デジタル・ガールは闇夜を跳ぶ

多賀 夢(元・みきてぃ)

デジタル・ガールは闇夜を跳ぶ

 ゲーム『リアルセカンド』。

 あらゆる神話、童話、歴史の世界観を内包した、ネットワークに作られた桃源郷であり、修羅道である。プレイヤーは町人として、もしくは冒険者として受肉する。あくまで『リアル』に拘ったその世界には、法律こそあれプレイヤーキルに対するゲームペナルティは作られなかった。


 その結果、一部の人々は殺戮という形で欲望をゲームにぶつけた。エルフのみ、亜人のみといったキャラクターキラー、プレイヤーの国籍や人種を特定して殺すヘイトキラー。あらゆる『キラー』が跋扈する状況を憂い、ゲーム制作者はプレイヤー有志に【キラーハンター】という職業と戦闘用AIを与えた。


 多くのプレイヤーは思った。

『キラー』も怖いが、【キラーハンター】はもっと恐ろしい奴らに違いない。

 戦闘型AIなどは心も何もない、従順な殺戮ロボットなのだろう、と。




「さあさ、よってらっしゃい見てらっしゃい! 本日はネオ吉原で花魁道中を開催するよ! ネオ吉原は全年齢向けテーマパーク、坊ちゃん嬢ちゃんも見ていきな!」

 景気よくチラシをばら撒く少女は、冒険者の孤論。一カ月前に『ネオ江戸』に流れ着き、ある日は講談師、ある日はかわら版売りと、その日暮らしのアルバイトで食いつないでいる。――というか、楽しんでいる。

「いよっ、やってるねぇ」

 にやっと口を歪めて登場したのは、『ネオ江戸』の顔役である遠山主水。日本の時代劇マニアで、マニアが昂じてこの町を作った酔狂な人間である。自分のアバターは与力に似せている。

「主水さん、おはようございます!」

 明るく挨拶した孤論は、長いみつあみを揺らして頭を下げた。ぴょこっという感じで起き上がると、主水がでれっと鼻の下を伸ばしている。

「あー、いいわー孤論ちゃん。そのしぐさも超好みだわー」

「褒めても何も出ませんよ?」

 クスクス笑う孤論を見て、主水はまたデレそうになり、慌てて顔を引き締めた。ここはゲーム世界なのだ、孤論にもプレイヤーがいる。そのプレイヤーが孤論そのままとは限らない。――もしかしたら、メタボなオッサンかも知れん。

「みんなに、念のため伝えてる事があってさ」

「はい。なんでしょう」

 主水は孤論に近づき、耳元で囁いた。

「どうやら、『キラー』がここに来ているらしい」

「!」

 凍り付く孤論の顔に、主水は神妙に頷いた。

「奴が何をターゲットにしてんのかは分からんが、夜は出歩くなよ。一応、俺らも巡回を強化してるけど」

「運営に連絡して、キラーハンターを呼ばないのですか」

 主水は肩をそびやかした。

「冷血漢や心のないプログラムに、俺の作った町を任せられるかよ」

 孤論が少し沈んだ顔をした。主水は安心させるために孤論の頭を撫でた。

「なあに、敵は俺と同じ人間だ。数人がかりでやりゃあ、簡単に倒せるさ」

「――そうですね」

 主水が精いっぱいの笑顔を見せても、孤論の表情が晴れる事はなかった。




 その夜。

 主水は、仲間と共にネオ江戸の町を屋根伝いに疾走していた。一般人に警戒を促すため、捕り物の笛を吹きつつ空を滑るエルフを追いかける。

「間違いねえな!あいつの服に血がついていやがる!」

 彼のスキル『心眼』で相手の姿をフォーカスすると、白地に金糸の刺繡という派手なローブの端にべっとりと赤いものがついていた。今さっき起きた殺人事件の犯人に間違いない。

「二人とも準備はいいか!」

「「おうよ」」

 主水は――いや、プレイヤーであるトマス・モントーリオは、夜のイタリアのアパートでグローブ型のコントローラーを素早く操った。

「俊足!」

 ペースアップして相手に迫りながら、仲間に早口で支持を出す。

「エリオット、右から旋回して魔法で攻撃。リーは弓に水属性をつけて発射!」

「おい、俺の事は円蔵って呼べや!」

 町民姿の円蔵ことエリオットは、箒に乗って敵エルフに迫る。敵からくる風の刃をよけながら、雷撃を連続で発射する。浪人風のリーは、指示を受けた直後に立ち止まると、素早く弓を打ち続ける。

