『ヒロイン、悪役に捕らわれる』

秋村遊

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静かな部屋は冷たく揺らぐ蝋燭の火だけで灯っていた。暖かいはずの火は悲しいことに冷たくなる一方で、少女の手は震えることしかできずにいた。怖い、家に帰りたい、お母さんとお兄さんに会いたい、と頭中何度も懇願していた。そう願いを心で叫んでいると、部屋のドアは開き、『奴』がのうのうと歩み寄って少女の前に置かれていた椅子に座った。


「なんで私をここに拉致したの?」

そう恐怖と憎悪が混ざりに混ざった声色で少女は眼鏡を掛けた青年に問うた。だが青年はその質問に答えることもなく、ただただ少女の顔を観察し続けた。少女の言うことがまるで無意味であるかのように、何の音もしない暗い空気が流れる。

「理由はない。ただ、お前の光がうざったいからさ」

静けさに飽きた青年はメガネの縁を少し弄ったのちそうため息をついた。それは理由にはならないだろうと少女は眉を顰めたが、青年はその顔をみて笑うのみ。「実に滑稽だな」と言わんばかりの笑顔だ。青年は椅子から立ち上がり、部屋の中を少し歩き回って蝋燭を消した。黒に染まる部屋の静けさはより一層無音と化して、まるで空気が存在しないかのようだった。


「鳥目じゃねぇだろ、目を開けろ」

暗さで目を閉じていた少女に向かって青年は氷の目を向けた。声の温度は冷たくても決して少女を傷つけないその声色は、少女の警戒を解きに行く。少女はそんな甘ったるい詐欺師に騙されて黄金の目を開ける。


「私を家に帰して」

天使の黄金のラッパの様に純粋無垢な瞳は、透明な涙の膜を張って青年に願った。だがそんな願いに反して少女の表情は険しく、真っ直ぐ自分の意思を突き通していた。どう表現しようとも、彼女の態度は自身の誘拐犯に見せる態度ではない。場合によっては、反感を買って殺されてもおかしくはないのだ。


「帰す必要性は?」

目に鋭さを宿して、青年は声に刃物を宿した。

そう彼の言葉を聞いた少女は口を噤む。この誘拐と呼べる行為は、決して彼のせいではない。むしろ、少女の責任である方が大きいということを、少女は再確認した。


「俺とお前は特別仲も良いわけでもないし、良くなくても俺はどうでもいい」

少女の歪んだ表情を眺めながら青年はこう言葉を続けた。


「——だが、今のお前は俺と仲良しこよししていた方がいいだろう?」


闇がこの世界を覆い尽くしていることが当たり前である世の中で、光を灯す物は十七の年で神殿送り。十八の年からは王の内密な世話係ともなるその現実は王国の女子たちは皆怯えさせていた。その中で、この少女は神殿で育った世間知らずな者であり、今年十七の歳を向かえる者だった。


「お前に帰る場所なんぞ無い」

青年の表情はただただ笑顔という表情を歪めていく。その顔は死神の顔よりも穏やか、けれども恐ろしいものだった。血色の薄い肌を持つ深海の瞳を持つ青年は眼鏡を外し、黄金と目を合わせた。手を頬に当てて、凍死させにくる声でゆっくりと説明した。


「この部屋には鍵が掛かっておらぬ、出たければ出ればいいさ。

だが、その後はお前が想像している通り、この部屋より黒く暗い冷たい世だ。

そんな世界にお前は命の光を蝕まれたいのか?」





「汚されるならば、俺にしておけ」






もはやこれは脅しだ、そう少女は俯いた。青年の手から滲む温度は体に恐怖を染み渡らせ、膜を張っていた涙は瞳から流れ落ちた。


「それでも、お母さんと、お兄さんにまた会いたいの」


声を震えさせながら枯らしていく。いく場所のない震える細い手は涙に濡れ、絨毯を握っていた。別に汚れたいって思って外を願っているわけではないの、俯きながら黄金の目を瞑る。この力だって、願って得たわけでもない。そう少女は呟き、そんな自分に非があると言っているかのような話し方をする青年のことを憎たらしいと思った。


