引き立て役のエレジー
三谷一葉
どうせ何やったって
この世の中には、主人公になれる人間と、引き立て役にしかなれない人間がいる。
引き立て役の人生は悲惨なものだ。
栄光や成功は全て主人公のもの。
引き立て役がいくら血のにじむような努力したところで、それすら主人公を美しく輝かせるための道具にされてしまう。
そんなものは言い訳だ。
努力をしないで済む理由を探しているだけ。
お前の努力が間違っていただけ。
お前の無能を他人のせいにするな。
そう言えるのは、主人公側の人間だからだ。
────大人気カリスマバンド『kiki』元ボーカル、天使の歌声を持つ令和のディーヴァ、Mikiによるソロアルバム『ミキ』、四月七日リリース!
やたらとテンションの高い男の声を聞いて、足を止める。
商店街の中にあるドラッグストア。BGMとして流されているラジオだ。
帰宅途中で入浴剤を切らしていたことを思い出し、通り道だからと目についた店に入った時のことだった。
耳障りなやかましい音楽が流れ始める。やたらと甲高く平べったく、それでいて舌足らずで鼻に掛けているような歌声が流れ始めた。
男の腕に絡みつき、わざわざ胸のふくらみを押し当てて、甘えるように頬を擦り寄せる女。
Mikiの歌声を聞く度に、そんな不愉快なものが頭に浮かぶ。
これが老若男女問わず大人気のカリスマ歌姫というのだから、世間というものは難しい。
店に入りかけていた足を止めて、外へ出た。
入浴剤を買う気は失せていた。
BGMにMikiの曲が使われている。
この店には二度と行くまいと決めるのに、それだけで充分だった。
田所ミキは私の幼馴染だった。
美しく、可憐で、運動神経も良ければ頭も良い。
大人たちは皆ミキに夢中だった。
欠点のない完璧少女。非の打ち所が無い才媛。誰もが憧れる、理想の女性。
ミキの取り巻きになれたのなら、ただひたすら彼女のことを賞賛していられたのなら、楽だっただろう。
だけど、私は彼女の取り巻きにはなれなかった。
ミキがテストで百点を取った時、私は九十点だった。
ミキが徒競走で一位になった時、私は三位だった。
ミキが作文で優秀賞を獲った時、私は奨励賞だった。
「ミキちゃん、凄いわねえ」
周りの人々は口々にミキを褒め讃えた。
私の方は、目に入ってすらいなかった。
何でもできる完璧少女ミキに、私が唯一勝っているもの。
歌だけは、ミキより私の方が上手だった。
音楽の成績なら、ミキより私の方が上だった。
だけど、それを褒められたことはない。
中学二年生の合唱コンクールで、ソロパートがあった。
クラスメイトたちは、当然ミキがソリストになるものだと思い込んでいたが、音楽担当の教師はオーディションで決めると言った。
私は、歌にだけは自信があった。
勉強や運動でミキに敵わなくても、歌でならミキに勝てると思った。
オーディションを終えて、ソリストの名前が掲示板に張り出された時。
あの時の空気を、私は一生忘れないだろう。
ソリストとして選ばれたのは、私だった。
ミキではない。私だったのだ。
思わず歓声をあげかけた時に、周囲の空気がいきなり下がったような気がした。
掲示板の前で、ミキが呆然と立ち尽くしている。
取り巻きの一人が、心配そうに彼女の背中をさすっていた。
「何かの間違いだよ」
「ミキを選ばないなんて、あの先生センス無さすぎでしょ」
「あいつ、先生に賄賂か何か渡したんじゃないの。でなきゃありえないって。あいつがソリストだなんて」
··········私は、先生に賄賂など渡していない。
ただひたすら練習しただけだ。だからソリストに選ばれた。
正々堂々と勝負を挑んで、ミキに勝った。
私は確かにミキに勝ったはずだった。
だけどそれは認められない。
ミキが負けるなんてありえない、何かの間違いだと周りの人は言う。
主役は常に彼女なのだ。引き立て役の成績や成果など、誰も注目しないし認めない。
合唱コンクール本番。私は体調不良のため欠席した。
私が歌うはずだったソロパートは、ミキが歌うことになった。
ミキの歌声は絶賛され、私は「本番に弱い駄目な奴」の烙印を押された。
最初に私をソリストに選んだ音楽教師には、「フシアナ」というあだ名がついた。
あの日以来、私は歌うことを止めた。
勉強も、筋トレも、努力することを放棄した。
ミキの傍にいる限り、私がどれだけ結果を出したところで無意味なのだ。
言い訳? 努力不足? そんなことは、私と同じ扱いを受けてから言って欲しい。
「あんたなんかにミキが負けるわけがないっ!」
あの日、私はミキに勝ったはずだった。
ただ、それを世界が認めなかった。
帰宅後、何となくテレビをつける。
音楽番組だ。男性司会者の褒め言葉にわざとらしい嬌声をあげるMiki────ミキの姿が映ったので、すぐに消した。
最近は、どこもかしこもMikiだらけだ。不愉快なことこの上ない。
────大人気カリスマバンドとして持ち上げられている『kiki』だが、もう半年も前に解散している。
解散後はそれぞれ個人で音楽活動を続けて行くという話だったが、Miki以外のメンバーはぱたりと姿を消してしまった。
Mikiばかりが注目を集め、他のメンバーの人気はいまひとつだった。
「『kiki』ってさー、Mikiのおかげで何とかなってるよね」
無邪気にそう言う女子高生を見て、ああ、
多分、
引き立て役のエレジー 三谷一葉 @iciyo
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