ようこそ、ソロプレイヤー専用ギルドへ

乙島紅

ようこそ、ソロプレイヤー専用ギルドへ



「ここがそのソロプレイヤー専用ギルド『毅然とした狼』かぁ……」


 新人冒険者のロンは路傍に落ちていたしわくちゃのビラを握りしめ、ギルドの入り口である鉄扉の前でごくりと唾を飲む。普通、ギルドの扉は誰でも出入りしやすいように常時開放されていることが多いが、こうして頑なに閉ざされているところあたり「いかにも」といった雰囲気だ。


 ここは冒険者の街ベントノール。ダンジョンの探索や要人の護衛、魔物の討伐といった仕事を生業とする者たちが各地が集まり、メインストリートには冒険者たちの組織であるギルドの施設が大小さまざまに軒を連ねている。


 ロンもまた、冒険者として身銭を稼ぐためにこの街にやってきた青年だ。つい先日、初級冒険者訓練を受けて晴れて冒険者としてデビューするはずだったが……その前に大きな壁が立ちはだかった。


 それは、ギルドへの加入である。


 どうやら冒険者としてクエストを受注するにはギルドへの加入が必須らしい。初級冒険者訓練の後に様々なギルドのパンフレットを渡されたが、どれもピンとこなくてロンは頭を抱えていた。


「初心者大歓迎! 同期同士の交流会を無償で実施します!」

「寮完備! ルームメイトと絆を育み、最強のパーティを結成しよう!」

「ゆるーく冒険したい方へ。家族みたいにアットホームなギルドです」


 誰もが皆、人と交流をすることを楽しめる人間だと思ったら大間違いである。

 ロンは田舎ではひとりぼっちだった。身寄りはなく、友だちもおらず、話し相手は飼っていた羊くらいだった。その羊も昨年疫病で死んだ。同じ病にかかっているのではと疑われたロンは、ついに村から追い出されてしまったのである。

 ゆえに彼は他人が怖い。誰かと交流を余儀なくされるギルドなんて拷問でしかない。

 そう思っていた矢先、このソロプレイヤー専用ギルドのビラを拾ったのだった。


(しかし、ぼっちなヤツには敷居が高すぎないか、これ……)


 鉄扉の前で立ち尽くすこと数十分。

 彼には閉ざされた扉を叩く勇気がなかった。ノックして無反応だったら悲しいし、あるいは反応が返ってきたとしても何のアポもなしに突然訪問したことを怒られるかもしれない。できれば誰かギルドのメンバーが出入りするタイミングを見計らって上手く中に入れたら、と思っていたが一向に人の気配がしない。

 途方に暮れ、今日は一旦引き返そうとしたその時、重い扉が内側からゆっくりと開いた。


「合格です」


 中から顔を出す、金髪眼鏡の美女がツンとした表情で告げる。


「当ギルドの加入希望者ですよね? さあ、どうぞ中へお入りください」




 彼女は『毅然とした狼』の受付嬢のジェンヌさんというらしい。

 「合格」というのは、ロンがギルドに入る資格があると認められたということ。

 どうやら扉の上に魔法鏡が設置されていて、扉の前に立つ者の様子が中から見えるそうだ。それで、すぐさま扉を叩くのではなくどうしようかおどおどしている者こそソロプレイヤーの証……と判断されたのだ。

 なんだか嬉しいような、嬉しくないような。

 複雑な心境のロンに構わず、ジェンヌはテキパキとギルドの案内を始めた。


「そのビラをお持ちならご存知の通り、当ギルドはソロプレイヤー専用ギルドです。ゆえに、不要不急のメンバー同士の私語は慎んでください。不快に思われる方もいらっしゃるので」

「は、はい」


 いきなりの衝撃的なルールにロンはおどおどと返事をする。確かに、ギルド内部を見渡してみるといかにもお話が難しそうな人たちが見受けられる。ジェンヌは簡単に彼らのことを紹介してくれた。

 下着一丁でダンジョンに潜るという危険な縛りプレイを楽しむ盾士に、いかに短時間でクエストをクリアするかに賭けていてギルド内でも常に走り続けているという武闘家、それから他のギルドで問題を起こして追放された孤高の女魔道士。

 彼らに比べると自分はいささかマシな人間なんじゃないか……突然始まったギルド紹介へのパニックが極値に達したせいか、ロンは何の価値もない平凡マウントで自分を安堵させようとする。


 次にジェンヌが案内したのは食堂だった。

 食堂と言っても室内は細長い空間で座席はすべてカウンター形式となっており、席同士は木の衝立で仕切られていて隣に座る人の顔は一切見えないようになっている。また、キッチン側もほとんど壁に閉ざされて中は全く見えず、食事を提供する時にだけ開く木扉が各席に設置されている。


「これははるか東方の島国の『イチラン』と呼ばれる形式を採用したものです。さあ、次の場所に行きましょう」


 そうしてギルド施設内のあちこちを矢継ぎ早に案内され、最後に案内されたのは巨大な掲示板とそのそばにあるカウンターであった。


「お疲れ様でした。こちらがクエストカウンターです」


 ジェンヌはそう言ってカウンターの奥に回る。ロンは思わず「おお」と感嘆の声を漏らした。クエストカウンターに美しい受付嬢、やはり絵になる。冒険者の中には彼女たちに会うことをモチベーションにクエストに励む者もいるというくらいだ。ジェンヌはイメージしていた受付嬢よりはやや冷たい印象だが、他のギルドのパンフレットに載っていた受付嬢たちに比べると群を抜いて美人である。やや癖の強いギルドではあるが、彼女のためと思えば頑張れるかもしれない。


 ――あら、ロンさん。もうお帰りなのですか。思ったよりも早かったですね。

 ――ジェンヌさんに会いたくて頑張ってきたんです。大変だったんですよ。

 ――それはお疲れ様です。では報酬ですが、依頼金の三万ゴールドと、それから……。

 ――ジェンヌさん?

 ――これは私からのご褒美です。手作りのベリーパイ、食べてくれますか?


 バラ色の冒険者生活を思い浮かべてニヤニヤするロンに、ジェンヌは怪訝な視線を向けてきた。


「どうされました?」

「いやぁ……ジェンヌさんが受付嬢でよかったなぁって」

「? ちなみに当ギルドではクエストの受付は無人ですよ」

「え??」


 唖然とするロンに、ジェンヌはカウンターの上に置かれた分厚いクエスト帳を開いて見せる。


「ここに受注するクエストと名前を書くんです」

「でも、ジェンヌさんは受付嬢だって言ってませんでした?」

「加入希望者受付嬢、ですよ。クエストの処理は行いません。また、メンバーの方と交流するのも最初のお手続きの時だけです」

「そ、そんなぁ……」

「それで、ロンさんはどうされます? 当ギルドへの加入手続きをされますか?」




 ショックのあまり、ロンは「一旦考え直します……」とその場を後にしてしまった。

 風の噂で後から聞いた話だが、ジェンヌもまた「塩対応すぎて冒険者にクエスト前からデバフをかける魔の受付嬢」という異名がついている人物だったらしい。

 他人事ながらあのギルドの行く末が不安になってきたロンであった。




〈おわり〉


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ようこそ、ソロプレイヤー専用ギルドへ 乙島紅 @himawa_ri_e

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