そんな『私』のソロプレイ

ともはっと

考えろ、考えるんだ。私は悪くない。そう、何も悪くないんだ。席に座っただけだし怒られるようなことをした記憶もない。だから私は間違っていない。私に立ってジャスティス・ロープ(つり革)に掴まっていろとでも?


 電車の車内。

 がたんごとんと今日も鉄の線路の上を走る電車が奏でる音――電車を道として、会社をお墓と仮定すれば葬送行進曲ヒューネラル・マーチとも言えるのではないかと、いつもと変わらないその音を立てながら進む車内で、私は珍しく席に座りながら思う。





 集中しろ……聞き取るんだ……






 何がおきた。

 いや、今、私は、なにをされている?

 それこそ、どこぞの漫画やアニメであるような攻撃を受けている?


 おいおい、ついに私も主人公デビューかい?

 この電車はこれから異世界へ突っ込むのかい?

 ああ、違う? まさか大惨事が起きちゃって全員チートもって異世界行きかい?

 なにかい? 私の足元に魔方陣なんかできちゃって私だけ飛んじゃってみるかい? おいおい、その先にはチーレムでも待ってるんじゃないかい? それとも隷属の腕輪でもつけられて自分の意思関係なく兵隊蟻、働き蜂のように働かされて一生終えちゃうかい?――あれ? それって今とあまり変わらなくない?




 なぜ、私は。


 この白髪の、自分偉い闘気オーラをだす、代表取締役常務執行役員風のおっさんおっさんに睨みつけられているのだろうか。



 と。私は、必死に、朝から脳をフル回転させながら考える。







 それは私が、仕事に向かう電車の中。

 まだ早い時間で土曜日だからとはいえ珍しく、いつもの指定の位置で待って正しく停止しようとする車両の内部には、ぽつぽつとしか乗客が乗っていなかった。


 私の最寄り駅からの乗客は多いようで、今日も席の取り合いが起きるのだろうと、でも乗客が少ないからこそ最寄り駅から乗れる可能性もあるから今日は運がいい日かもしれないと考えながら扉の前へと進み出る。


 私を先頭として一列で並んだ列。それが扉を挟んで左右へとモーセの十戒の紅海のように分かれるが、私が先頭なのは変わらない。横入りしない限りは私より先頭に来る輩はいまいと、扉の前にすいっと立つ。


 ……おかしい人種おっと口が滑ったはいるものだ。


 扉と私のさほどない空間に、すいっと隣から入る影。


 そう、電車に乗るときに大体一駅に一人はいる、あのおばさんレジェンダリーだ。


 そもそも、私は扉の前に立つために黄色い線の外側に立っているので、そこまで車体と私の間に距離があるわけではない。

 凄い場所に入ってきたなと、おばさんレジェンダリーもやっちまったと思ったのか、まだ動く電車の車体ぎりぎりすぎて焦りが見える。

 だから困ったのか怖かったのか、後ろの私をちらっと見てくるのだが、私の考えとは違って、その目は謝る気もなければ、「ちょっと、なにその接近プレイ、私の体と顔をじろじろ見てんじゃないわよこの性獣が。私の体は自由にできても心までは自由にできないわよ。いいから後ろに下がって離れなさいよこの痴漢」なんて目をしているのは気のせいだろうか。


 そんな目をされれば私も下がるわけにはいかない。

 まるで聞いていないかのように耳元のイヤホンの音量を上げて自分の世界へと入っていく。


 ……え? いえ勿論少し後ろに下がりましたよ?

 だって、危ないじゃん。

 こんなんでちょろっと暴れられてバランス崩して車体にぶつかろうもんなら大事故だし電車止まるし会社いけない――あ、会社いけなくなるならそれでもいいのか? いやいや違う。私が今日会社を開けないと誰も入ってこれないじゃん。



 こほんっ。


 そんなおばさんレジェンダリーのために少し後ろに下がった私。

 扉が開き、いざ乗り込もうとすると、なぜか先頭となったおばさんレジェンダリーは乗ることを躊躇した。


 なぜだ。なぜ乗らない。

 私だけじゃなく、私の背後からもそのような声が聞こえてきそうだ。

 私達の列とは別に、扉の左右に列はバラケてもう一つの列が出来ている。その列はすでに乗り出しているではないか。


 おばさんレジェンダリーは、何かに警戒しながら車内にちょろっと首を入れて中を見ると、時間をかけてそろりと中へと。



 今、何に警戒した……?

 この人は命でも狙われているのか? だったら電車に乗るんじゃないよ。逃げ場のない密室だぞここ。


 なんだか不思議な人もいるもんだな。と、車内に入って入口前でまた足止まってきょろきょろと車内を見渡すおばさんレジェンダリーの隣をすっと抜けて、適当に座るため――進んだ私の前に現れるおばさんレジェンダリー


「なに私より先に席を選ぼうとしてるのよこの〇〇〇〇おっさんが。あんたは黙って嬲るようにそのねっとりとした濃厚で野獣のような目で物欲しそうに私の背中を見ていればいいのよこの変態が」


 おばさんレジェンダリーの目が私に突き刺さる。


 なんだこれ。

 ご褒美か?――いやいや、そんなわけがない。こんなおばさんレジェンダリーからそんな目で見られてもご褒美とは全く思えない。


 私は座ろうと見定めた席にすっと我が物顔で座るおばさんレジェンダリーを見ながら、「あれ? もしかして今日はツイてない?」なんて、おばさんレジェンダリーに気づかれないようため息をつきながら、少し離れた空席に体を沈める。


 ふぅと、電車に乗るまでに色々あったと一息ついていつもの車内の日課、ヨムヨムをスタートしようとスマホを自分の目の前に出した時。


 視線を、感じた。


 どこからだ。まさか、私を狙う新型か!?

 なんだ、なんなんだ今日は。何かのイベント日か!? 私なんか見ても何もいいことないぞ!?


 まさかまだおばさんレジェンダリーに見られているということもあるまいとちらっと視線を向けると、あの御方は眠りにつく体制。

 ならばどこからだと思い、この視線の相手を捜し当てようと感覚を研ぎ澄ます。




 ……まさか、ここで、か。



 私の感覚は、その相手を見つけた。

 それは私の正面の席から。

 私の目線の先。その先にいるのは、一人分の席からはみ出て左右の席が座りにくい程の体格の、がに股で座り圧迫感を高めた、怒りの形相で私のことを睨みつける、




 おっさんおっさんだ。




 まさか、この御方と、数日ぶりにかち合うとは。

 その目の前の代表取締役常務執行役員風のおっさんおっさんとの戦いは、何年も前から続いていた。


 なぜなら、このおっさんおっさん

 毎回電車を待つ先頭の私を、正義の片手合掌ジャスティス・チョップだけで横からすっと入って、おばさんレジェンダリーのように無理やり先頭を勝ち取り、扉が開いている途中で車内から出ようとする乗客――時には肩を無理やりぶつけて相手を怯ませる――を無視して凄い勢いで空席めがけて突撃していく、この界隈で有名な迷惑おっさんおっさんなのだ。


 私も、このおっさんおっさんと会うのが嫌だから、一つ前後の電車に乗っているのだが、まさかそのおっさんおっさんが殺しかねないほどの形相で正面にいて私を睨みつけているとは思ってもおらず。


 ずらして乗ったのになぜ今日ここで会ってしまったのか。そしてなぜ私の正面に座ったのか。いや、この正面に座り怒りの形相を向けてくる時点で、私に対して何かあるのだろう。


 電車は車両内で何か起きていても気にせずがたんごとんと進む。


 睨みつけるおっさんおっさんと、その目線を目が合ったからこそ外せない、外すことができなくなった私が、席と席に座って無言で相対する。

 そのおっさんおっさんの背後の窓から差し込むは、おっさんおっさんを包み込むような後光。

 障害物でぴかぴかと消えては現れる光に、眩しくてしっかりと見ていられるわけもないのだが、目を離すことができない。ある意味釘付けだ。


 やがて。

 おっさんおっさんの口元がもごもごと、蠢いていることに気づく。


 なんだ、何をしている。

 呪文か!? なんの呪文を唱えているんだ。

 さては、私に対する攻撃かっ!?


