すさびる。『正しさと歪んだストーカー』
晴羽照尊
正しさと歪んだストーカー
旅行中立ち寄った観光地で、有名な国宝を見上げていた。ほほう。とか言ってみる。心の中で。しかしながら、なにがどうすごいのか解らない。
「尊いな……」
と思うと、どこかからそんな、感嘆の声が漏れた。それに、わたしは反応する。
どこに? いったいどこにめんこい女児たちの楽園が……!? いや違う! 暴走するな、わたし。ただただ声の主様にとっての推しが尊いだけかもしれない。
ともあれ、わたしは声のした方を向いた。もう、ぶわん! って感じで。これが長年飼い馴らされた条件反射というやつだろうか? わたしはパブロフです。
「…………」
しかし、わたしは言葉を失った。いや、声が出なかったことは言祝ぐべきだ。なんてったって声の主はべつに知り合いでもなんでもない他人なのだから。
そんな他人のおっさんが、この鎌倉の高徳院にて、国宝の阿弥陀如来坐像――すなわち鎌倉大仏を見上げ、恍惚の表情で感嘆の声を漏らしていたのだ。目は細まり、口元はだらしなく呆けている。
うん。解る。解るっていうか、それは正しい用法だ。二次堕ちしたわたしにも、それがひどく正しいことくらい解る。理解はできないけれど。
だから、わたしは改めて鎌倉大仏を見上げた。長い年月を風化して、ところどころ傷付いた御体。やや前傾した姿勢で坐禅を組む。閉じる、というよりは、被せるというように優しく降ろされた瞼。大仏といえば! の、螺髪に白毫。
……うむ、さりとて解らぬ。無駄な時間を過ごしてしまった。わたしは訝しむ視線とともに、再度おっさんを見る。
いなかった。代わりに少し離れたところに、顔を突き合わせてなぜだか大声で楽しそうに話してる女児二人が目についた。お母さん同士は人間らしい距離感で淑やかにお話し中である。女児二人は表情豊か、口も大きく広げて、おでこがぶつかるくらいに、身振り手振りも大きく多く、がやがやと
そうである。もはや
とか思ってたら、いた。おっさんが高徳院から出て行こうとしている。わたしは、無意識にその背を追った。
「ああ……尊い……」
おっさんの感嘆だ。高徳院を出てすぐそばの店先にて、しゃがみこんで呟いた。ひとしきり
わたしは、おっさんの見ていたものを見る。『大仏キーホルダー』なるもののガチャガチャだった。
「……大仏マニア?」
なんだよ、全五種って。と、ガチャガチャの前でしゃがみこんでいたら、周囲には人だかかりが! その影に恐怖して見渡すと、なんと幼女の群れ!? わたしは天国に召されたの!?
「おねーちゃんじゃまー」
「だよね! ごめんね! ひょうっふう!」
わたしは素早く幼女たちに譲った。まだ天に召されるわけにはいかない。わたしには幼女が必要なのだ。
と、早足でそこを離れると、眼前にはおっさんがいた。
「尊い、な……」
やや思案したように、そう判断を下す。今度はなんやねん。思って、立ち止まるおっさんを追い越しながら確認すると、『大仏ソフト』なるアイスが売られていた。おそらく普通のソフトクリームであるらしいアイスに、大仏の形をしたチョコが刺さっている。
「なんでもありか!」
つい、わたしは叫んだ。それに最初に反応したのは、店の中で件の大仏ソフトをほうばる女の子だった。目をまんまる、大きく見開いて。おどろきわずかに開いた口元には、お約束のようにソフトクリームがついている。うん。これで十分。もとは取れた。
「ああ、すみません。買いますか?」
前のおっさんが半身を引き、レジへの道を開いた。
「あ……えっと……ありがとうございます」
わたしは大仏ソフトを購入。うん。うまい。
おっさんはいなくなっていた。
すさびる。『正しさと歪んだストーカー』 晴羽照尊 @ulumnaff
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます