ソロ婚
海野ぴゅう
ソロ婚
「もうさー、家に帰ると親がうるさいったらないんだよね。仕事でいっぱいいっぱいだっつーの!」とぷりぷり怒る飾り気のないTシャツ姿のめぐるを僕は「まあまあ」とたしなめた。
実家にお互い岐阜の田舎に帰るたびにご近所だからという理由で呼び出されて居酒屋で飲む。お盆だから周りには地元の知り合いがたくさんいて、気軽に声をかけていく。その流れで明日の昼は河原でバーベキューでもしようということになっていた。気が付けば既婚者ばかりだ。
「もうさ、めぐるちゃんも誰かいないの?子供欲しいなら今結婚しないとしんどいし、適当に結婚しちゃったら?」と酔っぱらった僕は適当に彼女の両親の味方をした。めぐるは一人娘だし、僕も30代にもなると彼女の両親の気持ちがわかるのだ。
ちなみに僕は気軽な三男という結構な身分を生かしてサラリーは少ないながらも名古屋で一人暮らしの自由を謳歌してる。同僚も独身が多いので遊ぶ相手には困らない。
「子供いらないって何度も言ってるでしょ?もー、慎吾はバカなの?お母さんなんて、誰でもいいから結婚して、子供作って、嫌になったら帰ってこればいいなんて言うのよ?本当に実の親ながら情けない…」
「それだけめぐるを愛してるんだよ?さ、もうそろそろ帰ろ?」
「…歩けない」
僕はため息をつき、いつものように会計を済ませてめぐるのかばんを肩から掛けた。
「ごちそうさまです」
「また来いよ、お二人さん」と店長、もとい同級生の
「知ってるだろ、そういうんじゃないって」
「めぐるちゃんも焦ってるのかもよ?」と彼が知ったかぶりをするが、めぐるに限ってそれはない。こいつが僕に嘘をつく理由がないのだ。
「はあ…帰るよ、めぐる。おんぶしてやるからつかまれ」
「…しんごぅ、ありがとお…」
へべれけになっためぐるは以前より軽くなった気がした。仕事が大変だと言ってたし、ちゃんとご飯を食べれてないのかもしれない。
「めぐる、仕事頑張ってるもんな…偉いよ」と僕がぼそりと言うと、めぐるは少し頷いてから僕の背で少し泣いているようだった。あまりに可哀そうになってきて、僕は思わずこぼしてしまった。
「結婚なんてしなくてもいいと思うよ。めぐるが年を取って、仕事が嫌になったら僕が拾ってあげるから」
すると、めぐるが一瞬びくりとして僕の首にまわす手を強めた。気に障ることを言ってしまったのだ、僕は失言を恥じた。
「ごめん、冗談だって。とにかくめぐるの好きにしたらいいと思う」
僕のフォローを聞いているのか聞いていないのか、めぐるはまた僕の背で静かになった。
「あら、慎吾君!いっつもごめんなさいね?こら、めぐるっ」
「あ、いいですよ。部屋まで運びます」
「助かるわ、年を取って2階まで運ぶの大変なの。小さな頃はずっとおんぶしてたのにね、こんなに大きくなっちゃって」とめぐるの母親は彼女の小さな頃を思い出して涙ぐんだ。確かに、こんな優しい母親に結婚しろと言われたら辛いかもと思う。
僕は彼女を昔と変わらない部屋に運んで、ふかふかに干してある布団に降ろした。夏用の掛け布団をふわりとかけて立ち上がろうとしたら、急にめぐるが声を発した。
「慎吾…あんた彼女いないの?」
「はあ?起きてたのかよ?」
「いいの!ちゃんと答えて!!」
「いない、けど?馬鹿にすんなよ、続かないだけだ」
僕が言い訳みたいに言うと、めぐるはにやりと笑った。
「ふーん…」
「もういいだろ?帰る」
僕がその空気に耐えられず立ち上がると、「待って!!」とめぐるが足を掴んで僕はこけそうになった。
「な、なんだよ?!あぶねーだろ?」
「さっき言ってた…あれ、本当?」
どこのことだろう?
