部屋のすみで、尊いと叫ぶ

今福シノ

短編

 俺は百合をでる観葉植物だ。


 大事なことなのでもう一度言おう。


 俺は百合を愛でる観葉植物だ!


 とある部屋の窓際に置かれ、退屈な時間を過ごす日々。水やりを忘れられれば身体中は渇ききってしまって、太陽の光を思い切り浴びることもなければ、風に揺られることもない。

 朝も昼も夜も、俺にとっては灰色で、ただ過ぎていくだけ。


 そんな俺の世界を彩るのは、この時間――待ちに待った夕方だ。


「おつかれさま。今日はあなたの方が早かったのね」

「あ、おつかれさまです。せんぱい」


 俺のいる部屋に入ってきた、ふたりの女子生徒。


「生徒会に入ってまだちょっとしか経っていないのに、やる気があるみたいでうれしいわ」

「はいっ。って言っても、書類がたまってるだけなんですけどね」


 照れ笑いを浮かべて、ポニーテールが揺れる。

 彼女は生徒会役員のひとりで書記に就いている。なので俺は書記ちゃんと呼ぶことにしていた。


「大丈夫? ひとりで処理しきれないようなら、手伝うわよ?」


 窓に最も近い席(つまりは俺に最も近い)に座りながら、黒髪ショートの女の子が訊いた。

 その席には『生徒会長』のプレート。つまりはこの生徒会室の長だ。


「いえいえ! 先輩にご迷惑をかけるわけにはいきませんから!」


 ぶんぶんと両手を振って断る書記ちゃん。


「はいはい。でも、つらくなったら遠慮なく言うのよ? 毎日来れる人が少なくて、仕事があなたに集中しちゃうのは事実なんだから」


 会長さんの言うとおり、この部屋に頻繁にやってくるのはこのふたりだけだった。会話を聞いていると、その他の生徒会メンバーは部活をかけもちしていてあまり来れないらしい。

 まあ、俺としては好都合なんだけど。


「それじゃあ、やる気が消えないうちに仕事を始めましょうか」

「あっ、先輩ひどいです! そんなにすぐに消えませんよ!」


 そうして、会長さんと書記ちゃんだけの生徒会が始まる。それを、観葉植物たる俺はただ見守る。

 そう、ただ見守るのだ。だけどただ見守るだけじゃない。

 ある瞬間を、じっと待つのだ。

 ある瞬間――尊い瞬間を。


「あ、先輩。それって新発売のやつじゃないですか!」


 声を上げたのは書記ちゃんだった。


「もう、まだ始めてから10分も経ってないわよ?」

「いいじゃないですか。だって気になったんですもん」


 とことこと書記ちゃんは会長さんの隣へ歩いていく。

 まったく、と会長さんは息を吐いて、


「ええ、朝コンビニで売ってるのを見て、気になったから買ってみることにしたの」


 会長さんの机にあるのは、黄色いラベルのペットボトル。どうやらレモンティーのようだ。


「いいなー、私も買ってこよっかなー」

「ちゃんと仕事が終わってからね」

「はーい……なーんて、スキありっ!」


 しゅばっ。

 目をキラリと光らせたかと思ったら、書記ちゃんは目にも止まらぬ速さでペットボトルを奪取した。


「あっ、こら」

「ひとくちもらいまーす!」


 言って、ごくりとレモンティーを飲む。


「んー! おいしー!」


 満面の笑みを浮かべると同時に、ポニーテールが揺れてうれしさを表現しているみたいだ。

 そして、ペットボトルを机の上に戻して、


「ありがとうございます、先輩」

「……」

「先輩?」

「あっ、いえ、なんでもないわ」


 仕事に戻ろうとする会長さん。ペンをくるくると回し、書類に目を落とそうとする。

 だけど俺の、百合を愛でる観葉植物の目は誤魔化せない。


「……」


 彼女が少しだけ頬を赤くして、ちらちらとペットボトルを見ているのをっ!

 まあ、観葉植物だから目はないんだけどな。


「あれ~? 先輩飲まないんですか?」


 さすがは書記ちゃん。俺と同じように会長さんの変化に気づいたようだ。


「の、飲むわよ。今はのどが渇いてないだけ」

「もしかして、間接キスになっちゃうとか思ってます?」

「なっ」


 ぼっ! とコンロを点火したみたいに会長さんの顔が真っ赤になった。


「せ、先輩をからかわないの。それに、女同士なんだしそんなの気にしてないわ」

「え~? ならふつーに飲めるじゃないですか」

「……」


 にまにましながら会長さんを見る書記ちゃん。

 やがて根負けしたみたいで、


「の、飲むわよ」


 ヤケクソ気味にペットボトルをあおる。それはもう、ぐびぐびと。


「こ、これでいいでしょ?」

「……」

「ちょ、ちょっと。なにか言いなさいよ」

「い、いやー。自分で言っといてなんですけど、恥ずかしいですね……」

「だったら最初から言わなければいいじゃない、もう……」


 ふむ、いつの間にか赤くなっている面積が増えている気がする。部屋の温度も少し上がっているぞ?


「ほら、休憩は終わり。仕事に戻るわよ」

「え~」

「えー、じゃないでしょ」


 会長さんの言葉に、書記ちゃんはしゅび、っと手をあげて、


「じゃー、終わったらごほうびがほしいです!」

「ごほうび?」

「はい! ちゃんと仕事終わったら、なでなでしてください!」


 要求を高らかに宣言する。だけどその顔にはにやけが見え隠れしている。さっきみたいに恥ずかしがらせてやろう、という。


 が、


「なんだ、そんなこと」


 言って、会長さんは立ち上がり、


「そんなの、いつでもしてあげるわよ」


 書記ちゃんの頭を、やさしくなでなでした。


「っっっ!」


 瞬間、書記ちゃんは勢いよく後ずさる。


「ご、ごめんなさい」

「いっ、いえ!」


 慌てて謝る会長さん。その先には、うつくむ書記ちゃん。

 その顔はリンゴみたいに真っ赤だ。そして、


「せんぱい……ずるいです……」

「……」


 沈黙に包まれる生徒会室。

 お互い目線を合わせられない会長さんと書記ちゃん。

 そしてそれを見守る俺。


 こんなとき、俺はいつも叫びたくなる。


 ああああ! 尊い!!!! と。


 ……ま、観葉植物だから叫べないんだけどな。

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