生まれた時は誰だって一人

白川津 中々

 どいつもこいつも夕食の誘いを断るものだから一人寂しく居酒屋ディナーというそこそこなレベルのソロプレイを敢行したわけだがなかなかどうして味気ないものだ。

 はじめに頼んだビール。冷えている。よく冷えている。チンカチンカのルービー。本来であればおいしくいただけるはずなのだが、苦い。仕事終わりの一杯が美味くないのは末期的だ。こういう日は飲まない方がいい。しかし人間というのはそんな末期にこそ酔っ払いたくなるものであるからして、飲まねばならないのだ。


 ビールを一口。がんもをつまむ。悪くない。お通し用に作り置きしていた物だろうが、よく染みている。だが、不足している。今一歩。濃い。味が少し。

 恐らく鍋から取り出した直後はいい塩梅であったろうが、時間経過により濃度が増してしまった。安酒のアテには丁度いいが、ちと不安。俺の様な、高血圧を持つ中年には。これでは落第。ぎりぎりだが不合格。

 店の考えは読める。酒を飲む店なのだから多少濃い目でもいいだろうという浅慮。酒が進み注文が増えるだろうという目論見。透けて見えてしまう打算。馬鹿め。他のボンクラ供ならともかく、俺には通用せん。こんな小細工。惜しいが、認められん。でき自体悪くないだけに勿体無いが……画竜点睛を欠いてはな……。


 ……田中。そう、田中だ。このがんもは田中だ。せっかく良質な資料を作ったというのに総括で誤字をやらかした田中を思い出す。いい具合に進めたプレゼン。クライアントの表情も上々。が、最後の最後にやらかす。クライアント名を誤字るという致命的失態。やってはいけない凡ミス。

 ま、俺が取り繕い凌いだが、今後奴一人で果たしてやり切れるだろうか。いや、いい。失敗をして。転んで痛い目に遭わなければ覚えられない事もある。ビジネスにおいては経験が肝要。そうやって、人は成長していくのだ。是非に遭え。痛い目に。俺の誘いを断る様な奴は打ちのめされて絶望しろ!



 ……



「お待たせいたしました。揚げ出し豆腐でございます」


「あ、どうも」


 揚げ出し豆腐か。好物だし頼んではみたが、今はちと重かったな。昼の豚カツが未だ腹に居座っている。昔は軽く平らげていたものだが、歳はとりたくないものだ。


 だがまぁ、頼んだからには食べねばならぬだろう。どれ……うむ。美味い。薄く貼った衣に出汁が染みている。大根おろしも添えられてバランスもいい。消化が促され胃もたれのリスクも軽減。これなら食べられそうだ。うむ。うむうむ。サッパリしていていいではないか。この大根おろしは大野だな。小さな事に気が付きさり気なくフォローができる。決して目立たぬが、それがいい。花形を支える縁の下の力持ちは必要なポジション。なくてはならぬ存在。


 それ故に大野が誘いに乗らなかったのは理外の事。奴の性格からして嫌々ながらに付き合うと確信していたがアテが外れた。くそ。そんなに嫌か。俺との食事が。こうなったら雑用を押し付け出世の道から外してやる。30、40になって今までアシストばかりしてきた自分の人生を後悔させてやる!



 ……



「お待たせいたしました。出汁巻きです」


「あ、どうも」



 連続の出汁系。注文した後に気付いたが、被り。出汁被り。

 いや、いい。美味いからいい。出汁を使った料理はだいたい美味い。だから許される。どれだけ頼んでも。よし。食べるぞ。美味い出汁を。



 ……



 ……悪くはない。悪くははないが、甘い。想像していた味と違う。薄く醤油の効いた品のある逸品を期待していたが、田舎のお袋が作ったような味わい。これでは興醒め。悪くないだけに返ってやるせない。このガッカリ感は橋爪。あいつの仕事ぶりにそっくりだ。なぜ茶を用意しろと言って紅茶をチョイスするんだあいつは。それも午後のやつ。客に出す茶といえば緑茶かコーヒーだろう。あいつはそういうところがある。接待用の店を抑えとけといったらフレンチを予約する。買い物を頼んだら何でも百均で済ます。ある。有り余る「そうだけどそうじゃない」案件。いかん。思い出すと溜息が出る。あいつとは今後距離を取ろう。二度と食事など誘わん。二度とな!




 ……




 もう一杯飲もうか。

 不思議なものであれだけ不味く感じていたビールがスイスイ進む。一杯目が呼水となったか。ならば飲もう。どこまでも。今日は行く。行けるとこまで。





「ハッピバースデー」


「トゥーユー」


「ハッピバースデー」


「トゥーユー」




 ……



 誕生日か。隣の席か? 羨ましい。他でもない俺もそうだ。俺は今日、本日、誕生日を迎えたのだ。だからこそ飯を誘ったのだ。寂しさを紛らわすため、一人迎える誕生日の孤独を避けるために。それがこのざま。逆効果。虚しさしかない。えぇい酒だ酒だ。酒を飲もう。


「ハッピバースデー」


「小田部長」





 ……え? 俺?



 なんだ何事だ?



「おめでとうございます部長!」



 あ! お前らは!



「がんも! おろし! 出汁巻き!」


「?」


「あ、田中! 大野! 橋爪! どうしたんだお前ら!」



「今日部長誕生日ですから、仕掛けました。サプライズ」


「部長に誘われても断るよう口裏を合わせて」


「後をつけ、予約したケーキを買ってやってきたというわけです」


「お店の人にはちゃんと許可取りましたのでご心配なく」


「おいおい……なんだお前ら……おいおいおい……」


 そうかお前ら。そんなイベントを用意してくれていたのか。なんとまぁ……まぁなんと……


 俺は浅はかだった。まさかこいつら、こんなにいい奴だったは。それを俺はがんもだの大根おろしだの出汁巻きだのと……愚か! とんだ短慮! すまん! 今日は奢る! 飲もう! 朝まで!



「よし! 橋爪! ケーキ出せ!」


「お前が買ったケーキを!」




 ……うん?


 橋爪? 橋爪っつったか今?


「橋爪が買ったのか? ケーキ」


「はい! 私が買わせていただきました!」


「こいつ自信満々で、俺が選ぶ! って聞かなかったんすよ」


「……ふーん」



 橋爪か……嫌な予感が……



「はい! どうぞ! これが私チョイスのプレゼンツ! 部長へのサプライズケーキでございます」


 ……橋爪。お前これ……


「橋爪! ばっかお前これアイスケーキじゃねぇか!」


「美味いぞアイスケーキ」


「飯の前に食わなきゃならんだろーが! 溶けるから!」


「しかも6号!」


「大は小を兼ねる!」


「馬鹿! これじゃ過ぎたるは及ばざるが如しだ!」



 ……橋爪は、橋爪だな……だがまぁ……それもいいか……いいか……こんなのも……ソロ誕生日よりは……

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