「だけれど、闇だらけのこんな世界で、光は曇るしかなかろう?」

青年はそう呆れ、鼻で笑った。

「そんなことは外に出てみないとわからないじゃない」

少女は切り返した。

「だったら出てみるといいさ、ここよりお前を守れる場所はないと思うけどな」


メガネのレンズで隠れた凍った深海の瞳を持つ青年は少女の濡れた手を壊すかのような力強さで握りしめた。少女は憎たらしいこの高貴な青い誘拐犯の心情を理解できずに、離して、と彼を拒んだ。神殿を反するこの誘拐を、神殿で育った少女は理解できるわけがない。そういう現実を突きつけてくるこの青年を許すわけがない。


「私をなんだと思っているの」

こんなのはただの不平等だと、少女は下唇を噛んだ。


「ただの阿呆だと思っているが」

「だったら私に構わないで」

そう少女が言い放った瞬間、微かに彼の凍った瞳に罅が入るのを彼女は見逃さなかった。当時の彼女はそれがやがて彼女の頭から、腹へ、心臓へと不安を囁いてくるとは思わなかったのだ。

「そんな目をしないで」

彼女はそう声を張り、縄を解くよう彼に命令し、黄金の瞳を輝かせた。その輝きは先ほど涙に隠れた義眼とは程遠い、太陽の輝きよりも神々しい純の輝きであった。貴族の肩書が与える威圧感がまるで最初からなかったかのような少女の光の力は、青年の口を塞げたのだ。

——そのはずだった。




「何様のつもりだ、お前」



その声は、時の止まった世界の冷たさそのものだった。



手を握る青年の手の握力は段々と強くなっていき、彼の圧もやがてどんどん暗く重く少女にのしかかっていくのだった。戯れた笑顔はその顔からはもう跡形もなく消えていて、虚しさと怒りが混ざって現れた形容し難い表情を浮かべていた。


    「やめて、離して」

少女は拒んだが、青年は彼女の手を離さなかった。大きい青年の身長はなぜか子供のように小さく見えて、少女は先ほどの威圧を彼に与えるわけにもいかず、青年をただ黙って見つめるだけであった。


「いつか、絶対にお前を殺してやる」

青年は手を外すとともにそうつぶやいた。先ほどの怒りなどの感情はもう空っぽになっており、少女に虚しさを与えた。それでも、私はあなたにこのままとらわれているままではいられないのだ、彼女はそう口を噤み、ため息をついた。


   「あなたに私は殺せはしないわ」

   「……」

   「私はここから出ていく、あなたに何を言われようとも」

   「……」

   「……」


再び、沈黙が部屋の中響き渡った。


「そんなに外に出たいか?」

彼の掠れた声は砂が喉に詰まったかのようだった。その瞳にはもう氷は浮かんでおらず、深海の深い青が部屋を包み、物静かに息を吸っていた。


「出たい」


少女は力強い信念に溢れた黄金の目を輝かせながら即答し、自信満々な笑顔を顔に描いた。先ほどまではなかった自信が一秒一秒彼女に戻っていくその笑顔は、なんとも愛くるしいとともに憎ったらしいものだった。

青年は俯き、そして鼻で笑ったのち、やがて大きな声で笑い初め、そうかそうかと腹を抱えた。少女はそんな彼の態度に腹をたて、何よ!と口を膨らました。高貴な深海の貴族は笑いながら眼鏡をかけ直し立ち上がり、そして言った。


「では扉に鍵をかけるとしよう」

その笑顔はなんとも悪党の様で、余裕を持ちながら少女を蔑んだ眼差しを保った。彼の発言に一瞬身震いした少女は最初は怒りを身に覚えながらも、直ぐに笑顔を取り戻した。その理由は先ほど得た彼女の自信からだった。


「鍵をかけても私はここを出るわ、汚れなんかに負けやしない」

「あぁそうか」


  そう青年はそう少女を嘲笑いながら、部屋の扉のノブに手をつけた。金色の鍵を少女に見せびらかしたのち、部屋に鍵をかけた。


「えっ、なんで内側から…?」

   少女は驚き、笑顔の表情が歪んだ。


「ここから出るんだろう?だったら出てみろよ」

   青年はそう言ったのち






            鍵を飲み込んだのだ。







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『ヒロイン、悪役に捕らわれる』 秋村遊 @TorisugariWriter

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