すさびる。『ソロプレイヤーに幸多かれ!』
晴羽照尊
ソロプレイヤーに幸多かれ!
俺は
説明しよう! ソロプレイヤーとは! 特段、ゲーム内でギルド等のチームに属することなく、たったひとりで孤高にプレイングするコミュ障! と、いうわけでは、もちろん、ない!
ここでいうソロプレイヤーとは現実世界での存在だ! 本来ならば複数人でわいわいがやがや行う行動を、ひとり粛々と楽しむ人間のことである!
などと、誰に語るでもないのに内心で解説などを始めるあたり、俺はよほど卓越したソロプレイヤーであると言えよう。ふふふ。成長したな、俺。
「大人ひとり、二時間で」
さて、慣れた言葉を告げて、本日はひとりカラオケである。そもそもカラオケの料金システムはお一人様向けだ。部屋数はひとつであるにも関わらず、人数で金をとられるのだから。ひとりでずっと歌っていられる方がお得であるのは言うまでもない。
それに誰も俺の下手な歌を聞いてなどいないし、俺も誰かの下手な歌を聞いているわけでもない。絶えず誰かが歌っていて騒がしく、会話もうまく運ばない。多人数カラオケはデメリットしかないのである。
「あっちゃいじゃぜぇ! なんめいじゃじゃめじょうぎゃあぁぁ!?」
「ひとりです」
「あちゃちゃちゃちゃちゃじょじょおぅ!!」
やたらハイテンションでなに言ってるか解らない店員に、俺は平然と告げる。そう、カラオケで二時間みっちり歌えば腹も減る。本日は、ひとり焼肉だ。
案内された席につき、メニューを確認。ふむ、いつもと変わらないな。強いて言うなら、期間限定の鹿肉が復活している。が、ぶっちゃけ牛には敵わない。いつも通りの注文でいいだろう。
肉がくるのを待ちながら、俺は周囲を見渡した。さすが休日の夜、満席ということもないが、かなり席は埋まっている。
そしてどこもかしこも団体客だ。ふっ、素人どもめ。
そもそもおまえらは肉をなんだと思っているのか? 肉だぞ、肉。目玉焼きかなんかじゃないんだぞ?
焼肉というのはな、肉を焼き始めたときからすでに、始まっているのだ。いや、焼く前から始まっているといっても過言ではない。が、その話は素人にはまだ早いので、ちょっと簡単なところから語ってやろう。
よく考えてみてほしい。肉というのは本来、生でも食える。生で食えないのはスーパーとかに売っているやっすい肉のことだ。こういう、ちゃんとした店のお肉は、生でも食える鮮度なのである。
それをわざわざ焼くのである。ここに哲学を感じてほしい。なぜ肉を焼くのか? なぜこの肉は焼かれなければならなかったのか? つまるところが、焼肉とは対話なのである。俺と肉との、人生と腹の虫をかけた戦いなのである。
それを片手間に雑談を交えながら行うとは、この決戦への侮辱に他ならない。そもそも食事中はしゃべるなと教育されていないのだろうか? 焼肉に限らず、あらゆる生命をいただいている神聖な行為である食事を、現代人は軽視しすぎている。まあ、忙しない現代だから仕方がないのかもしれないが。それなら、も少し休め。いや、休ませろ。週休五日になればいいのに。
「とりあえず生で」
締めは近所の居酒屋でひとり飲みだ。いわゆるひとり居酒屋。焼肉とは己と肉との真剣勝負。そこにアルコールを持ち出すわけにはいかない。であるからして、飲食店のはしごなのである。
とはいえ、今日はすでにたらふくの肉を収めた後であるので、枝豆やきゅうりの浅漬けを肴に、ちまちまとアルコールを摂取。この一週間の疲れを癒すのだ。
さて、こちらでもやはり花金。複数の団体客で席は埋まっていた。確かに、焼肉と違い、意識を集中すべき行動は居酒屋では不要である。つまり、友人や同僚、恋人同士で歓談しながらの飲み会というのも、それはそれで一興であろうか。
だがしかし、根源的なことを考えてみてもらいたい。そもそもなぜ、君は酒を飲むのだろうか?
それは疲れた心を癒すためではないのだろうか? 言い換えればストレスの発散。そして現代人が抱えるストレスの大半は、人間関係にあるという。
ならばなぜ、そのストレス発散のときにまで、誰かと顔を突き合わせなければならないのか? もう人間の顔なんぞ見たくない。猫カフェ行きたい。猫カフェ。……行ったことないけど。
……いや、というか、もうやめよう。酒でなに言ってるか解らなくなってきた。べつになにも言ってはいないのだけれど。心で自分を正当化しているだけなのだけれど。
そもそも俺は、特段ひとりが好きなわけでも、普段からソロプレイヤーをやっているわけでもないのだ。妻とふたりの娘がいて、職場での飲み会にも普通に参加するし、友人だって少ないということはない。
ただ、人にはひとりの時間も必要だということだ。ひとりでいる楽しさも、誰かといるときの幸福も、改めて思い知ることができるから。
帰りに、妻から頼まれた牛乳を買って帰る。近くのコンビニエンスストア。深夜ということもあって、客もまばらだ。俺は素早く牛乳と、ウコン入りの飲料を持ち、レジへ向かった。
「480円になります」
深夜とは思えない、丁寧でかつ元気な女性だった。満面の笑顔。まだ若いが、もしかしたら店舗責任者かなにかじゃないだろうか?
「ポイントカードはお持ちですか?」
「ありません」
煩わしい。とまでは思わなかったが、俺は目元を押さえる。満腹感と少しのアルコールで、眠気が強かった。
「ちょうどいただきます。ありがとうございました」
「ありがとうございます」
俺も律儀に礼を言い、ビニール袋を受け取った。なんでもない、ちょっとした買い物。日常にある、ごくありふれた、人づきあい。辛くはないけれど、でも、それだけでほんのわずかな憂鬱が心に闇を落とす。
なにを考えているか解らない人間が、こんなに世界に溢れていること。それを考えると、いつも恐ろしくなる。いまだってもしかしたら、ふと大量殺人でも起こそうと思い立つ隣人がいるのかもしれない。テロリストも、あるいは、戦争を起こそうとする国のトップも、いるのかもしれない。
世界は、いつ隕石が降ってきて終わるともしれないが、きっとそれよりも多分な蓋然性で、そういう人間の意思によって終わるのだろう。そしてそれが、いまじゃないとも限らない。明日ではないとも言い切れない。
「お疲れ様です」
コンビニを出るときに、そう、言われた気がした。閉じる自動ドア越しに、笑顔の店員さんを見る。
明日は、まだ小さい娘たちと出かける約束だ。明後日は接待ゴルフ。次の休みには大学時代の友人たちと集まって飲み会がある。
まったくもって人生はうまくいかないことだらけだけれど、まあ、来週もがんばって、生きていこう。
すさびる。『ソロプレイヤーに幸多かれ!』 晴羽照尊 @ulumnaff
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