ————どうしよう、このままではただの人になってしまう。


 気持ちだけは焦ってるのに、いつまでもやりたいものが見つからない。

 毎日「困ったー、困ったー」と唸り続けるだけでした。


 そんな私に、ついに運命の女神が舞い降りた。


 ……本当は、親戚のおばさんが舞い降りました。


「あら、天人ちゃん。血が嫌じゃなくて数学が得意なら、看護師になればいいじゃない」


 看護学校によっては、数年間働けば奨学金の返済が免除になる制度があります。

 そして、学費が安い学校も多い。

 看護学校なら、金銭的な面は問題なさそうでした。


 しかし、私が選択していたのは文系。

 なので、看護学校受験に必要な理科の勉強はしていない。

 地元の看護学校の募集要項を見ても、私が受験できそうな学校は……


 あった!


 一つだけあった!

 国語、数学、英語の三教科だけの学校が!


 やはり女神の導きだったのか、おばの鶴の一声で志望校が決まった私は、3か月間必死に勉強を続けて看護学校合格を果たしたのでした。

 そして専門学校卒という一つのゴールに満足し、看護師としての人生が始まることになります。




 それから十数年後。




 会社の回覧板で回って来た一つのパンフレット。


「……大学院生募集?」


 それは、看護大学の大学院生募集のお知らせでした。

 最近の看護教育の世界は、勉強内容や実践レベルの高度化が著しく、専門学校から大学へと全体の意識が変わりつつあります。


 それは既卒者も同じで、就業年数などの規定を満たした専門学校卒の看護師にも、大学院へ進む道が開かれているのです。


 そう。

 つまり私も、大学を飛び越して大学院に行くことが可能になったのです。


 ……行ったからと言って、何か資格が得られたり給料が上がったりするわけではないのですが。

(「専門看護師」などのコースを選べば資格取得可能。私が選ぼうとしていたのは資格取得のないコースでした)


 それでも私の中から衝動が湧いてきました。

 かつて、お金が無いからと諦めていた大学へ行きたい。


 こうして貧乏だった女子高生は、自分が貯めたお金を資金に、車で片道2時間半かかる大学へ働きながら進学することになったのです。


 はじめて大学へ行ってみると、私と同じように数時間かけて通ってくる仲間が沢山いました。もちろん、みんな仕事を持っており、働きながら通います。


 そして、とても驚いたことがあるんです。


 どこの職場にも、ちょっぴり意地悪だったりズルい人って、一人くらいはいるじゃないですか。


 いないんですよ、誰一人。


 みんな優しいし、一生懸命だし、寛容で協力的なんです。

 前に進み、上昇していくパワーしかない。

 私みたいに「行ってみたいから」と趣味のつもりで通ってくる人はおらず、自分の知識や技術を深めるために集まった、志の高い仲間ばかりです。


「自分が身を置く場所でこれほどまでに環境が違うのか」と驚くとともに、「自分の環境は自分が作っていくんだな」「これからも頑張ろう」と思いました。


 そして参加した入学式。


 大きな講堂で大号泣している私がいました。

 自分でも意外なことに、学校長の祝辞で涙が止まらなかったんです。


 そんな感極まってる人なんて、だっっっれもいないんですよ!

 めちゃくちゃ恥ずかしいっ!


 しかも、泣くなんて思ってないから、ハンカチもティッシュも持っていない。

 涙と鼻水で大ピンチの入学式になりましたが、この涙は私の心の中の雪解けだったのかもしれません。


「自分は大学に行きたいわけじゃない」


 そう気持ちに蓋をして大人になりましたが、本当はみんなと同じように大学に行きたかったみたいです。


 私のゴールは専門学校だと思っていたけど、本当のゴールはそこじゃありませんでした。そして、最後のゴールは死ぬまで分からない。


 勢いで無理やりもぎ取ったような大学院進学でしたが、人生いつ何が起きるか分からないもんですね。


 これからも、諦めることなく人生の荒波を乗り越えて行きたいと思います。






 最後に。


 KACに参加し、テーマに沿って10作品書かせていただきました。

 色々な方が読んで応援してくださったり、いただいたコメントに沢山エネルギーをもらいました。


 全ての皆様に、心よりお礼申し上げます。

 本当にありがとうございました。


 皆さんの人生がますます素敵なものとなりますよう、心よりお祈りしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

全人類よ、大志を抱け ~家が貧乏で進学できなかった女子高生が大学に行ってみた話~ 中村 天人 @nakamuratenjin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