いつの間にか、Λ

庭花爾 華々

第1話)トイレの神様オババ様々

①アバン


 本当に嫌になる。

 自分の怠惰に、故の報復に。

 全く、自分が嫌になる。けれど何処か、この生ぬるい自傷さへも、雰囲気作りと陶酔している自分がいる。

 はあ、まったく。

 さて、こんな事は惰眠と変わらず、つまりは初めに嫌悪した、それはもう憎悪した怠惰に列をなすのだから、また私は、

「つくづく嫌になるな」

 などと嘆息しているのだが。

 現状は悪くなる一方だ、んでまた自分が……。じ、ぶん、が……。

 ……。

 黙祷。


 その沈黙を破るように。

「どがああああああああああああんんんんんんんん」

 そう遠くから、声がした。


 声というかそれは、若獅子の咆哮のそれだ。

 はて。

 こちらから、つまりはその声の受け身として、スピーカーを耳に当てられて絶叫されたように脳漿がタっプタップ言ってる自分としては、もう充分ダメージなんだけれど。

「次いで私は後方、自分の平均的歩幅で数え、158歩まで下がった」

 そう、私はヰった。

 はて、距離はこんなもんだろうか、などと悠長なことを想う。

 よく聞く、一歩間違えれば死である、が、この場合笑い事じゃない。いやでも、別に普段使いで笑うような決まり文句でもないが。と、思った。

 次の瞬間。

 ふわっと、体が浮いた。隣の彼女を何とか掴む。いや、敢えてこう綴ろう、私はあえて抱きしめた、と。

 そうそして、本当に次の瞬間。


 どがああああああああああああんんんんんんんん。


 地面が抉れ、声が、文字が、効果音になった。

 一音一句、「ン」が「ん」かどうかまで、正確に。

 そう、声が現実になる。

 それが、彼の能力。即ちルール、彼の彼による彼自身の為の法。

 魔法。

 文字の魔女。いやあ、本当に。


「心臓が止まっちまいそうだぜ」


 私はそう言った。

 途端、本当に息が詰まって、そうまだ勢い有り余る魔法の行使中に、彼女を抱きしめる間に、お姫様抱っこする最中に。

 いともたやすく死にかけた。

 まったく、

「笑えねえぜ」

 そう、笑ってみせてやる。

 彼女がそれで、笑うなら、ば。


 *   *   *


「ねえ、Λ《ラムダ》。」

 その幼い声と、見た目小学校低学年ぐらいの小さな体躯。まして呼びかけた相手、Λが背の高いため、余計に少女は小さく見えた。

「何だい、α《アルファ》」

 背の高い彼女が少女であるαを見ようとすると、自然、見下ろした、となる。何せ、αには体全体に掛かる影ができるぐらい、その位の身長差。

 それには慣れているらしく、αは困り顔で、

「何でこの国はこんなに熱いの?」

 そう言った。

 確かに、小さな女の子αは汗ばんでいた。何度も顔を白いレースの裾で拭っていたし、その金髪はパンに挟むスクランブルエッグを作れそう、という熱を帯びて光っていた。

 ましてΛなど、避雷針のように日を浴びる。

 確かに、背の低いαはコンクリートの反射光を直に浴びて、これはベビーカーに乗った赤ちゃんが熱中症になるのと同じ原理だとか、あるけれど。

 彼女に掛かる影は、言わば人口の避暑地と言っても過言では無く。

 幾ら白くても、Λはロングコートだった。

 死んでもおかしくない。

 しかし冷静、寧ろ涼しいくらいだと言わんばかりの顔で、彼女は

「エアコンをつけようか?」

 そう言った。

 αはしかも逡巡するような表情を見せ、明らかな冗談に対し、

「あんまり使い過ぎもいけないよね」

 まるで、エアコンが既についている様である。

 さも家のリビングにいるような、それは聞いていて、楽しい会話に思われた。

 さて、Λは辺りを見回した。

「此処は、何処だろう」

 冷静な彼女は、勿論、冷静に、努めて冷ややかにそう言った。

 αもそれに慣れているのか、ね、本当に、そう相槌を打つ。

 閑静な住宅街、一言でいえばそれだった。

 ブロック塀が両サイドから真っ直ぐと伸び、それに沿うように一軒家が立ち並ぶ、静かな住宅街。

 振り向いても、前を向いても。

 はてはて、本当に何処なのだろうか。

 閑静と言ったように、人がいない。生活の象徴があり、生活感がない。これはこれで不気味なのは、異国の2人だからそう思うのだろうか。

 道の中心で立ち往生する彼女らは、それだけで異様なのだった。

 茫然と、暑さに打たれているところで、転機は訪れる。

 でなきゃ、αがスクランブルエッグになっただろう。

「あのう」

 ほぼ同時に振り向く2人。

 物おじしない性格なのか、でなきゃこんな2人に声はかけられないだろうが。

 制服を来た女の子が、心配と好奇半々、そんな表情で佇んでいた。

「どうかしましたか?」

 どうかしていると言えば、両の意味にとれるが、知ってか知らずかΛは、

「そう、場所を探しているんですよ」

 そう返す

「トイレ、いやあ漏れそうでして」

 では、と、彼女が歩き出した時、

「ああ、公衆トイレじゃなくて。学校、なるたけトイレが多い学校に連れて行ってください」

 αは暑さでぼうっとしていて、何も考えていないようだ。

 彼女は一瞬戸惑って、すぐに

「じゃあ、私の中学校へ」

 そう、Λを見上げるように言った。

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 

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いつの間にか、Λ 庭花爾 華々 @aoiramuniku

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