独りの部屋
lager
お題「ソロ〇〇」
「じゃあ
そう言って、浩二さんは楽屋を出て行った。
がらんとした楽屋に一人残された私は、ぽすんとパイプ椅子に座り込んだ。
目の前の鏡に映っているのは、今人気急上昇中のアイドルグループ、『CoCo夏』のメンバーの一人ではない。
グループを離れ、今日、初の単独ライブコンサートに挑む、三瓶希だ。
いつもは他の4人が姦しく騒ぎ立てる楽屋には、なんの音もしない。
エアコンの音がこんなにもうるさく聞こえるものなんだということを、私は初めて意識した。
リハーサルはなんとか無難にこなしたつもりだった。
けど、私の様子がおかしいとは思ったのだろう。マネージャーの浩二さんは随分心配そうな顔をしていたけど、私が、集中したいので少しだけ一人にさせてくださいと頼むと、本番前の僅かな時間で人払いをしてくれた。
部屋中を見回し、もちろん誰もいないことを確かめ、立ち上がって楽屋入り口のドアに耳をあて、向こうにも誰もいないことを確かめる。
深呼吸を一つ。
私は、床に体を投げ出した。
あああああああああああああああ!!!!!!
ソロライブいやだああああああああ!!!!!
帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。
おうちかえるぅぅうううううううう!!!!!
もうやだ。
ホントやだ。
なんなの、ソロライブって。
私グループアイドルが好きでこの業界入ったんですけど!?
それがなに!?
あのクソ社長!!
『見たまえ諸君。これからはソロアイドルの時代だよ!』
アイドル会社の社長が『ラ〇ライブ』やってんじゃねえよ!!!
お前この前まで『やっぱりメンバー全員揃ってこそのアイドルだよね! ユニットもいいけどサ。やっぱりこう、なんていうの、シナジー効果っていうの? この三年生同士の絡みがもう堪らないよね』とか言ってたじゃねえか!!!
リアルのアイドルグループがソロ活動とかすんのメンバーの仲が拗れたときだけだから!!(作者注:個人の見解です)
私たち超仲良いから!!
週2でパジャマパーティーとかしちゃうから!!
なのに急に私だけソロ活動始めるとか、そんなの独立じゃなくてハブられてるようにしか見えねえじゃん!
もしくは勘違い女が調子こんでるようにしか見えねえじゃん!
いや分かるよ?
いきなり5人全員でソロ活動とかしちゃったらお金かかりすぎるもん。成功するかどうかも分からない社長の思い付きに社運をかけるなら、まずは1人に絞って様子見させようって、社内の人たちの必死の抵抗でこうなったのは分かるよ?
でも!
なんで!
よりにもよって私なんだよ!
もっといい人いるじゃん!
私以外に4人いるじゃん!
私にどうしろっていうんだよ!
私なんかあの4人の中じゃただのモブだよ!!
ちょっと目立つバックダンサーくらいの立ち位置だったのに。それが正規メンバーを差し置いて単独ライブって。
とんだ恥晒しだよ!!!!
……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
気が重い気が重い気が重い気が重い。
重すぎて気が気じゃない。
もうダメだ。
今晩のSNSは大荒れだ。
当たり前だよ。誰も求めてないよ、私のソロライブなんて。
私なんかミジンコだよ。
歌って踊れるミジンコだよ。
そりゃあさ。
私だって努力はしてるよ。ミジンコなりに。ボイトレだってダンスレッスンだってみんなについてけるように必死にやってるし、イベントの時はみんなが個性的すぎるせいで場を持ったり回したり気ぃ使ってるしさ。
なんていうのかな。ミジンコなりに、他のみんながもっと目立てるようにっていうのかな。引き立て役だってそれなりに見栄えがないと意味がないっていうかさ。
……まあね。
まあまあ。
多分、そういうトコなんだよね。
私がみんなのまとめ役、みたいな風に見られてるのってさ。
ちょっと気ぃ抜くと鈴ちゃんはオッサンみたいな仕草しちゃうし、麗ちゃんはすぐ過激な発言するし、加恋さんはあの美人顔でド級の天然かましてくるし、小町さんは色々甘すぎてサービスショットしすぎちゃうし。
ホントもう、みんな私がいないと全然まとまんないんだよなー。
そこへいくとね。
私はね。
スタンダードっていうの?
