痛みをともなった幸運

ちびまるフォイ

自分がほしい幸運

「保険加入ありがとうございます。

 これからあなたにはケガをしたぶん幸運が訪れますよ」


「本当ですか!」


「試してみましょう。とりゃ!」


いきなり保険員にビンタされた。


「いった! なにするんですか!」


「まあ、落ち着いて。ちょっとそこの自販機で飲み物買ってみてください」


「殴られたうえにパシらされるのか……?」


自販機でジュースを買うと、当たり付きだったらしくルーレットが始まる。

ルーレットは「777」がそろってもう1本ジュースが出てきた。


「すごい! 当たりました! 初めてですよ!」


「殴られたぶんの幸せが訪れましたね。

 ケガと幸せが1:1で釣り合いをとったんです」


「最高じゃないですか!!」


昔から自分はケガをしやすかった。

そそっかしいのか、ツイてないのかいつも生傷が絶えない。


人違いで上級生に体育裏まで呼び出されて殴る蹴るの暴行を受けたこともある。

けれどそんな人生とはこれでもうおさらばだ。


「あぶなーーい!」


どこからか声がした。

反応するよりも先に脳天にズンと痛みと重みのダブルパンチが襲ってきた。


「いった!」


「だ、大丈夫ですか!? すみません、植木鉢から手を滑らせてしまって」


しばらく痛みに声が出なかった。

やっと顔をあげられるまでになったので文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、しきりあやまる相手があまりに美人で声が出なくなった。


「なんて幸運……!」


「私のせいですよね、ごめんなさい。ちゃんと謝りたいので連絡先教えて下さい」


「本当ですか!?」


もはやハッピーが痛みを上回ってしまった気さえする。

こんな美人とやり取りできる日がくるなんて思いもしなかった。

美女と野獣はフィクションではないらしい。


すっかり上機嫌になっていると、ケータイに1件の着信があった。


「休日に上司から着信って……嫌な予感」


見えている地雷を踏まなくちゃいけない社会人の辛さを痛感した。


「もしもし……?」


『こらぁ! 昨日お前の出した資料がまちがっているって

 お客様がカンカンだったんだぞ! このポンコツ!

 お前のせいでうちの信用はガタ落ちだ!!』


「す、すみませんっ! すみませんっ!」


『どれだけ迷惑かければ気が済むんだ!

 この給料泥棒! 常識がない! ゆとり世代!

 仕事が遅い! チームから外すぞ! ダメ人間!

 もっと努力しろ! もう知らんからな!』


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


およそ考えつくかぎりの叱責カテゴリーのパワハラを受けた。

電話がやっと切れたときには心も体もぐったりしていた。


「もう……最悪だ……」


公園のブランコで揺られながら明日どんな顔をして出社すればいいか悩んでいるとき。


「ここにいたんですね。探しました」


「あ、あなたは!?」


本日二度目の美人との遭遇。


「電話しようかと思ったんですけど、やっぱり直にいいたくて」


「もちろんです! 僕はオールOKです!!」


「まだなにも言ってないんですけど……?」


「あなたが求めることにはすべてYES! セイYESです!」


「それならよかったです。今度、よければ食事でもと思ったんです」


「本当ですか!?」


この世界の幸運を煮詰めて凝縮させても、美人との食事から得られる幸運には叶うまい。

天にも昇る気持ちで約束を取り付けた。


「それじゃまた今度」


「はい!!」


美人が去ってから冷静さを取り戻し、幸運の原因を探った。


「まさかさっきのパワハラが幸せを呼び込んだのか?」


てっきり幸運がやってくる条件は肉体的なケガだけかと思っていた。

心に対するケガも幸運の対象だったのかもしれない。


「はぁぁ、でも楽しみだなぁ……食事……!」


遠足前日の小学生のように約束の日が待ち遠しい。


しかし奥手の自分は経験上、普通に食事をして「いい人」で終わる未来が透けて見える。

この貴重なチャンスを逃すわけにはいかない。


関係を深められるかどうかは初回の食事会ですべて決まるのだ。


「幸運を呼び込むためにケガをしなくちゃ!」


万全を期すためにも特大のケガが必要になる。

でも車にはねられでもしたらもはや食事会どころではない。


悩んだ末に、薬局を渡り歩いて大量の薬を買い込んだ。


「これを一気に飲めば三途の川で足湯くらいはできるだろ……!」


生死の境をさまようほどのダメージを与えれば、

それに見合うだけの幸運がやってくるにちがいない。


「いくぞ……」


薬を一気に飲み込んで死地へのバンジージャンプをしかけた。

意識は一瞬でとぎれた。






「○○さん! 〇〇さん! 大丈夫ですか!?」


目をさますと病院のベッドで寝かされていた。


「あなたはもう1週間も寝たきりだったんですよ」


「一週間!?」


食事会は3日後の予定ですでに終わってしまったことになる。

せっかく決死の覚悟で自殺未遂をしたのに、肝心の幸運を取り逃すなんて。


「い、いや! この病室に美人が心配して来てくれるとか!

 俺を気づかっていくうちに自然とふたりは惹かれ合うという幸運展開も!!」


「意味不明なことを言ってますね……やはり脳に障害が残ったのか……」


いくら病室を探しても、電話の着信を見ても美人からは連絡がなかった。

宝くじが当選したり、家のお風呂から石油が湧き出したりもしていない。


「ちくしょう!! こんな目にあったのに、幸運が来てないじゃないか!」


幸運保険に苦情を入れようかと思ったとき、

医者は驚いた顔をしてすぐに俺の言葉を否定した。



「なに言っているんですか! あんな状態から生き返ることができたのは何よりも幸運ですよ!!」

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