stumble
常磐灰 楸
プロローグ
春の柔らかい風に、小雨が土の香りを連れてくる三月のはじめ。
サラサラと銀糸が降りてきて、ふとよそ見をしたその一瞬。
ふわり、とその一瞬だけが思考停止したように記憶にない。気づいたら肩のあたりに悠河の腕が巻き付いて、私に頭をぴったりとくっつけていて。見えはしないけどきっと目を閉じてもたれかかられる感触が頭を支配して。きっと二人の呼吸はその間だけ止まっていた。
身動きができない。
振り払わなきゃ。私のために。
もう泣きたくないから。
なのにどうして、どうして私の体は動かないんだろう。動かなきゃ、動かなきゃ、今までの私でいるのはもうやめたはずなのに。
おなかの中で、煮えくり返るような怒りと、溶け落ちそうなほど甘い感情が混ざりあって痛い。
どうしても、どうすればいいのかわからなくて。ただ、動揺を悟られたくなくて、一言
「どうしたの?」って。
何事もないみたいに、他人と肩がぶつかったときの「ごめん」みたいな調子で。
同じような調子で、何もないのか、もしくは押し殺した調子で、
「ハグ」って悠河の声。
調子狂う。
怒れない自分も、それをわかってる悠河も大嫌いなのに。
ちゃんと言わなきゃいけないのに。
言えない弱い私が嫌いだ。
stumble 常磐灰 楸 @hisagi_tokiwai
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