ソロ双子からのお願い(KAC20219)

つとむュー

ソロ双子からのお願い

 塾講師をしていると、いろいろな相談を受けることがある。

 学校の先生には言えないこと、親には隠しておきたいこと。塾講師なら気楽に話せるということもあるのだろう。

 いじめ、孤立感、両親の不和など、プライベートに関わる悩みも多い。

 特に俺は生徒受けがいいのか、心の問題を打ち明けられることが多かった。


「先生、今日の授業の後……、大丈夫ですか?」


 こんな風にためらいがちに訊かれる時は、大抵悩み相談だ。

 無下に断ることなんてできない。

 特に思春期の女子高生であれば。


「わかった。時間を空けておく」

「ありがとうございます!」


 彼女の表情がぱっと明るくなった。

 きっと相当悩んだ末の、俺への声かけだったのだろう。

 名前は手水桜子、高校一年生。


 この相談で俺が苦悩することになるとも知らずに――



 ◇



 授業が終わると、俺は桜子と個室で対峙する。

 マンツーマン授業のための、狭めの個室だ。

 間違いが起こらぬよう外から中の様子が見える教室だが、声は漏れにくい構造になっている。相談を受けるには、うってつけだ。


「先生、これから話すことは誰にも言わないで下さい」

「もちろんだ」


 ここから先は、信頼関係の上に成り立つ世界。

 その土台は、俺の反応一つであっという間に崩れ去ってしまう可能性がある。

 今日は初めての相談だから、無理に答えを返す必要はない。俺は黙って話を聞くだけでもいいだろう。


 それにしても、あの桜子にどんな悩みがあるというのだろう?

 桜子は他の塾生とも仲が良いし、孤立しているということもないからだ。

 ちと学力は弱いが、だから塾に来ていると思えば他の生徒と同じだろう。

 明るくいつも楽しそうにしている彼女は、悩みから一番遠い存在だと思っていた。


「私ね、実体としての自分と心の中の自分が、大きく乖離してるんです」


 ということは、性同一性障害ということか?


 ――女性だけど男性の心を持っている。


 そういう相談もたまにある。

 が、その割には、桜子の格好はいかにも女子高生って感じだ。

 髪は長く伸ばしているし、服装は学校の制服だが、床に置いたスクールバッグにも可愛らしい飾りが沢山ついている。

 性同一性障害を特集したテレビ番組では、逆の性を意識した格好をする人物が多く出演していたような気がしたが、特殊なケースもあるのかもしれない。


 それとも実態は逆で、男性なんだけど女性の格好をしている、という可能性も捨て切れないが。

 ――男の娘。

 そんな単語が俺の脳裏に一瞬浮かんだ。


「私、私ね、一人っ子なんですけど……」


 もじもじしながら桜子は俺に切り出そうとしている。

 さっきは彼女のことをじろじろと見てしまった。だから、打ち明けにくくなってしまったのだろうか。

 まずい。そうなったら頼れる塾講師としては失格だ。

 俺はできるだけ神妙な顔で、誠意を持って彼女の言葉に耳を傾ける。


 が、彼女の口から出てきたのは、驚きの一言だった。


「心は双子の妹なんです」



 ◇



 こんな時、どんな反応をしたらいいのだろう?

「えっ?」なんて言葉を発するのはもっての外だ。

 とはいえ、「それはよくあることだ」なんて顔をすることもできなかった。


「私の心の中には、双子のお姉ちゃんがいるんです。今日の相談も、お姉ちゃんに背中を押されて決意しました」


 なんだ? その症状は。

 心の中は双子なのに、実体は一人ってことなのか?

 ――ソロ双子。

 頭の中に、そんな言葉が浮かび上がってきた。


 もっと詳しく症状を知りたい。

 俺は彼女の言うお姉ちゃんについて訊いてみる。


「そのお姉ちゃんの名前は、何ていうの?」


 この質問の答え方で、症状の深さを推測することができるだろう。

 お姉ちゃんが心の中に本当にいるなら、すっと名前が出てくるはずだ。


「お姉ちゃんはね、橘子っていうの。ほら、私は桜子だから……」


 自然に名前が出てきた。

 とうことは、本当に心の中に姉、橘子がいるのだろう。


 桜と橘、それは魔除けの花。

 右近の桜、左近の橘と称されることもある。

 思いつきで「橘子」と言った可能性もあるが、そのためには魔除けの花についての知識が必要となる。それはそれで、桜子としては勉強した方じゃないか。


「お姉ちゃんはどんな性格なの?」

「私とほとんど同じ。だって双子だから」


 ということは、二重人格ということでも無さそうだ。

 もちろん性同一性障害でもない。性は女性で統一している。


「不思議な感覚なの。もう一人の自分が私のことを見ていてくれるって感じかな」


 それって障害?

 めっちゃいい精神状態という風に思えるけど。

 そもそも障害と決めつけてしまっている俺が問題なのか?


「だから私、いつもお姉ちゃんと相談しながら決めてきた。どんな高校に入って、どんな部活に入るかってことも。もちろんこの塾も、お姉ちゃんが勧めてくれた」


 なんていいお姉ちゃんなんだ。

 桜子が普段から明るくて、自信に溢れた行動をしているのも頷ける。


「それでね、ある時お姉ちゃんが言ったの……」


 しかし彼女のこの言葉から、だんだんと雲行きが怪しくなるのだった。



 ◇



「私たちは双子。お母さんのお腹の中で脳を分け合った。だから私たちの頭は半人前なのって」


 ええっ? そんなことってあるのだろうか?

 俺は驚きを顔に出さないよう、必死に神妙な表情を作り続ける。


「私が勉強できないのはそのためなの。塾の成績も、お姉ちゃんと二人で分け合った二分の一しか出せない」


 うーん、理屈が通っているような通っていないような……。

 なんだか嫌な予感がする。

 桜子が言いたいことがなんとなく読めてきた。


「だから家に通知する点数は、二倍にするべきだと思うの。だってそういうことだよね、お姉ちゃんが取った点数と私が取った点数を足したら二倍になるじゃない。お願い、先生!」


 さすがに俺も黙っていることはできない。

 その時、俺には一つのアイディアが浮かんだ。

 ――双子には双子を。

 だからこうアドバイスしてあげたんだ。


「じゃあ、そのお姉ちゃんにも塾に来るように言ってくれないかな。桜子とお姉ちゃんで順番に来るといいよ。そしたら点数をあげる」

「ホント? ありがとう先生! 来週からそうする」


 わかってるんだかわかってないんだかよくわからなかったが、翌週から桜子は本当に毎日塾に来るようになった。

 桜子と橘子として順番に。


 半年後、彼女の点数は本当に二倍になった。

 が、お姉ちゃんのおかげと心から信じている彼女は、やっぱりソロ双子なんじゃないかと俺は思うのであった。




 了

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