管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編9 女騎士のソロ救助

出っぱなし

第1話

 クッ!?

 つ、強すぎる!

 これが第一位!?


「……アウグスタさん、もうやめましょうよ?」


 聖騎士の頂点ジークフリートが私を見下ろし、困ったように頭をかいた。

 私は膝をつき、肩で息をしている。


 私は十代で聖騎士になり、屈強な男たちですら名を聞くだけで震え上がる、女性聖騎士部隊アマゾネス隊に配属された。

 そして、アルカディア独立戦争を終結させるための精鋭に、女性最年少で大抜擢された。

 だが、私は自惚れていたようだ。


 今、私が手合わせをしている相手は私よりもさらに若い最年少聖騎士『神の子』、まだ15歳の少年だが、聖騎士序列第一位に君臨する天才だ。

 私は何度も挑戦をしているのだが、手も足も出ず、毎回土をつけられている。

 しかし、私にも意地というものがある!


「ハァハァ。……まだまだ!」


 私は聖闘気を高め、最短最速の刺突を繰り出した。

 だが、次の瞬間には宙で回転をしていた。


「ぐぅっ!?」


 受け身を取れずに頭を地面にぶつけたか?

 と、思ったと同時だった。

 目の前に火花が散って、急に明かりが消えるように真っ暗になった。


☆☆☆


 ふと気がつくと目の前に、茶色く枯れた蔦が絡みつく古代の廃墟、黄色がかった石造りの塔が天高くそびえ立っていた。

 その塔の傍らには、長い時の間放置され、片腕の取れた神話の半神半人の英雄の石像が鎮座している。

 その背後には、荒々しく波打つ岸壁がある。


 ここは私の故郷アーゴン王国北西部ガルシア、か?

 新大陸アルカディアが発見される前は、この地が世界の果てと考えられていた。

 この地域は船の難破で悪名高く『死の海岸』と呼ばれ、人々に恐れられ、よそ者が近寄ることもしない。


 この地にいた頃の私は、追放された王族の孫娘として世のすべてが敵だと憎んでいた。

 誰にでも噛み付く狂犬だった。

 いや、今はどうでもいい話か。

 

 だが、なぜここに?

