それは量産出来ないと思う

秋空 脱兎

きっと、この瞬間こそ

「……、夕日ちゃん? 夕日ってば」


 誰かの呼ぶ声が聞こえる。

 次の瞬間、ガタン、と身体が沈むような感覚と共に、私こと日暮ひぐれ 夕日ゆうひは目が覚めた。


 困惑しながら周囲を見渡す。ここは、意識がなくなる前までいたファミレスだ。

 どうやら、注文を待っている間に居眠りをしていたらしい。


「……ねえ、大丈夫?」


 声のする方──右隣を見る。

 そこには、クラスメイトの美人(女)、親友の月夜野つきよの 凜々花りりかがいた。

 美人と表したのは、角度や表情で美少年にも美少女にも見えるからだ。ちなみに、玉虫色の顔だと褒めたら凄く渋い顔をされた。いい表現だと思ったんだけどなあ。


「飲みながら寝てたけど、大丈夫?」

「え……っと」


 凜々花に覗き込まれて、私は言葉に詰まった。

 ストレートティーを一口飲んで、何とか落ち着いた。


「……いや、最近寝不足なだけ」

「あー、おでこにニキビあるのそういう」

「ちょ、見るな!」


 慌てて額を隠した。今朝鏡を見てちょっと落ち込むくらいには気にしてるのだ。


「ごめんごめん。あ、そうだ。ちょっといい?」


 凜々花はそう言ってから、唐突に私の左肩を抱き寄せた。


「ふぇ⁉」


 パシャリ。


 心臓が爆発四散する寸前、シャッター音が聞こえた。

 見ると、凜々花がスマートフォンを天に掲げているではないか。

 自撮りだ。

 

 凜々花は写真を写したスマートフォンを私に見せてきた。

 頬を僅かに染め、驚いた表情をしている私と、すまし顔の凜々花が写っている。

 どんな仕草をしてもバッチリ決まるんだな凜々花コイツは。


「どうかね?」

「……何が?」


 私が聞き返すと、凜々花が照れくさそうに頬をかいた。


「いやね、フォトクラ……ボクがやってるSNSなんだけどさ、『#尊い』っていうやつが流行ってて……よく分かんなくてさ」


 フォトクラとは、Photograph Clubの略で、凜々花の説明、そして名前の通り、写真を投稿するSNSだ。投稿こそ滅多にやらないけど私もこっそりやってる。


「ん⁉ まさか今の投稿した⁉」

「いやいや、まさか! ボク、ネットリテラシー高い方だよ? 自分で言うのも何だけどさ。ほら証拠。さっきの写真も消すから」


 凜々花の指がゴミ箱のアイコンに伸びるのを見て、私は慌てて止めに入った。


「いや、そこまでやらなくていいから。……後で写真ちょうだい」

「え? うん、分かった。それで、何だと思う? 『尊い』って」

「……抱き寄せるこんなことをやっといて、『よく分かんない』はないと思うんだけどなぁ」

「ん? 何が?」


 え、コイツ無自覚なのか⁉


「……何でもねーでございますよー」

「ああ、そう……じゃあ、夕日ちゃんは『尊い』ってどんなのだと思う?」


 私に聞きながら、凜々花はアイスココアが注がれたグラスを手に取った。


「えー……?」


 困る、という意思表示を声に乗せた。私にも分からんのだ。

 少し考えてから、私は少し意地悪をする事にした。


「……こんなのとか?」


 そう言いながら、弥勒菩薩半跏像の画像を凜々花に見せた。

 画像を見た瞬間、凜々花が咳き込んだ。アイスココアが変な所に入ったらしい。


「夕日ちゃんさ、それはズルくない?」

「え? 尊いでしょ?」

「否定出来ないけどさ……」

「ていうか、同じ事考えた人いるんじゃないの?」

「ええー? ちょっと待って……」


 そう言って凜々花はしばらくスマートフォンを操作して、やがて意外そうな表情で私を見てきた。

 

「……あったわ」

「うっそお」

「マージマジマジ。ほら」


 凜々花が変身しそうな言い方をしながら、私にスマートフォンを見せてきた。

 誰かのアカウントが不動明王像を投稿していた。勿論、私のものではない。


「私が一番じゃなかったか……」

「ご愁傷様ー。んで?」

「え?」

「『尊い』って、何だと思う?」

「あー……そう、ね……」


 ……分からん。

 そもそも分からんから弥勒菩薩で誤魔化したのだ。失敗したけど。


「えーっとねえ……」

「うん」

「……今この瞬間、一秒一秒がそれだって答えはダメかな?」

「なるほど?」


 そう言ったが、凜々花は怪訝な表情で私を見てきた。


 ダメだ、ドキドキする。止まれ心臓。いややっぱ止まるな死ぬ。


 丁度その時、私たちが頼んでいた料理が運ばれてきた。

 店員さんと一言二言交わし、ストレートティーを一口飲んで、気づかれないように深呼吸をした。


「えっと、ちょうど来たし、食べよっか」

「……そうね、そうしよう」


 凜々花はまだ納得していない様子だ。食事中か食後にまた聞くつもりだろう。













 言えてたまるかっ。

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