魔女の山林

徳野壮一

第1話

 ある世界には『魔女の山林』と呼ばれる秘境がある。

 山林とは山の中にある林のことなのだが、この秘境の山林とはそういう意味ではない。高さ200メートル以上ある円柱状の細長い山が300以上、林の様に聳えている。故に山林。通常考えられない、雄大な景色がそこにはある。

 『魔女の山林』の山々の山肌は一面芝で覆われている。そのため、一つ一つの細長い山を見分けるのは困難だ。もし只人が『魔女の山林』の奥に立ち入ると迷い、出ること叶わない。しかも、その山林には食料となるものは一切ない。水はない、動物はいない、植物は芝だけ、生の気配も死の気配も感じられない。この世界の人々には迷ってしまったら餓死は確実と言われている。只人が住むことはできない場所だった。

 そう只人は、だ。

 『魔女の山林』と言われるだけあり、この山林には魔女が住んでいる。

 山林の中のとある山、その頂点ではなく、地面にほぼ垂直な側面にその家は建っている。重力に逆らって、山の面に垂直に建っている。何故建っているのか、どうやって建てたのかと思う、およそ人智では計り知れない超常の力を使って建てられたそのこぢんまりとした家は、レンガで作られていた。暖色系の複数の色のレンガで建てられていて可愛らしい外観をしていた。

 家の中には、魔女がいる。

 三角帽に黒のローブといった典型的な魔女の格好ではない。黒いエプロンをかけた、花屋の店員の様な格好をしていた。

 若く見え、鼻にはそばかすがある。赤く長い髪を除けばどこの街にもいそうな外見をしていた。

 部屋の中には、紐で垂らされた乾燥した草花、大きめの釜、竹箒、いくつかのガラスの容器といった魔女特有の物はあるが、綺麗に整理整頓され、オシャレな内装をしていた。魔女の家は星の重力は関係なく、山の中心に押さえつけられるように重力が働いているようだった。

 地面に立つ普通の家で暮らす人のようにように、魔女は生活をしていた。

 魔女は水や火は自分で生み出して、食料やなんかは近くの町で買い溜めをしていた。今は紅茶がブームらしく、つい最近まで美味しい紅茶と可愛いティーカップなどの器具を求めて、世界を放浪していたぐらいだ。

 魔女が開けた窓から入り、頬を撫でる微風を楽しんでいると、ヤカンの水が沸騰した音が聞こえてきた。ロッキングチェアから立ち上がった魔女は、あらかじめお湯を入れて温めていたポットへ、物々交換でもらった茶葉をティースプーンで一杯いれた。風に乗り鼻孔をくすぐる甘く、爽やかな香りに思わず魔女の顔は綻んだ。

 魔女は沸騰したヤカンを手に取り、お湯をポットに注ぎ、蓋をした。透明なポットを魔女は横から覗き込む。ポットの中で茶葉は舞い踊り、跳ねるたびにその紅色をお湯に落としていく。

 魔女はきっちり3分、茶葉の舞を観たら、ポットの蓋をとり、スプーンで軽くひと混ぜした。近くに置いておいた茶漉しで、茶殻を濾しながらゆっくりとティーカップに注いだ。

 白いティーカップに入った、透き通った紅色の紅茶を、魔女はロッキングチェアまで運び、静かに腰を下ろした。ロッキングチェアで外を揺らしながら、魔女は唇をそっとティーカップにつけた。

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