ライバルは二次元の推し

葵月詞菜

第1話 ライバルは二次元の推し

「ああ、尊い……」

「分かる……」

 私の溜め息に同意するように同じく溜め息を吐いたのは幼馴染の友人だった。私たちは今、二人してスマホでとあるゲームのショートムービーを観ていた。

「……何で顔も声も全てがこんなにカッコいいんだろう。何か見る度に胸が痛い」

 椿ちゃんがすこぶる真顔で言いながら、惜しむように耳からイヤホンを取った。視線はまだ画面に釘付けられている。

「私の推し、中盤と終盤に数秒出て来るだけだけど、もう十分だよ」

「こっちはもう最初からドアップで心臓やばかった」

 私もイヤホンを外してもう一度ふうと息を吐いた。高ぶった気を落ち着かせるようにミルクティーの入ったカップを持ち上げる。その傍にはすっかり空になった、「本日のケーキ」のティラミスが載っていた皿があった。向かいに座る椿もまた同じで、飲み物だけがこちらはカフェラテだった。

 放課後、私たちは学校から馴染みのカフェに直行し、迷いなく「本日のケーキセット」を注文して優雅なおやつタイムを過ごしていた。商店街の横筋を一つ入った所にひっそりと存在する、二階建てのこじんまりとしたこの店は、実は椿ちゃんのバイト先でもあった。彼女は今日は休みでただの客として来店している。

 来た頃には他にも客が数名いたのだが、気付けば私たち以外に見当たらなくなっていた。私はミルクティーがすっかり冷めていることに苦笑する。すっかり夢中になってしまっていたらしい。

 私たちのことをよく知る店主は毎度のことなので気にした様子はなく、カウンターの中で鼻唄を歌いながらカップを拭っていた。

「ここに出てくる推しも尊すぎるけど、これを作ってくれてる製作陣みんなが尊い……」

「いやあ、本当に感謝の念しかないね」

 私たちは二人してしみじみと頷く。今さら説明をするまでもないが、私たちはゲームやアニメ、漫画が大好きなオタクである。椿ちゃんは私が布教するものと相性が良いみたいで、だいたいずぶずぶと沼にはまって沈んでいく。実に布教のし甲斐があると言えよう。だが最推しに関しては、いつも絶対に被らない。

「ああ~」

 二人で言葉にならない声を意味もなく漏らしていると、チリンと軽やかな音が鳴った。ついと視線を向けると、見慣れた制服を着た男子二人が入って来るところだった。

「あ」

 思わず向こうと私たちの両方から声が漏れた。その声色は嬉しそうだったり迷惑そうだったり気重そうだったりと様々だった。

「椿ちゃんだ!」

 男子の片方の中性的な顔立ちの美少年がパッと明るい顔になって、呼んでもいないのにこちらに向かって来た。向かいに座る椿ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「あ、かよちゃんもいる」

 ついでのように私の方を見て微笑んだ彼は、そのまま私たちの隣の席の椅子に座った。

「何で当然のようにそこに座るわけ?」

 椿ちゃんが迷惑そうに言い、

「俺もその席は遠慮したい。こいつらのそばじゃうるさくて落ち着かねえ」

 もう一人の背の高い男子が眉を顰めて言い放った。

「ええー、折角偶然会えたのに」

 先に椅子に座った男子・みのりが子どものように唇を尖らせた。信じられないが、こいつはこれでも学年一の美男子で女子の人気が高い。私たちが二次元の推しを尊ぶように、稔を尊い存在とする女子たちが学校には溢れている。

「ねえ、椿ちゃん?」

 稔が椿ちゃんに無駄な同意を求める。実は彼にとっての尊い存在というのが、ただ今絶賛複雑な顔をしている椿ちゃんなのである。

「私も別にあんたたちに用はないし、幸い席は他にいくらでも空いてるんだからゆっくりくつろげるところに行きなさいよ」

 椿ちゃんは容赦ない。だいたいいつもこんな感じだ。だが稔も慣れたように頷き、

「じゃあ僕はここに座りたいからここにする。空いてるしいいよね」

 椿ちゃんは額に手を遣って項垂れながら「……ご勝手に」と呟いた。

「――だって。どうする、タカ?」

 黙って成り行きを見守っていたもう一人の男子・タカが諦めたようにため息を吐いた。

「もう良いよ。稔がそう簡単に動かないのは想像がつく」

 タカは結局、稔の向かい側の空いている席に腰を下ろした。幼馴染の思考と行動にはすでに耐性がついているようだ。かく言う私もこの二人とは商店街に実家を持つ仲間同士なので、腐れ縁故の旧知の仲である。

「それで椿ちゃんたちは今日は何してたの?」

 飲み物の注文を終えた稔が遠慮なく訊ねて来る。普段学校では椿ちゃんに敬遠されているため、このような話せる機会は逃すまいと積極的なのが窺える。タカは興味がなさそうに自分のスマホをいじっていた。

