第8話 彼の思い
「ここらへんでいいかな?」
人間は孤児院から少し離れ、開けた場所で足を止めた。
「なにをやるんだ?」
「なにって……」
俺が訊くと、腕を組んで考え出した。
こいつ、自分で言い出しといて決めてないのか?
「男同士の決闘だ!」
「決闘?」
「お前が僕の強さを認めるまで、戦ってやる!」
「そうかい」
こんなやつが強いとは思わないが……。
「それじゃあ……いくぞ?」
人間は俺をチラリと見た。
こいつ、丁寧だよな。
「このぉ!」
やつの右拳がふりかかる。
「フッ」
へなちょこすぎて、笑っちまったぜ。
俺は余裕で受け止める。
「あっ、ちょっ!」
俺が握ってるから、お前の拳は離れないぜ。
へへっ、焦ってるな。
「それなら!」
今度は左拳を……。
「「やめて!!!」」
レティリエの声が聞こえた。
そして、人間の拳も止まる。
「グレイルを傷つけないで!」
レティリエが俺達の間に慌てて割って入る。
「ま、佐藤には無理だと思うけどね」
シャロールもゆっくりと歩み寄ってきた。
「なんだと〜?」
「佐藤、グレイルさんに謝ったら?」
「私達、心配したんだから」
「……」
シャロールがそう言うと、人間は黙った。
「ごめんなさい……」
そして、さっき俺に殴りかかってきた威勢を失くし、素直に頭を下げた。
本当によくわからないやつだ。
「そんなに……」
「グレイルも!」
「え?」
まさかレティリエが俺に怒っているとは思わなかった。
「この人になにか言ったんでしょ!」
なにか……?
「俺はこいつみたいな弱そうなやつでシャロールは満足してるのかって……」
「そんなこと言っちゃだめじゃない!」
「気にしてるかもしれないでしょ!」
確かにそうだったかもしれないな。
「……俺も悪かったよ」
こうして、俺と人間のちょっとしたいざこざは終わった。
――――――――――――――――――――
「でもね、たぶんちょっと違うと思うんだ」
帰り道、シャロールちゃんが独りごちた。
「違うって?」
気になったので、訊き返してみる。
「佐藤は弱いって言われて怒ったんじゃないと思うの」
「それじゃあ、なぜ?」
人狼だったら、それで怒るはず。
人間は違うの?
「佐藤はきっとね……」
「自分に怒ってたんだと思うの」
「自分に?」
「お前が弱いから私が不満に思ってるんじゃないかってグレイルさんに指摘された気がしたんじゃないかな」
「私を満足させられていないかもしれない自分が許せなかったのかも」
「……」
私は思わず口を閉じた。
シャロールちゃんがここまで彼のことを思っているなんて……。
「レティリエさん?」
突然何も言わなくなった私の顔をシャロールちゃんが覗きこむ。
「……シャロールちゃんは……彼について……いろいろ考えていてすごいわ」
なんとか言葉を絞り出す。
すると、シャロールちゃんはまぶしい笑顔でこう言い放った。
「だって、私の好きな人なんだもん」
――――――――――――――――――――
「さようならー!」
「お世話になりましたー!」
あの後すぐ、シャロールちゃんは人間……佐藤さんと一緒に人狼の村を出ていった。
短い間だったけれど、私は彼女達から大切な何かを学べた気がする。
私は今でも、あのとき彼女が見せた幸せそうな顔が忘れられずにいる。
(おわり)
異世界転移しています!〜ここは「白銀の狼」の世界です〜 砂漠の使徒 @461kuma
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