フロアで一つきりのゴミ箱は負担を分かち合いたい

糸賀 太(いとが ふとし)

フロアで一つきりのゴミ箱は負担を分かち合いたい

 俺はゴミ箱の付喪神だ。血液型はABS。勤続年数最多。大ベテランだ。

 長生きだから記憶は曖昧だが、感覚は鋭敏だ。中に何を放り込まれたか、明晰に感じ取れる。皮膚感覚、容器感覚、その手のがあるんだ。シックス・センスだよ。

 昔のゴミ箱は「燃える」「燃えない」のデュオ、ちょい前までは「燃やす」「燃やさない」のコンビと相場が決まっていたが、俺はソロだ。最近は処理技術が進歩したから、なんでもかんでも一つのゴミ箱に入れることが増えた。

 この大都会を見下ろす二十八階でゴミ箱、ザ・トラッシュといったら俺のこと。ベルギーとは無縁だが、チョコレートの箱には意外と縁がある。他にゴミ箱は無い。映えあるソリストだ。ソロなりに苦労はあるけど、やりがいのある仕事さ。


「ちょっとうるさいんですけど」

 何かと縦にキレるビニール紐が絡んできた。

「おまえこそ、うっせぇんだよ。たまには横に切れてみろ」

「そっちこそ、加水分解のヒビ埋めたらどうです?」

「ヒビじゃねえ。勲章だ。勤続年数最多の証だ」

「ベテランだかなんだかしりませんけど、こっちは束から引っ張り出されて、ハサミでちょん切られたときから独り立ち、覚悟決めてんですよ」

「…ンだと」

 と、課長がゴミを持ってきた。従順なオフィス用品のフリっと。

 コンビニ袋にまとめた何かだ。弁当ガラに割り箸、それと…。なんてこった、靴の中敷き、活性炭の消臭効果は期限切れって、そりゃないぜ。非常識だろう。

 袋にくるんでるからセーフ?いや、アウトだ。俺は木石じゃない。プラスチックだ。石油化学製品だ。現代っ子、モダンで繊細なんだよ。おっさんに踏みつけられた中敷きなんて要らないんだよ。伝線したストッキングなんてのもあったが、やはり勘弁願いたい。

「ただのヒモでよかった」

 大きな独り言が聞こえてきた。

「実はな…」

「なんですか急に。なにタメつくってるんですか」

「お前なしじゃ俺は駄目だってことは、ちゃんと分かってる。感謝してるんだよ」

「…キモ」

 これだから最近の若いのは…。

 かさばるダンボールをお前が引き受けてくれるから、なんとかやっていける。お前がいなかったら、ゴミをぎゅうぎゅうに押し込まれて、ヒビが御開帳してエライことになる。

 だから、ありがとうって伝えたかったのに。

 と、また新しいゴミだ。

 缶ジュースは駄目だよ。ミックスでもオレンジでもザクロでも駄目だ。金属は硬いしって、硬度の問題じゃない。もっと高度な話題だ。早朝に分別係の人が仕分けてくれるから、菓子パンの袋と一緒に缶をポイしたって、社内規定には反しない。

 中身を洗わないのが問題なんだ。夏の週末、エアコンが四十八時間以上切れたりすると臭うんだ。トイレに行ったついでに手洗いで缶をゆすぐくらいの手間は、かけてはもらえないだろうか。

 流石にゴミ箱一つでは、一日の終わりになるとパンク寸前。日によっては溢れることもある。俺は名誉あるソロ。オフィスのドンだ。ボールペンの袋やら、中身を使い尽くした差出票やら、誰かの帰省土産の菓子箱やらが飛び出したり、ましてや内側からの圧力でヒビが地割れに変身したり、なんて醜態は御免こうむる。

 唯一の対策は、メンバー募集。バンド組もうぜ。抱えるゴミを分かち合ってくれる仲間が必要だ。前々から目星はつけている。毎日フル稼働、八面六臂の大活躍、シザーハンドレッズなあいつ、シュレッダー氏だ。

「たまにはクリアファイルとかどうだ?お前さん、これくらい大丈夫だろ?」

「…」

 返事がない。エコってやつだ。使わないときは電源が入ってないんだ。だからエゴも希薄だ。もっと自己主張してもいいのに。

 課長がシュレッダー氏に仕事を持っていく。

 A4十八枚、ただしホチキス付き。

 筋金入りの難物だ。どうだ、いけるか。

 よし、電源入ったな。目ぇ覚めたな?

「チョコとかどう?空き箱だけどさ、厚紙くらい平気だろ?」

「…」

 返事がない。紙をガーってやってるから、聞こえないんだろう。

 もし難聴になったら、ちゃんと労災で訴えてほしい。どうやって労基署に電話するかは、複合機が知ってるはずだ。ファックス機能付きだから、電話くらいなんとかできるはずだ。

「あなたのヒビも労災では?」

 複合機め、澄まし顔で聞き耳立ててるとは、油断ならないやつだ。

「俺のヒビが労災なら、あんたの紙詰まりも労災さ」

「さいですか」

 やがてオフィスの照明が消えた。仲間集めは失敗に終わったが、なんとか溢れさすことなく今日を乗り切ってやった。


 平日の朝は爽快だ。分別係の人間たちと一緒にエレベーターで一階に降りる。中身をきれいさっぱり掻き出してもらう。今日もゴミ箱として務めを果たすぞって、気合を入れて、二十八階に戻る。

 はずだったんだが、普段とは行き先が違うようだ。

 分別係の二人は、俺を駐車場のほうに連れていく。

 体が宙に浮いたかと思うと、ゴンと音を立てて硬いものの上に着地した。

 なんでトラックの荷台にポイなんだよ。勤続年数最多を、粗末にあつかうな。

 抗議の声は届かない。

 運転台から話し声がする。

「このビルのオーナー、面白いこと言い出すよな」

「なんてこと言い出すんだって思いましたけどね」

「別にクビになるわけじゃないからいいだろ」

「ここの自販機、当たり付きなんですよ」

「とにかく、ゴミ箱無くせばゴミも減るってのがオーナーの考えなわけだよ」

「おかげで別のビルに異動ですけどね」

「クビじゃないからいいだろ」

 人間万事塞翁が馬ってね。

「ですね。ゴミ箱はクビですけど」

「ヒビいってたからな、仕方ない」

 なんてこった。前言撤回。

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フロアで一つきりのゴミ箱は負担を分かち合いたい 糸賀 太(いとが ふとし) @F_Itoga

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