 しかし、相手はそれを軽く避けた。いくつか当たった攻撃もあるが、あまり影響を与えていない。

「くっそ、エルフに魔法は通じねえってか!」

「トマス、『盗賊』のお前が頼りだ! ここからは援助に回るぜ!」

「了解!」

 トマスはグローブを更に振った。画面の中の自分がさらに加速して、今にも相手に追いつこうとしている。

「へへっ、大人しく捕まって、白砂でお裁きといこうぜ!」

 手が届きそうだと思った瞬間、相手はこちらを見て『笑った』。

「なっ――」

 グローブに衝撃が走り、画面の中の自分がトマスのコントロールを受け付けなくなった。視点を動かすと、自分の腹を相手の腕が……貫通、している。

「トマス!――ぐはっ」

 近くにいたエリオットの悲鳴が聞こえた。爆破音に続いてどさっという音がしたが、もう首を動かす事もできない。

「わああああ! トマス!!エリオットおおお!!」

 リーが遠くで叫んでいる。

 毒が仕込まれていたのか、既に瀕死のHPが勢いをつけて減っていく。

「リー、ネオ江戸の、未来は頼んだ」

 このゲームはシビアなのだ。一度死んだら、再生する場所は選べない。――ネオ江戸には、多分戻れない。

 畜生。トマスは悔しさに歯ぎしりした。



 その時。なぜか体力回復のSE音が鳴り響いた。

「え? 誰か、回復呪文使えたっけ?」

 斬。

 再び反応したグローブが震えた。

 自分の体を貫通していた敵の腕が、すっぱり切り落とされている。

「え? 何これ?」



「誰だああああ!」

 初めて、敵が声を張り上げた。

「おい、出てこいや! 俺の腕を落としたボケはどいつだ!」

『システム、ターゲットロックオン。プレイヤーID63043ヲ討伐シマス』

 ロボットボイスが上から聞こえた。思わず見上げると、月を背にしてツインテールのシルエットが浮かんでいる。

「月に代わって――」

「エリオット。著作権」

 突っ込みながらも、トマスが思ったのも同じ事だった。ツインテールにミニスカートの美少女(推定)戦士が、何故か両手に刀を以て跳躍している。

「このやろおおおおお!」

 敵が炎の魔法を乱射する。少女の顔に火の玉がかする。しかし彼女は、空中で術を発動しロケットのように突っ込んでくる。

『二刀流、明鏡止水!』

 ゲームのお約束である、技名を叫んだ瞬間。

 すっと光の線が相手に及び、静かに、あくまでも衝撃としては静かに、敵の体が頭から真っ二つに斬れた。

「え、あああああ!」

 エルフの断末魔は数秒ののち、『HPがゼロになりました』というアナウンスと同時にぷつんと切れた。

「すっげぇ……」

 ぼそっと呟いたトマスの前に、その少女は降り立った。無機質な素材のコスチューム、目を隠す濃いゴーグル。近未来的な外見だ。

「ご無事ですか」

 手を差し出す少女の声は、ロボットボイスではなくなった。温かみのある、人間の女の子の声だ。

「は、はい……あなたは」

「私は」

 彼女は何か言おうとしたが、すぐに耳に手を当て明後日を見た。

『ターゲットクリア。キラーハンターAI_006、ミッションコンプリートシマシタ』

「え」

 彼女がキラーハンター? AI?

「AIってことは……プログラム、なのか?」

 彼女は少し止まり、困ったように首を傾げた。

 エリオットが、箒に乗って浮遊しつつ近くに寄ってきた。

「てことは、近くにキラーハンターって奴もいるのか」

「いません、私はソロパーティーです」

「キラーハンターとAIって、ペアって聞いたぜ?」

 彼女は腰に刀を仕舞い、さらっとツインテールをかきあげた。

「だって、人に人を殺させるなんて辛いんですもの」

「辛い。……AIが?」

 リーの疑問に、彼女は少し笑ったようだった。月の逆光で表情は見えないが。

 彼女はすっと天に右手を挙げた。きらきらと星のような粒が降り、三人の体が完全回復する。

「では御機嫌よう。今宵はニュー・スミダ・リバーの桜が見事ですよ」

 ――彼女は、あっというまに屋根の上を跳んで去っていった。

「やべえ、このゲーム半端ねえ……」

 リーのこぼした独り言に、残り二人もうんうんと頷いた。



 翌日。

「短い間、とってもお世話になりました!」

 荷物を背負った孤論が、主水・円蔵・リー……ではなく利右衛門に見送られ、街道を旅立とうとしていた。

 昨夜の美少女に思い当たるところのあった三人は、孤論を問い詰めようと揃って旅籠ホテルに押し掛けた。しかし、そこで彼らは何も言えなくなった。

「用事が終わったので、次の町に行くんです」

 そうほほ笑む彼女の頬には火傷があり、美しかった長い三つ編みもところどころ焦げたように縮れていた。

 問い詰める前に思った。他人よりも、まず自分を回復させようよ。正体バレるから。あと、昨日までなかった腰の刀二振りも隠そうよ。

「なあ孤論……お前、ずっと一人で旅を続けるのか?」

 主水が尋ねると、孤論は当然という風に頷いた。

「ええ。私ぼっち属性だし。誰かと行動するって苦手なんですよねぇ」

 それは、極秘任務だから? それとも、誰かを巻き込みたくないから?

 聞きたくても聞けないが、ボロボロの彼女を見れば答えは出ている気もする。

「でも、この町はまた来るとは思いますよ」

「まさか、もう次のキラーがやって来るとか!?」

「い、いやいや、なんでやねん!」

 利右衛門がうっかり口走り、円蔵が慌てて突っ込む。

 それをぽかーんと見ていた孤論は、おかしそうにクスクス笑った。

「単に好きだからですよ。だってソロパーティーですもの、どこに行こうと私の自由でしょ」

 では、と明るく手を振り去っていく彼女を、三人は呆気に取られつつ見送った。

「あれは……なんだったんだ」

「もう美少女な戦士でよくね?」

「だから著作権」

 主水は昨日の彼女を思い出した。

『だって、人に人を殺させるなんて辛いんですもの』

 とてつもなく強いけど、とてつもなく優しい。AIかどうか関係ない、その想いがひたすら尊い。

「やべえ、惚れたわ」

 颯爽とした孤論の後ろ姿をいつまでも眺めながら、主水は心に決めた。

 ――また逢えたら、本気で口説いてやろ。

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