半日だけの友人

秋色

半日だけの友人

「ったく、何で落としてしまうかな! スマホを!」


 ひかる奏音かなとに向かい、叫んだ。


「つい手が滑ったんですよ。そしたらスマホが落ちて、しかもそこの崖から転落ですよ。草が茂ってるし、しかも草って言っても大人の身長の半分位ですよ」


「だからお前とキャンプになんか来たくなかったんだよ。せっかくソロキャンプを予定してたのに」

「ソロキャンプなんて寂しいじゃないですか? だからわざわざ水色トウェンティフォーのファンミーティングを蹴って先輩のキャンプに付き合ってるんですよ」


 輝は心の中で呟く。

――そのファンミーティングに参加してほしかった。そしたら今頃オレは川原で一人バーベキュー出来てた――

「とにかくスマホを探そ」


 二人は山道を反対側から回って、崖下へ出てみた。


「そうだ! 先輩、オレのスマホに電話してみて下さい。着信音で分かるかもしれません」


「それもそうだな」輝は自分のズボンのポケットからスマホを取り出し、通話の設定にした。

 二人はしばらく耳をすませたが、鳥の鳴き声と遠くから聞こえてくる川のせせらぎ以外には何も聞こえない。


「ホント、お前と一緒だとクソろくな目に合わん。もう一緒に行動するのやめやめ」

「そんな。オレのせいじゃないですよ。先輩の人生、人のせいにしないでくださいよ」

「いや、絶対お前のせいやけ。コンビニで一緒にバイトした時も、同類みたいに店長から目をつけられたし」

「オレ、中年から叩かれやすいタイプなんですよ」

「いや、後から入ったバイトのコに自分の仕事押し付けて、チクられたし」

「もういいですよ、コンビニの話は。高一の時バイトしたマックでは可愛がられたし。年長者には特に気に入られましたよね」

「いやいや、マックでは、老人を怒らせたやろ。『お年だからここで食べれるようなものはない』みたいな言い方、客にして」

「年寄り扱いするなとか何とか言ってたけど、あれどう見ても年寄りだったですよね。老夫婦でマックに来るなんて。あれ、センパイも輪をかけたんじゃなかったっけ」 

「いいや!お前のせいだ。お前の名前は忘れないって言いよったしな」

「奏でる音と書いてカナトだなって。ジジイ、すげって思いましたね」

「スゴいのはお前だろ。大体本当に崖の下に落としたのか?」輝は疑問型で終わらせた。崖下は、生い茂る草に隠れて何も見えない。

 輝は何度か通話をしてみて諦めようとした時、「通信中」の文字が消え、誰かが電話に出た。

「お、マジか。崖から落としてねーし」と輝は奏音を睨んだ。

 テレビ電話設定の画面には見たことのない、野球部のような坊主頭の少年がいた。アースカラーの作業着のようなものを着ている。

「誰だ、こいつ? ってか拾い主?」

 相手は十代の少年みたいだ。

「もしもし!もしもし!そのスマートフォン、どこで拾ったの?」

 相手はかなり動揺して見えた。いきなり遠ざかり、画面から姿が消えたかと思うと、用心し、近くをウロウロいる様子だった。

「先輩、どうします? 盗もうとしてたんですかね?」

「拾っただけだろ。相手を刺激しないよう、うまく返してもらえ」

「すみません。聞いてますか? それ、僕のスマホなんです。今どこですか?そちらに向かいますから教えて下さい」画面から消えた少年に向かって、大声で叫んだ。

 画面にさっきの少年が写った。吸い込まれそうな澄んだ眼をした少年だった。

「貴兄は何処の方でありますか? 日本人ですか?」

「オイオイ、オレ達が日本人でないなら一体何なんだよ!」奏音はもうけんか腰だった。

「聞いたところ日本語ではありましょうが、なまっておられるからです。それに金髪と言われる敵国の髪の色です」

「はあ?」奏音は両手で髪を抑え、輝と目配せをした。そして小さな声で言った。

「ヤバいやつかも」

「君、今どこにいる? 住所、言える?」

「言えません。軍の命令で、今いる場所を家族にも言ってはいけない事になっております」

「おりますって……。何か監禁とかされてて、たまたま自由の身になった数分間にスマートフォン拾った……とかだな」と輝。「あの、大丈夫? 閉じ込められてるんじゃ? 何か喋り方が変、いや平成飛び越えて昭和なんだけど」

「閉じ込められていません。昭和のどこが問題あるのですか?自分が幼い頃に昭和が始まったので、昭和しか知りません」 

 輝と奏音は再び目配せした。完全イカれてると思った。でも輝はある事に気付いた。

「なあ、奏音。さっきまでスマホ、普通に持ってたよな。それで落とした。それを今、あいつが持っている。でも画面のあいつの後ろに何が写ってた? 海だよ。青い海。この県に海なんてあったか?」

