カフェ・糖問

添野いのち

「尊い」のは誰?

 休みの日に街中をぶらぶらと歩いていたら、不思議なカフェを見つけた。

「カフェ、とう・・・とい?」

 住宅街の片隅にありそうな、ちょっと入りづらい雰囲気の暗い店だった。そんな店が、繁華街の真ん中でポツンと陰湿な空気を放っていた。その何とも言えない陰湿さが、僕の興味を駆り立てた。

 店に入ると、奥へと並ぶカウンター席に1人、店員と思われる男性が立っていた。一瞬バーと勘違いした僕は外の看板をもう1度確認した。そこにはやはり、「カフェ 糖問」と書かれていた。それでもカフェだと信じられなかった僕は、

「あの、ここってカフェで合ってますか?」

 と店員に確認をとった。

「ええ、合ってますよ。うちは夜はバーとして営業しているので、勘違いされる方は多いんです。」

 店員は丁寧に答えてくれた。

「1名様ですか?こちらへどうぞ。」

 案内されるがままに僕は席についた。目の前にあったメニュー表に10秒ほど目を通した。

「紅茶、ストレートを1つ。」

「茶葉はいかがなさいましょう?」

「アールグレイで。」

「かしこまりました。」

 店員は茶葉を戸棚から取り出し、ティーポットに入れた。そこに熱湯を注ぎながら僕にこう問いかけた。

「お客さん、あなたにとって『尊い』のは誰ですか?」

 僕は答えるのに困った。もちろん誰が尊いのかなんて考えたことも無かった。

(あれ、そもそも「尊い」って何だっけ・・・?)

 終いにはそんなことを考え始めた。

「ハハ、私のこの問いに即答できたのは、数ヶ月前に来店なさったアニメファンの方だけですよ。その方は自分の推しキャラが尊いとおっしゃっていました。」

 そう言いながら、店員は紅茶の入ったカップとティーポットを僕の前に出した。

「お待たせしました、アールグレイのストレートです。」

 僕はカップを手に取り、香りを嗅いだ後ゆっくりと口へ紅茶を流した。程よい酸味が効いていて美味しい。落ち着く味だった。

「『尊い』って思える存在がいるって、素敵だと思いませんか?ただ単に『大切』だと言うより、さらに大事に思っているって感じが出ると思うんです。」

 店員は話を戻し、僕に語りかけてきた。

「ああ、なるほど・・・。」

 店員は話を続ける。

「人間は1人だと恐ろしく脆い。だからこそ、自分のことを大事に思ってくれる人がいると安心します。そしてその人も自分のことを信頼してくれるようになります。誰かを尊く思うって、人間関係を強固にする第一歩なんです。これは物を尊ぶ時も同じです。物を大切に使えば、長持ちするという見返りがきますからね。」

 店員はゆっくりと深みのある声で話した。僕は、

「えっと、つまりは何かを尊いと思えるくらい大切にしろ、ってことですか?」

 と聞き返した。店員は次のように答えた。

「まあそうですが、それをするためにやらなければならないことがあります。カップの底をご覧になって下さい。」

 僕は紅茶の少なくなったカップの底を覗いた。

【自分を尊べ】

 と書いてあった。

「あなただって、日々努力しているでしょう。だからまずは、自分を褒めて大切にして下さい。あなたがいなければ、誰も何も大切にすることはできませんからね。」

「自分を大切に、ですか。」

 何か肩にのしかかっていた重りが外れた気がした。今までで1番落ち着いて紅茶を飲めた。

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カフェ・糖問 添野いのち @mokkun-t

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