ソロFPSプレイヤー「アラタ」
宮嶋ひな
接続――表示ON。戦闘を開始してください
銃声が荒野に響く。
茶色い砂となだらかな丘が永遠に続く世界。頭に天使のような黄金のサークルを浮かべた褐色の銀髪美男子が、両手に拳銃を持って疾走していた。
この世界では、変化はいつも唐突に始まる。
一歩、足を踏み出した瞬間だった。彼の周囲が一瞬にして一変する。荒野から氷河へ。氷の海と白い大地が続き、視界をさえぎるほどの猛吹雪で視界が埋まった。
「
白いドレスのような裾の長い服を銀世界にたなびかせながら、彼は周囲を確認した。そこで見つけた、今にも崩れ落ちそうな粗末なボロ家に駆け込む。
彼は窓際へと足音もなく近づき、顔だけ半分窓枠から出して、外の様子を伺い――
――チュンッ!
弾丸が彼の鼻先をかすめる。音が遅れて追いつき、バリンバリバリと凄まじい音を立てながら窓ガラスが割れた。途端、そこから吹雪が室内に侵入してくる。
《アラタ。ノースウェスト:300。アサルトライフルAK-8、デュポン弾》
彼――アラタの脳内で、電子的な女性の声が響く。弾道から計算された敵の方角と、打ち込まれた銃弾による素早い銃の特定。アラタのサポート役である「メリナ」は、アラタが作り出した戦闘特化型独立学習支援AIだ。
「は? AK-8にデュポン? 再計算要請、風向き割合80%上昇。メリナ、雪ステージでは強めに風力影響考えろって言ったろ」
アラタは不満そうにメリナへ言い放ち、ダブルハンドガンを腰にしまった。その代わり、背中から物干し竿のような真っ白いスナイパーライフルを取り出す。グリップには螺鈿細工の雪の結晶が輝いていた。
そもそも、単発打ちしてきた時点で連射に優れるアサルトライフルである可能性は低い。雪国はメリナの苦手なステージだということは、敵にもバレているらしい。
(さすがは元相棒だな)
自嘲気味な、しかし心底楽しそうな笑みがこぼれる。
スナイパーライフルに乗せるスコープを、倍率20倍のものに付け替えた。割れた窓枠に銃身を置く。メリナが再計算を行うピピピ、という電子音が静かに脳裏に響いた。
《要請承認、再計算開始――【solution】:LOG:脅威を再表示、敵ウェポン「エレノイア」検出》
アラタの表情が引き締まる。エレノイア。
「方角だけしっかり教えろよ」
《YES,My GOD》
機械的な、冷たいメリナの声が響き――
ドン、とどこかから銃声が聞こえた。
アラタにはすべてがスローモーションに見えていた。敵の発砲。メリナが方角を告げる声。スナイパーライフルの引き金を引く、冷静な自分の指。
スナイパーライフルから銀の銃弾が回転しながら飛び出す。吹雪を切り裂き、突き進み、風の影響をほぼ受けずにまっすぐ発射していった。1.25メートル先の茂みに潜んでいた、全身白スーツの男の脳内に、迷いなく弾丸が突き刺さる。
「ぁぐっ!」
何百回、何千回と聞いた敵の断末魔が雪景色にこだまする。
そして、世界は勝者を決める。
『ラスト・プレイヤー! アラタ!! You're justice!!』
歓声がアラタを包み込む。
アラタは――現実世界の彼は、分厚いcVRゴーグルを外した。コンタクト・バーチャル・リアリティー。2040年から主流になった、接触型非現実世界と呼ばれるこのシステムは、死すらリアルに再現する。
現実世界のまぶしさに慣れず、黒髪で長身の男――アラタは、そっと目を細めた。アラタのパソコン画面には、妖精のような姿のメリナが嬉しそうに微笑んでいる。もちろんこれもプログラミングされた笑顔であり、彼女に感情の概念は理解できない。それでも。
「ありがとう、メリナ。ようやくこれで奴の裏切りを赦せるよ」
《非推奨――My GOD。赦せないものは赦せないと自己認識しているのでは? それを否定することは、私にはできません》
ふわふわのくせっ毛な黄金色の髪を二つに結んだメリナは、静かにそう言った。まるでアラタの心の動きを読んだような回答に、アラタは目を見張る。
《回答――心理分析――元相棒に姉を殺されることは希少なケースであり、犯罪心理学の面から見ても犯人に同情する余地はありません》
「……勝手に心理分析すんなって、いつも言ってんだろ」
いらだったような、悲しいような、緊張感の抜けたような。色んな感情が混ざり合ったまま、隣の席――もはや息をしておらず、パソコン台に突っ伏したまま動かない、かつての相棒を見下ろした。
FPSサバイバルゲーム『
アラタはここで、この相棒と荒稼ぎしていた。少年院あがりの彼らに現実社会で生きる術はなく、また腕っぷしも強くない二人にとって、この世界だけが生きる道だった。
しかし。人間は欲を出す。
美しい女性であったアラタの姉に目を付けた元相棒は、彼女のストーカーとなった。一方的に恋心を募らせた元相棒の告白を断った姉を、彼は無残にも銃殺した。
元相棒には、恋も、殺しも、すべてがバーチャルリアリティーだった。ゲームでしかなかったのだ。
犯人がようやく分かったのが、先月。二週間かけて準備し、アラタは今日、元相棒を『
事実上の、私刑執行宣言であった。
「こんな感情――後味悪すぎるだけだ」
ゴーグルを床に投げ捨て、アラタはステージを降りていく。この違法FPSゲームで戦う
「さあ。次はなんのゲームに行こうか、メリナ」
アラタの髪を撫でる、優しい風。ふわりと駆け抜けたそれは、そっとアラタの肩に座った。
果たして今、ここは現実か。非現実か。確かめる術は、ない。
《あなたと一緒なら、どこでもいいわ》
アラタの肩に座ったメリナは、彼の首筋に寄り添うようにして体を預けた。FPSゲーム一筋のアラタでは絶対に教えることのない言葉にくすぐったさを覚えながら、メリナの頭を指先でよしよしと撫でる。
「最強ソロFPSゲーマーとして、世界を遊び尽くすぞ」
すてき、とメリナは笑った。
アラタはまた、新しい光の中へと入っていく――――
ソロFPSプレイヤー「アラタ」 宮嶋ひな @miyajimaHINA
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