色欲と王の聖書目録

神凪

ほんの小さな復讐劇?

 もう許すわけにはいかない。アスモデウスは憤りを通り越したなにかを抱きながら歩く。


「ほんっとうにむかつく。あなたのせいじゃない」


 アスモデウスの怒りの矛先は、ソロモン。アスモデウスを使役する者だ。

 だが、別にアスモデウスはソロモンに反逆の意志を示すわけではない。それは伝承の話にすぎないのだ。もう少し言えば、たとえ指輪を奪ったとてアスモデウスがソロモンに勝てる可能性はゼロに等しいだろう。

 そんなアスモデウスが憤っている理由。それはごく些細なものだった。


「全然呼び出さないじゃない……!」


 そんな、些細なこと。だがアスモデウスにとっては些細なことではない。

 なぜなら、アスモデウスはソロモンが使役する悪魔たちの中でも最も召喚された回数が少ないからである。

 理由はアスモデウスにもわからないわけではない。伝承の通りであれば、アスモデウスはソロモンと対等程度の実力を持っている可能性があるからだ。

 だが、現実はそんなことはない。それどころか、アスモデウスがソロモンに抱く感情はもっと深いものだ。


「伝承の彼になれたら、どれほど楽だったか……」


 アスモデウスは色欲の悪魔。それ故に馴れ合いは許されなかった存在だ。他人を乗っ取り、騙す。だから他人と接することはできなかった。

 そして、現実のアスモデウスという少女がソロモンに本音を告げられない理由は色欲にも関することだ。

 彼女は基本的に理性の箍が強い。しかし、内に秘めた性欲に関しても強いのだ。その箍が外れたとき、アスモデウスがソロモンを襲わないとは限らない。

 そう、いわばこれは八つ当たりだ。たった少しの理由からなにからなにまで我慢がいかなくなったアスモデウスの、ほんの少しの怒り。そこから生まれた不満を全力でぶつけるべき相手にぶつけるだけの八つ当たり。


「……いたぁ」

「……お、アスモデウスか。久しぶりだな」


 少年はけろりとした表情でアスモデウスを見た。恐れもなく、親愛もない。関係は主従の関係、間にあるのは使役に過ぎない。


「久しぶり……? 久しぶりで済むんだ。へぇ……」

「……なんか怒ってる?」

「別に。勝手に使役するだけして全く呼んでもくれないし、そのくせ他の奴らは呼ぶことに一切の不満も抱いてないけどなにか?」

「いや、呼んでほしかったのか?」

「うっさい。調子乗るなばーか」


 接近して蹴りあげる。ソロモンはそれを悠々と躱して、余裕の表情、というよりは若干の焦りの表情で距離を取る。


「ま、待て待て。なんでそんなに怒ってるんだ。俺はただ……」

「怒ってないから一回死ね!」

「それで怒ってないのか!?」


 至近距離で手足を乱雑に振り回して攻撃するアスモデウスに決して攻撃することなく避けて流す。苛立ちを見せ始めたアスモデウスからひたすらに距離を取ろうとするが、アスモデウスの力に捌くことで手一杯になる。

 だんだんとヒートアップしてきたアスモデウスは大きく足を振り上げて股を蹴りあげる。


「ふんっ! ばーっか!」

「……いってぇ」

「嘘ばっかり。どうせ防護魔法で物理攻撃なんか効かないくせに」

「いや……これは無理だろ……」

「えっ?」


 そこでようやくアスモデウスが蹴りあげたのがどこかを思い出す。顔を真っ赤にしながらも自分がしてしまったことを申し訳なく思ってソロモンに駆け寄る。


「だ、大丈夫……? 潰れてない? 生殖できる?」

「それは……試してみないとな……」


 近寄ってきたアスモデウスを押し倒して、腕と足を拘束する。先程までのアスモデウスならばその拘束を逃れることは容易かっただろうが、彼女は色欲の悪魔。その色欲と純情が邪魔をして抵抗することができない。

 そのままソロモンはいとも容易くアスモデウスの唇を奪った。


「……俺がお前を召喚しなかったのは、単にお前を戦わせたくなかったからだが。伝承とは違って悪かったな」

「そ、んなの……駄目……」

「は?」

魅了ファサァネイト……」

「なっ……」


 アスモデウスから口を重ねる。かけて魔法はソロモンに対しての魅了だけではない。所謂発情の魔法を、アスモデウス本人にかけたのだ。

 舌を絡めて、ソロモンの手足を拘束。


「色欲の悪魔を弄んだこと、後悔させてあげる」

「……マジ?」


 うっとりと潤んだ瞳のアスモデウスがソロモンを離すことは無かった。

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