「ない……」

「だろ?それにあいつのあの作業着みたいなの、あれ旧日本軍の軍服じゃね?」

「オレのスマホ、どこを旅してる……」

「もうスマホは諦めた方がいい。あいつが本当に詐欺師じゃなくて誠実なやつなら、そのまま誰にも気付かれない所に埋めてもらおう」

「何で?」

「それが安全なんだ。スマホって個人情報の固まりだろ」

「ねえ、君。今を昭和って言ったけど、何か証拠ある?」と輝は訊いた。

 少年はスマホを扱った時に一瞬別な所を触ったようでかなり焦っていた。

「だめだ。他の所触らんで。他の画面になりそうになったら緑色の吹き出しみたいなマークを押して」

「了解。だが今この面に若い女子の顔が写ったが……」

「あ、それオレの好きなアイドルのコの待ち受けだから。優樹菜って言うんだ。すげー尊い存在のコ。歌手やってるコ。ね、何かその時代の証拠ってない?」

 少年は黙って横にあった新聞を見せた。古い字体が並び、日付は、昭和20年8月10日となっていた。二人は息を飲んだ。歴史の授業で習った太平洋戦争の終戦の5日前だ。

「少年よ。今僕達のいるのは昭和じゃない。2つ先の年号の令和だ」

「やはりそうでしたか」少年は下を向いた。「自分は未来の人と話していると思ってました。このような機械を見て、最初は敵国の開発した危険な兵器かと思ってたが、あなた達は良い人達みたいで、敵とは思えません。また、そのような事をできる利発さもないようです」

「言葉が難しすぎてほめてんのかけなしてるのか分からん」

 ☆

 少年の名前は由井逸紀。二人は画面を通じて時代の移り変わり、スマートフォンの機能について逸紀に説明した。逸紀は賢く、暗号について学んでもいたので、スマートフォンの機能について驚く程、理解し、メッセージアプリに文字を書き込む事も出来るようになった。一度聞いた事を決して忘れない。

 そして逸紀は二人に自分の状況を伝えた。それは驚くべき内容だった。自分が特攻隊員であり、明日こそ人間魚雷に乗り、敵の船に体当たりするというのだった。

 輝は言った。「あと5日で戦争は終わる。それまで逃げててはどうだ? やめろ、そんな危険な仕事。親が泣くから」

「貴方がたの世界ではそうでしょう。でも僕の住む世界では違うんです。自分が逃げると親は皆から非難され、恥をかきます」

「いや、これから始まる時代では違うから」

「貴方がたの時代に行くまで一体どれ程の年月でしょうか」

 そして突然少年は突っ伏して泣き出しした。

 ☆

 二人がなだめ、少年はやっと落ち着きを取り戻した。輝は言った。

「そりゃ怖いだろよ」

「すみません。自分は別に死ぬのが怖いとかそういうのではないのです。たださっきこの面に現れた女子について貴方が言った『尊い存在』という言葉に涙が落ちるんです」

「『尊い存在』に?」

「はい。自分は、尊ぶものを守るためにどれだけか身を正し清く生きて犠牲も払ってきた事でしょう。でもこの面に現れた女子は、僕の知るある女の子に瓜二つです。故郷で妹のような、でも平凡な子です。その子が尊い存在と呼ばれるのが不思議な子です。そして自分は何のために故郷を出て、軍で懸命にやってきたのかとつくづく思うのです」

「その子は、君の世界では平凡かもしれないけど、ここでは違う。幼馴染か何か?」

「実は自分を好きな女子です。ここに来る何日か前、『帰ったら私をお嫁さんにして』と頼まれました」

「やべ。リア充差で負けた。何て答えた?」と奏音。

「自分にとって妹みたいな存在であり、好きという感情ではないので諦めてくれ、ときっぱり言いました」

「勿体ないわ!」

「その子も尊いもののため切り詰めた生活を送っています。だからお互い浮ついた事は考えず生きようと告げたのです」

「その子は何て?」

「泣いてました」

「あのさ、」と奏音が言った。「あんたから見たら浮ついて見えるかも知れないけど、オレがアイドルを好きな気持ちは真剣で神聖なんだ。その子もきっとそうだと思う」

「すみません。ただ打ち明けたかったのです。明日、予定通り、魚雷に乗ります」

「やめなよ!」二人は声が合った。

「いえ、私はお二人とは違う時代を生きているので……」

 会話はそこまでだった。少年の姿はきえた。

 ☆

 すっかり陰鬱なムードになったキャンプの夜、輝はメッセージ着信の音に気付き、スマホを手にした。そして奏音に言った。「見てみろよ」

 それは逸紀からのメッセージだった

 ――取り急ぎお伝えします。あれから色々思案し、考えを改める事にしました。今と未来で尊いの意味が変わるなら、自分は未来の方を採用しても良いのだと思います。君等の言う所の尊いとされる少女と似た故郷の子に会いに行く事にします。これが決断です。それまで逃げられればですが。色々有難うございました。どうかお二人もご無事で。この機械は誰の目にも触れぬよう地中深くに埋めます――



 ☆

 輝は言った。「オレさ、あれはもしかしたら戦死した少年兵の亡霊だったのかもしれない、とも思うんだ」

「あるいは手の混んだイタズラだったりして」奏音は急に何かを思い出した。「あ、高一の時のバイトで会った老人だけど。そう言えば何でオレのキラネーム読めたんだろ。フリガナもなかったのに」

 二人は顔を見合わせた。

「マジか…」

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半日だけの友人 秋色 @autumn-hue

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