 何か違和感が……そうか。

 まだ少女の身体、この私は聖騎士になる以前、見習い騎士の頃の記憶か。


 私は塔の入り口の扉を開けて中に入っていった。

 私の意思とは関係なく身体が動いている。

 どうやら、今の私はただの傍観者として過去の記憶を見ているだけの存在のようだ。

 そして、記憶と意識が同化した。


『クケケケケ!』


 狭い通路を進んでいると、前方から亡霊ゴースト骸骨騎士スケルトン・ナイトが1体ずつ現れた。

 現世をさまよう死者たちは、生者である私を発見すると襲いかかってきた。


「ふん、ザコが。……邪魔だ!」


 私が腰のレイピアを抜き、骸骨騎士スケルトン・ナイトを一閃、


「ハァアアア、光の矢ルクス・サジタ!!」


 上半身と下半身の分かれた骸骨騎士スケルトン・ナイトを光魔法で滅し、光魔法をもう一発放って亡霊ゴーストも滅した。


 私は剣を鞘に収めると再び塔の上を目指して歩き出した。


 この塔はいつの頃からか、アンデッドの巣食う迷宮ダンジョンと化していた。

 発見された当時は、一攫千金を求める冒険者と呼ばれる遺跡荒らし共が群がったそうだが、大した宝が無いと分かると波が引くようにすぐに消えた。

 私の生まれる前の話で、アーゴン王国の姫だった今は亡き祖母から聞いた。

 古代では灯台として機能していたらしいが、今ではただの朽ち果てた塔だ。


 通常は、この塔の入り口は厳重に封印されている。

 だが、この時は封印は解除されていた。

 その封印を解いたのが、妹のジュリアだ。

 私はそのジュリアを一人ソロで救助しにこの塔にやって来たのだ。


「うわぁ、た、助けてぇ!」

「む!? この声は!」


 私は声の聞こえる階上へと階段を駆け上がった。

 そこには、生ける屍グールに囲まれる従弟の少年アルセーヌが泣き叫んでいた。


「チッ!……情けない」


 私はため息をつき、生ける屍グールを薙ぎ散らした後、股を濡らして涙と鼻水でグチャグチャな顔のアルセーヌの胸ぐらを掴んだ。


「ひぃ!? な、何……」

「おい、ジュリアはどこだ?」

「え? お前、アウグスタ!? 何しやが……ぐげ!?」


 私はアルセーヌの頭にゲンコツを落とした。


「呼び捨てにするな、バカモノ。アウグスタだ」

「誰がお前なんかみたいな爺さんの愛人のエセ分家なんか……ぎゃふ!?」

「うるさい、黙れ。いいからさっさと質問に答えろ」

「……うぐ、すぐに殴りやがって、この暴力ゴリ……がふ!?」

「余計なことを言わずに聞かれたことだけ答えろ、バカモノ」


 アルセーヌは渋々事情を話した。

 

