深夜のこっそりソロ飯
武海 進
深夜のこっそりソロ飯
リビングの時計の針は午前0時を指している。住んでいる人間全員が眠っているはずの時間にも関わらず、音を立てぬようにゆっくりとリビングのドアが開けられる。
現れたのは不審者や泥棒ではなく、この家のローンを払う為に日々身を粉にして働く男だった。
彼は電気をつけると、電気ポッドに湯があることを確認する。そして服の中に隠していた物を取り出し、広角を上げる。
彼には妻と高校生になったばかりの娘がいる。コロナ禍で長引く自粛生活のせいで、ストレスと脂肪を溜めてしまった2人は、ある日、食生活を見直すと言い出した。
それ以来食卓は野菜中心のメニューに変わり、家からはカップ麺やお菓子などのジャンクフードの類が全て駆逐された。
男女比2対1のせいで家庭内での発言権がかなり弱い彼は大人しく従うしかなかった。
それに彼はどうせすぐ飽きるだろうとたかを括っていたのだが、彼の予想に反して2人の健康食ブームは長く続いた。
料理自体は美味しいので文句はないのだが、男の身からすると少々物足りなく感じる。
健康診断で医者から肥満気味とチクリと言われていたので、自分も健康になろうと最初は耐えていたのだが、思いの外長く続いてしまったのでとうとう我慢の限界を迎えてしまった。
そこで彼はそれとなく食事中にジャンクフードを食べたいと言ったのだが、2人に猛烈に怒られてしまった。
しかし、一度我慢の限界を迎えてしまったのだからなんとかしてジャンクフードを食べたい欲を発散しなければいけない。
彼は綿密に計画を立てた。今回食べることに決めたのはカップ麺。計画決行時刻は夜中の0時、その時間帯ならば妻と娘は眠っている。
もう一つ、この時間に決めた理由がある。カップ麺を食べるのならば、深夜が一番罪深いことだが美味しいからだ。
そして今日、彼は計画を実行した。仕事帰りにコンビニでお気に入りのカップ麺を買い、仕事鞄に隠して家に密輸した。
カップ麺の蓋を開けて湯を注ぎ、スマホのタイマーで時間を測る。彼は待つ、時間が経つにつれて漂ってくる魅惑の香りに食欲を刺激されながら。
ピピピピ、音で2人が起きないように素早くタイマー止めて蓋を取るとそこにはカラッカラの乾麺と具の姿は無く、代わりに美味しそうな熱々のラーメンがいた。
彼は夢中になって啜った。久しぶりに食べる濃い味のラーメンは、家族に黙って深夜に一人で食べるというスパイスが加わってどんなご馳走よりも美味しいと感じた。
汁まで飲み干した彼は心から満足した様子で余韻に浸っていた。しかしいつまでもそうしてはいられない。家族にバレる前に証拠隠滅をしなければならないからだ。
慌てて容器を洗ってしっかりと水を切り、袋に入れて仕事鞄に隠す。こうしておけば、朝の自分の仕事である出勤前のゴミ出しの時に、こっそりと容器を捨てることができる。
さらに彼は匂いでバレるのを防ぐ為に部屋中に消臭スプレーを撒き散らした。
全ての証拠隠滅が終わった彼は、満足気に寝室に戻って眠りについた。
翌朝、彼はバレてはいないかとドキドキしながら家族と朝食を食べたが、どうやらバレてはいないらしく、二人に怒られることはなかった。
出勤前のゴミ出しが終わり、少しホッとした彼は考える。次はどんなジャンクフードを食べようかと。
これからも彼の深夜にこっそりソロ飯は続くだろう。家族にバレてこってりと怒られるまでは。
深夜のこっそりソロ飯 武海 進 @shin_takeumi
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