限界地方都市・ひとりぼっち知事の再生計画

祥之るう子

⭐︎

「知事! お疲れさまです!」


 ここはA県県庁庁舎。

 十年ほど前に建て替えられたばかりの、比較的新しい建物。この県内では、完全新築の公的施設としては最新のものだ。


 あえてシンプルに、余計なものは一切がっさい撤去した知事室の扉の前で、私の秘書はいつもどおり、にこやかに私を出迎えてくれる。

 私は胸を張って、大きく息を吸って笑顔で応えた。


「おはよう」


 私はこの、田舎も田舎、おそらく戦後、日本で最も発展していないと揶揄されているA県の知事となるべく、はるばるやってきたのだから。


 どこからって?


 二百年後のこの知事室から。


 嘘ではない。何なら二百年後でも私は知事だ。

 それも現職の。


 どういうことかって?

 ご説明しよう。


 私は、二百年後の二千三百年代のA県から、時を越えて、我々から見れば過去の二千百十一年のA県へやってきたというわけだ。


 理由はもちろん、A県の再生のためだ。


 現在A県で暮らしている人々にはとても話せない事実だが、二百年後にA県はほぼ名前だけの場所となっている。

 ああ、コレを読んでいる諸君は更に過去の存在だったね。君たち世代のA県の人々にも、もちろん話せる内容ではないから、内緒にしておいてくれたまえ。


 そもそも「県」という形でもなく、過去隣県だった自治体に吸収されているし、A県と呼ばれた土地はほぼ全て国有の自然公園と化している。


 だが、食糧やエネルギー資源を得るのに、長年人々に飽きられ見捨てられていたこの土地ほど、有用な土地はない、と先日調査団が発表したことで、事態は一気に動いた。


 皮肉なものだ。人々は娯楽や利便性を求めて、この素晴らしい土地を放棄したわけだが、おかげで未来の人々が渇望する資源や食糧が、二百年の間この地に眠ったままになっていた。

 あれほど嫌悪し、放棄したこの土地が、今や大注目の的というわけだ。

 もっと上手に活用していれば、そもそも飢えや、エネルギー不足の未来に怯えることもなかったろうに。


 そのため、この地の再生計画が立ちあがったのだが、まあ、いろいろと難関があったのだ。


 まず私はたった一人で、自然公園の中に放り込まれた。


 そうだな、これ読んでいる時代の君たちに解るように言うとしたら、辺境伯として左遷され、ここから大逆転の成り上がりストーリーを描きなさい、と、国から命じられた……といったところかな。



 しかし、現実は物語のようにはいかないのだよ。



 とにかく問題は山積している。

 地下にも資源は多くあるものの、同じだけ投棄されているゴミだとか、放棄された建物の残骸だとかも多い。

 邪魔だ。


 今私がにこやかに座っているこの県庁の庁舎も、二百年後にはただの邪魔な廃墟なのである。


 これではあまりに効率が悪すぎる。


 そこで私は、過去に戻って全部やり直すことにしたのだ。


 の技術で、世界が消滅しない程度に遡れる最大限の過去である二百年前に移動し、そこでいろいろと書類をいじって住民権を得ると、知事選に立候補。


 見事一発当選してやった。


 まあ、いろいろ根回しはしたけれどね。


 私はこの時点で、未来に可能な限り資源が残り、かつ余計な廃墟やゴミが発生しないように舵をとり、少ししたら百年後――から見たら百年前――に移動して、また権力を得て、こちらのいいように舵をとる予定だ。


 まずは、新幹線や幹線道路など、首都圏からつづく「道」を確保。

 空港の国際線は、一昔前の感染症の打撃で激減していたので、うまいこと目立たずに消滅させた。そんなことより国内の道路が必要なのでね。


 この県庁所在地周辺に多く地下資源があるので、首都圏に近い南部からここまでの道路を拡充。二百年後もそこそこ形を保っていてくれるように、しっかりとした骨材を使用して道路を作るよう、いろいろ仕様書を変えるなど、細かいところまで手を出している。


 それから、広大な空き地を、それこそ街一つ分の空き地を確保して、おいおいシェルターを建設する予定だ。これは長期的に活用・維持できる仕組みも用意する。

 未来では私と、いずれ来る再開発スタッフの生活の場所にする予定なので。


 それからいろいろと建設予定の申請がきている新しい建物は、本当に必要最低限なものを除いて却下却下。

 若者にはじゃんじゃん流出してもらう。

 空き家問題の解消も兼ねて、所有している空き家の解体費用の助成はバンバン出す。

 粗大ごみの捨て方はかなり捨てやすくして、しっかり回収して処理する。産廃も厳しく管理。ちゃんと決められた場所に捨てましょう!

 山も、川も、海も、もちろん市街地もきれいにきれいに!

 余計なものは遺さないように。


 若者の流出が止まらないと、人々が訴えているがそれでいい。

 出ていって放棄してもらえないと、未来の救世主となる豊かな資源が育たない可能性があるのでね。

 ただし、農家としての移住者はウエルカム。

 なんなら全県農地にしてもいいくらい。

 農業は素晴らしい! ここにたくさんの野菜や穀物を遺していってくれ。是非!


 予定では、百年後、かなりきれいな自然だらけの県になっているはず。


 そして二百年後に戻れば、運搬に必要な道路と、雨風をしのげる活動拠点があって、邪魔なゴミや廃墟が減って、資源を採掘しやすくなっているはず。

 農業のための入植もしやすくなるので、きれいに整備・区分けされた農地も増やしておくべき。


 時々未来に戻って、この県の衰退・消滅がスムーズにできていることを確認しつつ、私はA県を有終の美に導いているというわけだ。


 ん? 県民たちを騙している? 県民たちにこの話をばらしてやるって?

 ムダですよ。信じる人なんていないでしょうし。

 信じたものがいたとしたって、動きませんよ?


 そもそも、選挙戦にどうして私が一発勝利したと思っているんです?


 昔の知事の殿様が限界まで頑張ってくれたというのに、彼の後を継ぐべき者も育たず、また、対抗馬もいない。


 たった一人、私しか立候補しなかったからさ。


 この県の県民たちは実に都合がいい。


 変化を厭い、己が手を汚すことを厭い、なにもない、なにもないと、自分たちの故郷を卑下し、足元に広がる素晴らしい資源にも気付くことなく、都会的で楽な暮らしばかりのぞみ、目の前の問題からも目をそらし、発言を恐れ、他力本願で自分では行動を起こさない。

 それでいて、出る杭は叩き潰すありさま。


 うまいこと先導して、私が全ての面倒事を引き受けると強く言えば、皆、簡単に従ってくれる。



 さあ、私のソロパートを――


「今日も始めましょうか」


「はい、知事!」


 秘書と、職員たちが、笑顔で応える。

 未来は明るい。

 私が、ちゃあんと、導いてあげますからね!


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