ジジイと毒パンツ
朽木桜斎
クソジジイ殺人事件発生!
「被害者は近隣に住むクソジジイ氏、83歳。彼は近所でも有名な下着ドロで、今日もこのマンションの壁にへばりつき、這うようにして、奥様のパンツを盗もうとしたようです」
「なるほど。その中のひとつに、毒パンツが仕込まれていたわけだな?」
「はい、警部。状況から考えて、何者かがクソジジイ氏殺害を目的として、混ぜておいたものと考えられます」
「ふむ。そして容疑者には、当の被害者であるはずの奥様が上がっていると」
「はい。奥様はかねてからクソジジイ氏のターゲットにされていましたし」
「どうやらこの線で決まりのようだな。よし、奥様に事情聴取を――」
二人が動こうとしたとき、高らかな声が現場に響いた。
「警部、お待ちください!」
誰あろう、名探偵・
「君は、綺羅星くん! 高卒認定試験に備え、山ごもりをしていたんじゃなかったのかね!?」
深堀警部はびっくりして声をかけた。
「ふふっ、高認は見事に合格いたしました。僕はいままでの僕ではない。それより警部、この事件、犯人は奥様にあらじ!」
「な、なんと……!」
意外な言葉に、警部は仰天した。
「では、何者だというのですか、綺羅星探偵!?」
中川刑事もいぶかり気味にたずねた。
「この事件の真の犯人、それは……旦那様です!」
「なっ、なんだって!?」
「そんなまさか、旦那様は事件当時勤務先にいて、同僚や上司の証言も複数上がっているんですよ!?」
深堀警部と中川刑事は同様に驚いた。
「それはですね、『口裏合わせ』なのです。ほら、アガサ・クリスティの有名な『オリエント急行殺人事件』――あれと同じトリックを使ったのですよ。実際に旦那様は、自分よりも野良ネコをかわいがる奥様に怒りを覚えていた。ネコちゃんにはステーキを与えますが、旦那様にはキャットフードを調理したものを提供していたのです。猜疑心の強い旦那様のこと、それに気づかないはずはなかった。警部、旦那様はロケット工学の専門家だ。彼は研究の目的と称し、今夜にも月へ飛ぶ腹づもりなのです。一刻も早く捜査令状を……!」
「わ、わかった……! 中川くん、すぐに頼む!」
「はい、警部!」
そのとき――
「警部、たいへんです!」
鑑識の
「恒田さん、どうしたんだね?」
深堀警部は不思議そうに聞いた。
「クソジジイ氏が息を吹き返しました!」
「はあっ!?」
中川刑事のあごがはずれた。
「彼が体得していた伝説のマーシャル・アーツであるホズナシ・コマンドー……その絶技の中のひとつに、心臓を一時的に止めるというものがあるそうです。きゃつめ、そうやって遺体のフリをし、まんまと現場から逃げを打とうと考えていたようですね。ところが、予定よりも早く技の効果が切れてしまったというわけです」
恒田鑑識官はこのようにとくとくと語った。
深堀警部の白目は濃くなり、中川警部のあごは復活した。
「綺羅星くん……」
「ひっ――」
「どこへ行くのかね?」
「いや、あ……高認の合格ナンバー、見間違えてたらたいへんだから、確認しに戻ろうかな、と……」
「中川くん」
「はい、警部。民事案件ではありますが、かまわないでしょう」
「……」
その後、綺羅星カケルが学費としてコツコツためていた預金は、代理人弁護士を雇うための費用として口座から消失した。
しかし彼は安堵していた。
合格ナンバーはやはり見間違いだったからである。
(終)
ジジイと毒パンツ 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki
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