 やはりそうか、この本家のバカ次男のせいか。

 この隣国の名門武家貴族のバカボンボンが、自分の度胸試しのためだけに、大人しい性格のジュリアを脅して封印を解かせて、このダンジョンに忍び込んだようだ。

 私がアーゴン王国の名門ライネス家、現聖騎士団長の実家へと騎士修行のために不在でなければ、こんなことにはならなかったのに。

 たまたま、別件でこの地に戻って来ていなかったらと思うとゾッとする。


「……それで、貴様はケツをまくってジュリアを置いて逃げ出したのだな?」

「う! ち、違う! 戦略的撤退……あぎゃ!?」

「どうでもいい。貴様がジュリアを一人で置いてきたことには違いない。さっさと消えろ、この恥知らずめが!」


 私は怒りのあまりこのバカモノを斬り捨てそうになったが、蹴り飛ばすだけで我慢した。

 アルセーヌは何か文句を言おうとしたが、本気で怒りを見せる私に恐れ、青い顔で出口へと逃げ出した。

 まあ、あのバカはどうでもいい。

 私はジュリアを救助に先を急いだ。


 行く手を阻むアンデッド達を次々と薙ぎ散らし、最上階へと辿り着いた。


「ジュリア!」

「え?……アグ姉ちゃん!?」


 塔の最上階は広い一部屋となっており、その奥に妹のジュリアが壁に張りつけにされていた。

 私は脇目もふらずにジュリアの元へと駆け出した。


「今、助け……ぐぅ!?」

「あ、アグ姉ちゃん!!?」


 しかし、側面から肩に闇の攻撃魔法を受けた。


「ガハッ!」


 私は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 だが、死ぬほどのダメージではない。

 血反吐を吐きつつも立ち上がった。


「クフフ。今の一撃を食らっても生きているとは、なかなか良い素材だ」


 何も無いと思っていた空間からアンデッドが姿を現した。

 この相手はただのアンデッドではない。

 知性と膨大な魔力を持つアンデッド、死霊王リッチだ。


「な、なぜ死霊王リッチがこんなところに?」

「クフフ。一人ソロでやって来た勇気に敬意を表し、答えて差し上げましょう。実験です」

「実験? な、何を?」

「……それは答えられませんねぇ。ただ、この塔は人族の興味がなく無人、聖教会の監視の目から逃れるのに、ちょうど良かったのです」


 死霊王リッチの顔は表情のない髑髏だが、私にはどす黒い闇がニタリと笑ったように見えた。

 私は恐怖の重圧に押しつぶされそうになったが、精神を奮い立たせて立ち上がった。


「はぁ! 光回復ルクス・レメディ!!」

「ほう! 実に素晴らしい! その幼さで光魔法まで使えるとは!」

「喰らえ!」


 私は死霊王リッチを仕留めようと一気に踏み込んだ。

 だが、甘かった。


「無駄です!」

「うわぁああ!!?」

「アグ姉ちゃん!?」


 私は死霊王リッチの暗黒闘気に弾き飛ばされ、壁に張りつけにされた。

 当然だ。

 初めから見込みが甘すぎた。

 一介の見習い騎士が、死霊王リッチに敵うはずがなかったのだ。


「そこで大人しくしていなさい。先にこちらの方から使いますか」

「え? や、やめ……あ、ああ、あああ!!?」


 死霊王リッチはジュリアの頭に暗黒闘気を浴びせかけた。

 ジュリアは魂が闇に飲まれようとする苦痛に悲鳴を上げた。


「や、やめろ。やめろぉおおお!!」

 

 私はジュリアを守ろうと魂の底から叫び、本気で力を求めた。


「うぉおおお!!」

「な、何!? ぐぁあああ!!?」


 私は死霊王リッチの暗黒闘気を打ち破り、弾き飛ばした。

 顔のない死霊王リッチが、驚愕の表情をしていると思えるほど狼狽えている。


「な、何だと!? 聖闘気までも使えるのか!?」

「え? せ、聖闘気?」


 私は無我夢中でジュリアを助けようとして気付かなかったが、自分を見て自分で驚いた。

 聖騎士の証の光、聖闘気がこの時初めて目覚めたのだ。

 私自身、憎んでいたシュヴァリエ家の血筋が誇らしくも感じた瞬間だった。


「く、クソ! これは誤算だ。だが、まだ聖闘気に目覚めたばかりの小娘だ。この死霊王リッチはやられんぞ!」


 私は死霊王リッチの猛攻をしのぎ、一気に互角の戦いまで持ち込めた。

 

「ふぅ……ジュリア、お姉ちゃんが守るからね?」

「うん!」


 私はジュリアの前に立ち、死霊王リッチと向かい合った。

 私はきっと勝てると希望が湧いてきた。


「ハァハァ。……こ、こんな小娘にこの死霊王リッチが……」

「クフフ。どうした同志よ? 手こずっておるようだな?」


 死霊王リッチがさらに2体も現れた。

 こんなことは普通ではありえない。


「そ、そんな……」

「クフフ。さて、無力化してから実験再開だ」


 私は絶望感から心が折れ、膝から崩れ落ちそうだった。

 しかし、そうはならなかった。


「そうはさせんぞ?」

「な、何者……ぐぎゃはぁあああ!!?」


 一瞬だった。

 強大な闇のはずの死霊王リッチたちが、圧倒的な光の力の前に消滅した。

 私はこの安心感のある心強い声にホッとしてへたり込んだ。


「大丈夫だったか?」

「お兄ちゃん!」


 ジュリアは泣きながら、私達のもうひとりの従兄弟シュヴァリエ本家長男オリヴィエに抱きついた。

 私もそうしたかった。

 でも素直じゃなかった。


「……べ、別に、あたしひとりでも勝てた」

「そうか? だが、私が来るまでよくジュリアを守ってくれたな。よくやった」


 オリヴィエがニッと笑うと私は顔を赤くして俯いた。

 そして、つぶやいた。


「……ありがと。……お兄ちゃん」

「ん? 何か言ったか?」

「な、何でも無い!」


 私はやっぱり素直になれずにツンとそっぽを向いた。


☆☆☆


「お、起きたか、アウグスタ?」

「え?……お、おにい……な、何をする! な、馴れ馴れしい!」


 気を失っていた私を介抱してくれていたオリヴィエに嬉しかったが、素直になれず悪態をついた。

 私は逃げるようにその場から立ち去った。


 私が強くなりたい原点、大好きなお兄ちゃんみたいに妹を、大切な誰かを守れるように強くなりたい。

 しかし、一人ソロでは限界がある。


 怖くも頼れる上官と強い女性の仲間たち、まだ弱い私は誰かと共に少しずつ強くなろう。

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