ソロ〇〇が可能かについて先輩と論争してみた
猿川西瓜
お題 ソロ◯◯
「なあ、ソロ乱〇ってできるんだろうか?」
大学で入り浸っている古代史研究室の部屋の中で、先輩がふとこんなことを言った。
先輩は眉目秀麗だが性格の女子受けが悪く、いまだに童貞である。
シャツは全部ズボンの中に入れている。昭和の小学生のようなセンスだ。
研究室では僕と先輩の二人きりだ。ストーブの上の薬缶が、シュッシュと切なげな蒸気をあげている。研究室は大きなテーブルとストーブ。奥にはDellのパソコンがションボリと並んでいる。
――禁煙の張り紙。若手研究発表会での奨励賞の表彰状。何かが貼ってあって剝がされた黄色い跡。
予算があまり割り当てられていないのは一目瞭然だ。先輩はパソコンの椅子に座りながら、テーブルのほうで本を読む僕をじっと見ている。
後輩の僕は、「無理じゃないですかね」と言った。
僕は盆踊りに関する研究本を読んでいた。先輩も読んでいた。昨日は、もし自分が『この頃』の盆踊りに参加していたらどう行動していたかを議論した。『する』より『観る』ほうが良い。あと、虫が心配。虫よけはあるでしょう。清潔な場所でやりたい。そんな不毛な議論を数時間した。
しかしソロ〇交は滅茶苦茶だ。
「二人羽織を一人でするようなものですよ。いや、一人やんけ、と」
僕が少し動くとパイプ椅子がギチリと音を立てた。
薬缶の蒸気音だけがしばらく響く。
「うーん、よくわからないな」
え、なんで。
無理だろ。
僕は言葉にせず、突っ込んだ。
先輩は「いや、いけるだろ」と言った。
「じゃ、二人三脚を一人でするようなものですよ。いや、一人でダッシュしてるだけやんけ!」と、僕は突っ込んだ。
「少しだけわかった」
先輩はゆっくりと頷いた。顔だけ見ると本当にイケメンだ。写真だけなら絶対にモテる。
「でもどうだろう。高速で反復横跳びしたら」
「は?」
でも、だからダメなのだ。反復横跳びしたら? いや、一人やんけ。こういうところが女子に嫌われる。
「反復横跳びしても、一人は一人です」
「高速でって言ってるだろう?」
「高速でも一人です」
「二人に見えるだろう!」
先輩は本気で怒っていた。二人に見えても一人は一人だ。
「そんな高速で動ける人はいません」
「いたらどうするんだ!? もしいたら、お前脱ぐか? かわいい顔したお前が脱いだらどうなる?」
――お前脱ぐか?
これは先輩が相手を追い詰める時によく使う常套句だ。お前脱ぐか? 脱いだところでどうなるのか。一度脱いでみて反応を見たいが、まだ実行に移すタイミングが測れていない。
先輩は立ち上がり、薬缶を持ち上げ、インスタントコーヒーを淹れた。砂糖をドバドバ入れて、ミルクを混ぜて、僕の正面に座った。
「で、ソロ乱〇なんだがな」
「まだその話題するんですか」
「する」
にんまりと先輩は笑った。
「まあ、考えてくれ。想像してくれ。まず裸になる、と。俺で実験してみよう。裸になった俺を想像してくれ」
僕は先輩が裸になる姿を想像した。
「で、腰を俺がふる」
僕は先輩が腰をふるところを想像した。
「で、俺が凄い速度でそれを尻で受ける」
まてまてまて。
「まてまてまて」
頭の中の言葉が同時に出てきた。
「絶対無理ですよ」
「まあ、最後まで話を聞け」
僕は頭を抱えた。光の速度にすれば可能か? とか考えたが、やはり無理だった。
「俺が腰を振る。凄い速度で四つん這いの俺が受ける。それから凄い速度で俺が動き後ろの口だけでなく前の口も……」
光の速度で動く先輩が三人になった。
「こうして、一人で乱〇ができるわけだ」
『これで……チェックメイトだよ』みたいなドヤ顔で先輩は言ったが、僕の頭の中は大混乱だった。
ちょうど、水の上を走るために、左足が沈む前に右足を、右足が沈む前に左足を、前に出していけば行けると言われている感覚だった。
「まずですね、先輩」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「先輩がち〇ちんを出しますね」
「出すね」
先輩は「ああ、出すさ」と言った。なんの言い直しなんだ?
「そのちん〇んを先輩がその、受けるわけですよね」
「そうだな、凄い速さで移動してな」
「でも先輩のち〇ちんは、移動したら……先輩のち〇ちんも移動するんですよ!!」
「あ……」
先輩は「あああああああ!」と絶叫した。はじめて論破されたエリートみたいな顔をしていた。
『ば、バカな。データにない。こんな力はデータにはない。人間め、人間め……コレガ、ニンゲンノ、“アイ”ノ、チカラ、カ……』という言葉を残してやられる機械でできたラスボスみたいな動きをして、椅子から転げ落ちた。
しばらく経ってから、先輩は起き上がった。
僕は本を数ページほど読み進めていた。
「そうだ、ち〇ちんを空中に残していればできるのでは?」
僕はいい加減うんざりしてきた。
「あのですね……先輩」
「はい」
僕に怒られると思って、先輩はシュンとした。でも、僕は怒ろうとは思っていなかった。
「簡単なこと言っていいですか」
「はい」
「分身の術を使えばいいんですよ。それか先輩のクローンを開発すればいい」
急速に息を吸い込む音が聞こえた。
先輩は胸を手で押さえて、苦しそうにうめいた。
「お前、ノーベル賞超えたわ」
またも椅子から転げ落ち、白目をむいて泡を吹いた。
インスタントコーヒーの混ざった、泥のような色の泡だった。
結局、それから呆然自失となった先輩と一緒に帰ることになった。
「今日はすごい日だったな。お前、一発でソロ乱〇を証明してしまった」
「いや、その証明のところに点々みたいなの付ける意味がわかりません」
先輩と帰りの電車を待つ。
こんなバカな会話をするのももうすぐ終わりだなと、先輩は伸びをした。
先輩はわりと良い企業に就職が決まっていた。卒論は、学生発表会の奨励賞を貰うレベルだった。
先輩の降りる駅まで、僕たち二人はがらがらのシートに並んで座って、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
先輩はうつらうつらとしていた。同じ大学の女子らしき人たちが、こちらを見て、ひそひそ呟いている。きっとあのイケメンが誰なのか、噂し合っているんだ。
このイケメンがさっきまでどんな話題してたか知ってるのか?
僕は女子を横目に、毒づいた。
電車の窓の向こうに、空中に浮かぶ先輩のち〇ちんを想像しながら。
ソロ〇〇が可能かについて先輩と論争してみた 猿川西瓜 @cube3d
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