「さあ、何してたんでしょうね?」

 椿ちゃんは答えるつもりがないのか逆に問い返すように言う。稔はちらと椿ちゃんと私、それからテーブルの上のスマホとイヤホンに目を走らせた。

「ああ、もしかしてまた何とかのゲーム関係?」

「……」

「そういえばSNSの広告で、前に椿ちゃんたちが言ってたゲームのプロモーション動画が流れてきてたっけ。もしかして――」

「だから何であんたが知ってんの!?」

 椿ちゃんが驚愕した顔で、今日初めて彼を正面から見た。稔はにっこりと笑みを浮かべて、

「椿ちゃんの好きなゲームとキャラはだいたい覚えたよ。かよちゃんが教えてくれたんだ」

「かよちゃん!?」

 椿ちゃんが物凄い速さでこちらを振り返る。私は曖昧に微笑んだ。

「いやあ、別にふざけるでもなく真剣に聞いてくるからさあ、つい」

「ライバルの情報をゲットするのは当たり前でしょ?」

 稔が至極真面目な顔で言う。その前でタカがスマホを見るフリをして呆れたような顔をしていた。気持ちは分かる。この幼馴染は努力の方向性がどこか残念なのだ。

 前に稔本人に、

「椿ちゃんの好みはだいたい把握したけど、この二次元のイケメンたちに僕はどうやったら勝てるんだろう?」

 と真剣に訊かれて、私はどう答えたら良いか分からず悩んでしまった。

 正直に言ってしまうと、稔は確かに三次元では美少年の類で十分目の保養になる存在なのだが、椿ちゃんや私にとってときめくのは二次元の推したちの方なのだ。

 椿ちゃんは一つ溜め息を吐くと、スマホの画面をトンとタップした。待ち受けに推しのミニキャラが映った。

「私は尊い推しを見る度に、ああ、明日も学校頑張って行こう、テスト乗り切ろう、生きようって思うのよ」

 椿ちゃんがしみじみとした口調で言う。

「僕は椿ちゃんに会えると思ったら学校に行くのも楽しみだしで楽しみでしょうがないけど」

「実際に会えるかどうかは別としてな」

 ボソリと呟いたタカの声はスルーされる。

「逆に私は学校であんたを見るとヒヤヒヤするんだけどね。周りの女子の視線が怖くて」

「そうなの?」

「この天然! かよちゃんも何とか言ってやって!」

 椿ちゃんのヘルプに私は苦笑を浮かべた。これもいつものことである。

「まあまあ稔。あんたの敵を攻略しようとする姿勢は応援するけど、椿ちゃんにはまだまだ届かないみたいだね」

「手強いよねえ」

 腕組みをして溜め息を吐く稔に、「だから何で二次元のキャラに勝負を挑んでるんだ?」とタカがぼやく。もちろんまたスルーされた。かわいそうに。

「本格的に僕もゲームをやってみようかな。アプリゲームだったよね?」

 挙げ句の果てにそんなことを言い出した稔に、椿ちゃんはぎょっとした顔で固まり、私は何だかおかしく楽しくなってきて笑って言った。

「マジで始めるつもりなら教えてあげるよ」

「本当? じゃあお礼はうちの和菓子屋のお菓子弾むから、椿ちゃんの推しキャラ攻略で教えてほしいな」

「やったー。交渉成立ね」

「何でそうなるの!?」

 椿ちゃんが悲鳴を上げるがすでに私と稔の間で交渉は成立してしまった。報酬も悪くない。彼の家の和菓子がおいしいことはよく知っている。

「ねえ、タカもやる?」

 ようやく声をかけられたかと思えばその内容に、タカは辟易したように首を横に振った。

「何で俺までやんなきゃなんねえんだよ。こいつらがどんなキャラを好きでいようが俺には関係ないし、攻略する意味もない」

「そりゃそうよね」

 私と椿ちゃんは揃って頷いてしまった。

「じゃあ僕がハマったらタカにもおすすめするよ」

「何でそうなるんだよ。いらねえよ。てかそれお前がライバルに攻略されてんじゃねえか!」

 そこで店主が二人の注文した飲み物を運んで来た。タカが難しい顔で珈琲を口に運ぶ中、稔はいそいそと鞄からスマホを取り出した。

「えっと、どれだっけ?」

「え、今から始めるの!?」

 椿ちゃんが「嘘でしょ?」と目を見開く前で、私は稔が突き出してくるスマホを受け取ってダウンロード画面まで操作した。

「はい、これだよ。ダウンロードして」

「了解―」

 頭を抱える椿ちゃんと、もう口を挟むまいと黙るタカを放って、私と稔はスマホにアプリゲームがダウンロードされるのをじっと見つめていた。






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ライバルは二次元の推し 葵月詞菜 @kotosa3

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