まあ、可もなく不可もなく、っていうか?
標準的に歌もダンスもトークもこなしちゃうからさ。
こういう試金石的な企画に放り込むのはちょうどいいのかもしれないよ?
いや、ミジンコだけどね?
でも、それはあくまで『CoCo夏』の中であるからミジンコなのであってさ。
他と争ったらそこそこいけるとは思うよ?
特にほら、最近出てきた『パパイヤちわわ』とかいうよく分かんない子たちとかさ。なんか勝手に私たちのことライバル扱いしてるみたいだけどさ。
そりゃあ、あんなのにはね。まあ負けないと思うんですけどね。普通にさ。
ほんとにねぇ。
対抗心燃やすのはけっこうだけどさ。
1回でも新曲のDL数で私たちに勝ってから突っかかってきてほしいよね。
特に私たちの曲で一番人気の『夏色轟々ファイブ』にさ。
まあ、その曲、私がセンターなんだけどね。
いやいやいやいや。
たまたまだよ?
偶然偶然。
曲が良かったからね。
それに、私たちってグループアイドルだからさ。
別に誰がセンターとか、そういうのは関係ないよね。
みんなの曲だしさ。
……はあぁぁぁ。
気が重いなー。
そんな私がソロライブとかやっちゃうんだもんなー。
どうなっちゃうのかなー。
不安だよ。
でもね。
お仕事ですから。
金額が発生するわけですから。
私が、やりたいですっっっ!!
って言ったわけじゃないから。
あくまでお仕事。
私もプロですからね。
やれっていうならやりますよ。
この前だって往年の名アイドルとかと番組で企画やらされてさ。向こうのウン十年前のヒット曲歌わされたときだってちゃんと笑顔で乗り切りましたから。
いやいや。
別にいいよ?
いい曲だしさ。
でもさあ。じゃあそっちも私たちの曲歌えよ。
なに私たちが歌わせてもらってる、みたいな雰囲気にしてんだよ。
こちとら新曲の準備で忙しいっつってんのにわざわざVHS引っ張り出してそっちの振付練習してんねんぞ?
コラボってそういうことじゃねえだろうが!
まあまあ。
まあまあまあまあ。
それを思えばね?
今回の企画だって余裕ですよ。
ソロライブがなんぼのもんじゃい。
今日の日のために鈴ちゃんにダンス、加恋さんには歌の特訓付き合ってもらったし、麗ちゃんには会場のオーナーさんにウケがいいパフォーマンスとか教えてもらったし、小町さんは……まあ、あれをマネしちゃいけないよね。反面教師反面教師。
「希ちゃーん。そろそろ準備しよっか」
はーい。
そうだ。
今日の私は、ただのソロアイドルじゃない。
メンバー4人の力全部を背負ってステージに立つんだ。
あの、サイリウムの光が満開の花吹雪みたいに咲き乱れるステージの上で、今日は私一人がそれに立ち向かう。
私だって伊達にあのメンバーの中でアイドル続けてきたわけじゃないんだ。
パフォーマンスは完璧。
体調はばっちり。
声の調子も最高。
鏡に向かって、とびっきりの笑顔を作って見せる。
そこにいるのは、誰に気負うこともない、一人のアイドルの姿だ。
私はかわいい。
私はかっこいい。
歌って踊れるナンバーワンアイドル。
私は、三瓶希だ!!
いざ!
出陣!!
『みんな~~! 今日は来てくれてありがと~~! 最っ高のライブにするから、みんなで盛り上がっていこお~~!!』
後日。
私がライブ前の楽屋でモチベーション管理をしているところが、マネージャーが仕掛けた隠しカメラによってばっちり撮られており、その誰もいない楽屋でひとり七転八倒しているさまが大うけし、公式の手で投稿された動画は激バズした。
あのクソマネージャーまじで許さねえ。
独りの部屋 lager @lager
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