「あれ、って…」
「『僕が拾ってやる』、っていうやつ」
怒ってる様子でもないから「本当」と答えた。
僕はいろんな女生と付き合ったけど、どうもしっくりこない。経済的にも精神的にも自立してない女性に頼られると違和感を感じてしまう。自分の弱さを武器にしてるように思ってしまうのだ。
だから、自分に負担がかかるような発言を女性がすると一気に引いてしまう。仕事は嫌だから結婚して専業主婦になりたい、なんてはっきり言われた時はぞっとしてその場でお付き合いをお断りした。そこまで人を背負いきれない。
もし、万が一結婚するなら『一生をサバイブする同志』のような女性がいい。それはまさにめぐるがぴったりなのだ。でも恋愛感情は、というとあまり自信がないので今まで友達の関係を20年以上もキープしていた。
めぐるに彼氏がいても全く嫉妬なんてない。どうなるか興味はあったけど。
「私、結婚も子供も興味ないんだ。でも、特定の誰かといたい。誰か一人とつながっていたいの。こんな我がまま誰にも言えないけど、慎吾なら…」
彼女を見降ろすと、真っ赤になってこっちをまっすぐに見ていた。どうもめぐるも同じように思っていたと知り、僕は笑って畳に膝をついた。
普段から強気で完全に自立していると思っていためぐるの弱さに触れ、僕の心は強く揺らいだ。
「じゃあ、もしめぐるがこの話を明日まで覚えていたら、明日お互いの望みを言い合って結婚の契約を作ろう。明日『しまった』と思ったら忘れた振りをしてくれたらいいよ、元の友達でいよう」
「ん…わかった」
「おやすみ」
「ありがと…」
それで終わりかと思っていたが、次の日めぐるはちゃんと覚えていて、あろうことか契約書の叩き台まで作って僕の家に押し掛けた。母親はいつものことだと僕らを放置だ。三男だしめぐるの家との温度差がすごい。
「昨夜作ったんだ。どう?」
彼女が持ってきた紙にはいろいろ列記してあった。
・お互いの恋愛・趣味に口を出さない
・誰とも子供を作らない
・遠距離結婚でもOK
・一緒に住む際は家事は完全分担
・財布は別々
・貯蓄はお互いの目標値を立てて達成努力をする
・老後まで仲良く
・セックスはお互いの同意の元でする(当然拒否権あり)
・慰安旅行は一年に一回程度?
酔っ払いが作ったとは思えない。読んでいくと大体僕の希望と同じだった。やはり似ているようだ。特に貯蓄のところがいい。
「いいね、おおむね賛成。でもさ、結婚したいくらい好きな人が出来たらどうするの?」と僕は聞いてみた。
「今までそんな人と出会った事ないから出来ないと思うけど…どう思う?」
「そうだね…そんときはお互いの為に円満離婚するしかないんじゃないかな」
するとめぐるはむっとして黙り込んだ。どうも不満らしい。僕からしたらどうしてそこまで出会わないと確信できるのか謎だ。
「じゃあ、これを2枚作ってお互いにサインして持っていよう。いつ結婚しようか?式とか旅行はどうする?」
「仕事調整をして、お互い大丈夫な時期にしようよ。旅行はしとかないと損でしょ、こんときしか長期で休めない」
「そうだな」
昼のバーベキューの場で皆に婚約を発表し、お互いの家族にも報告した。
村中が晴天の霹靂とはこのことだぐらいに驚いたのはおどろいたのは言うまでもない。だって昨日までそんな素振りは全くなかったのだから。
僕らはこうやって着々と結婚の準備を詰めていき、2月に結婚した。お互い一番暇だったのだ。
新婚旅行はバリ島に1週間いてゆっくりした。知ってるものをなぞって確かめるような初めてのセックスはこそばゆくて、どうもお互い照れ臭かった。20年も友達だったのだ、同性とあまり変わらない存在だ。
何度も交わるような情熱もなく、ただ老夫婦のように抱き合っているだけで安心できた。彼女もそのようで、求めてくるような素振りもなかったのでほっとした。
「結婚したのに遠距離で寂しいだろ」と上司がやたらと聞いてくるなと思っていたら、秋、辞令が出た。なんとめぐるのいる東京に転勤だった。
「あの、僕、名古屋がいいんですが…」と消極的に抗議したが、遠慮だと思われていたようで一笑に付された。その話をしたらめぐるは大笑いし、一緒に住む大きめの部屋を借りよう、ということになった。
僕らは二人で住み、小学生の掃除当番のように分担表を作り快適に住んだ。家事は半分だし家賃も楽になった。
結婚も悪くない、なんて思って宅飲みの勢いで久しぶりに重なったら子供が出来た。
予想外の出来事に僕はおののいたが、彼女はどんとしたものだった。意外にも堕ろすなど選択肢にない様子だったので言わなかった。
「まあいけっしょ!お互い大人だしがんばろ!!」
「…そうだね」
彼女は以前より仕事が落ち着いたようで、着々と身体の変化に合わせて心も仕事も変化させていた。すごい、と僕は純粋に尊敬した。僕はただただ変化に恐れおののくばかりだった。
しかしある日、彼女のお腹の子供が動いたのを触って僕も一気に実感した。僕の子供がここで生きている。
そしてとうとう僕らの子供がこの世に誕生した。契約にない事ばかりだが、身体の芯から温かくなるような喜びに溢れる自分が不思議だった。しかしめぐるが本当はどう思っているのだろう?と思うようになった。
「めぐるは僕と結婚して子供まで出来ちゃったけど、良かったのかな?今更だけど…ごめん。めぐるばっかりしんどい思いさせて」と子供におっぱいをあげるめぐるに聞いた。
ずっと彼女が後悔してないか心配だったのだ。なんせ僕のせいで契約外の子供が出来たと言われても否定できない。しかしめぐるはクスクス笑った。
「バカね、最初から狙ってやったに決まってるじゃない!私、ずいぶん前から慎吾を好きなんだよ?」
僕は呆れた。そして不遜に微笑むめぐるにキスした。契約外のキスってなんて気持ちがいいんだろう、と思いながら。
ソロ婚 海野ぴゅう @monmorancy
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