 おっさんおっさんはもごもごとマスクの中で口を蠢かしながら、私から視線を外した。


 目と目の通じ合いに、私は勝った。

 だが、それでもあのやんごとなき代表取締役常務執行役員風のおっさんおっさんは蠢きを止めない。


 何をしている。

 なんだ、誰か教えてくれ。

 おばさんレジェンダリーに助けを求めようとするが、おばさんレジェンダリーはすでに席にいない。私より先にこの長い戦いから途中下車だ。



 おっさんおっさんの呪文はまだ続く。


 気にしたら負けだ。

 せっかく目と目の通じ合いに勝ったのに、こんなところで負けるわけには行かない。


 恐らくは。

 私の前にいけなかった。つまりは電車に乗るときに先頭になれなかったことが起因しているのではないだろうか。

 もしかしたら私の背後で一緒におばさんレジェンダリーを見ていたのかもしれない。

 それであれば、あのおばさんレジェンダリーの躊躇が私のせい、または私が急かしたりしなかったから自分の思う場所取りができなかったとか、そんなことで私に対して怒りをぶちまけているのではないか。



 頭は冴える。

 そうに違いない。

 間違いないと私の脳は答えに辿り着いた。


 だからこその呪文。

 私と言う存在を異世界へ飛ばすための呪文。


 どきどきと、私の体に異常が起きていないか、いつ異世界に召還されるのかと心を高鳴らせながら、まるでおっさんおっさんに恋しているかのようにスマホを読む振りしてスマホの背後に見えるおっさんおっさんをちらりと盗み見る。



 くっ。眩しいぜ。



 私の意識はすでにスマホの画面に表示されている読みかけのラノベなどではない。

 おっさんだけに意識が傾き、感覚は鋭利に尖ってあの御方へと集中する。



 何を、何を言っているのか。その呪文はなんなのか。

 ただ、その一つを知るために。








「ああ、もう〇○駅、か……そういえば……あれもまた、懐かしい……あぁ、今度、皆で、またいくか、○○公園。でも、この時期だし。二人とも大きくなったし、もうお父さんと一緒に散歩してくれる歳でもなくなったしなぁ……」




 ため息つくおっさんおっさん



 ……まさか。

 私の背後の景色を見て、都度呟いていただけ、だ、と……!?

 しかも呟きがとっても家族思いだ、と……!?


 そ、そんなまさか……

 私を異世界召還するための、チーレムさせるための儀式、呪文ではないのかっ!?


「ダメもとで、誘ってみるかぁ……ママにも相談しよう」


 ぷしゅーと開いた扉から、去っていくおっさんおっさん

 私はただ、扉から去っていくおっさんおっさんを、ぽかんと、見るだけしか、できなかった。




 負けた。

 何に負けたのかは分からない。

 だけども、なぜか負けた気がする。



 確実に異世界にいけると思った(違う)

 おっさんおっさんは私に怒りを向けていたわけではなかった?


 おっさんおっさんが、実は家族思いのいいやつだったから。そこに敗北感を感じたのかもしれない。




 そんな一日の始まり。

 そして、始まりだからこそ、今日何が起きるのかと戦々恐々とする私を乗せて、今日も電車はがたんごとんと、先へと進む。




 そんな私の、電車内でおきた一瞬の攻防と、車内でよく出会う仲間達との目でやりあうやり取りと。

 しょーもない、私の、私の中でだけで起きていたソロプレイ一人妄想



















「あ。そう言えば。今日電車の中ですっげぇ睨み合ってましたけど、何かトラブルでもあったんですか? 眼鏡が逆光でめっちゃ光り輝いてましたよっ。近くにいるのに気づいてないし、笑いこらえるの必死でした」

「……え?」



 まさか、あのおっさんおっさん。眩しくて目を細めていた、だけ……?






 そしてまた、会社でもプレイが、始まる――

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