二人だけのコスプレ会

高山小石

第1話

 えりかは異世界に来ることができるが、みんなを連れて戻ることはできない。

 「もっとおたがい理解し合った方がいいと思う!」というえりかの熱い希望で、異世界交流会と称したコスプレ会が開かれることになった。


 他の者には仕事が入ったので、アロールの屋敷の二間を借り切ったこの場にいるのは、145㎝そこそこの少年サンクトスとえりかだけだ。


「じゃ、サンクトス君、お着替えよろしくね。どれから着てくれてもいいから」


 丁寧にたたまれた服が入った紙袋をいくつも手渡され、隣室へと続く扉からえりかが足取り軽く出て行くのを見送ったサンクトスはため息をついた。


「また女になるのか。まぁ今日は人前じゃないし、これもエリカ(の好み)を知るためなら……あれ?」


 覚悟を決めて袋から出した服は、色はともかく、普通の男性服に見えた。


   ※


「これでいいの?」


「きゃー! そうそう! バッチリ! さすがサンクトス君!! おねぇさん呼びされた時から絶対似合うと思ってたんだよね! いよっ、名探偵!」


 いつかの女装と比べたら普通っぽいのに、同じように絶賛されて、サンクトスとしては複雑だ。

 人形みたいだったサニィとの共通項が全然わからないんだけど!


「これ、どこらへんがいいの?」


「え、全部? こうやって、『真実はいつもひとつ!』って言って!」


 とってもかしこい少年なのだと、いくつかのエピソードを力説された。


「少年なのにそんなに物知りなんてすごいね」


「あ、見た目は7歳だけど中身は17歳だから」


「……そんな子どもの前でさっき話してくれたような事件が起こるの? エリカおねぇさんの世界って、想像してたよりも物騒なんだね」


「あぁ。違うよ。ループしているわけじゃないんだけど、ずっとそのままで26年間分あるだけだから」


 サンクトスは内心「26年間も少年のままなのか?」と驚いた。やはりエリカの世界とは年齢の数え方が違うようだ。


   ※


「うわぁそれも似合う! すっごいハマってるよ! サンクトス君!!」


「これは警備隊の服と似てるね」


 詰め襟でレトロな黒の学生服にやはりレトロな制帽を身に着けたサンクトスが服の具合を確かめている。


「あれ? シールはどうしたの?」


「しーるって、これ?」


「そうそう。これはここに貼るんだよ」


 えりかはサンクトスの左頬からあごにかけて『封』と書かれたシールを貼った。


「この人物の仕事も警備隊みたいなものなの?」


「服自体は勉強する学生が着ているものだけど。この子の仕事は……生者の願いを叶えることかな?」


「ということは、教会の人なの?」


「うーん。存在は真逆っていうか。お化けとは違うし妖怪ともちょっと違うし。え、怪異って、なんて説明すればいいんだろ?」


 ソラリアにある不死人という存在ではなく、もっとふわっとしたお化けや妖怪がいて怪異があることがえりかによってざっくり説明された。

 そして正確な年数ははっきりしないけど、この少年も数十年はこのままの姿だという。


「こんな感じで、『生死のないこの世界では、諦めが悪いやつがサイキョーなんだよ』って言って!」


 エリカの世界には生死すらないのか、とポーズをとりながらサンクトスは思った。


   ※


「これ、ちょっとわからなかったんだけど」


「あぁー、はかまは難しいよね。ちょっとお直しするね」


 慣れた手つきでえりかは紐をほどくと、出されていた薄手の着物をシャツと一緒に中に入れて整え、きれいに紐を結び直す。

 隊服と迷ったのだが、それは先程のレトロ学生服で堪能できると、書生風の方にしたのだ。

 薄手の着物をカーディガンのように開くと完成だ。


「今までとはずいぶん違っているけど、この服はどういう時に着るものなの?」


「これはさっきのよりも昔の学生服なんだよね。今だと、華やかなものを女子が卒業式とか成人式とかに着るけど、男子が着るのは神前結婚式くらい? あ、流鏑馬やぶさめ(馬に乗りながら弓を射る)で着てるか。それを言ったら神職さんや巫女さんも着てるね。私の国の昔の乗馬服みたいなものなんだけど、伝統的なことに今も使われているよ。武道でも、合気道とか弓道とか長刀なぎなたとか。あ、武道っていうのは」


 正しい意味での異世界交流会な内容を、サンクトスは興味深く聞き入った。


「へぇ。おもしろいね。この人たちはエリカの世界の偉人なの?」


「偉人……とは違うかな? ネタばれだから詳しくは話せないけど、この人も十数年はこの姿のままだから」


 やっぱりエリカの世界とこちらとでは時間感覚が違うんだな、とサンクトスは結論づけた。


「けどまぁ世界をこえて広く認知されてるという意味では、偉人みたいなものなのかも」


「ということは、この人にも名言があるの?」


「もちろん! 色々あるんだけど、私的にはこれだよ! 『人に与えない者はいずれ人から何も貰えなくなる 欲しがるばかりの奴は結局何も持ってないのと同じ 自分で何も生み出せないから』」


「すごい。胸にささる言葉だね」


「名言だけで言ったら、『あきらめたらそこで試合終了ですよ』とか『笑えばいいと思うよ』とか『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』とか、まだまだあるけど」

 

 まだまだあるのか!

 名言が残っているということは、それだけ素晴らしい人物がいたということだ。


「でね、この人は一途な人で、ずっと一人の人を想い続けているんだよ。あ、それを言ったら、さっきの2人もそうなんだけどね」

 

 いきなりサンクトスが気になっていたことに話が向いたので、聞いてみた。


「エリカおねぇさんはこの人たちのことが好きなの?」


「好きっていうか、ありがとうございますって感じ? 今日を生きる活力と明日を迎える勇気と希望をありがとうございますっていうの? 感謝しかないっていうか」


「それはすごいね……で、この人はいくつの方なの?」


「詳しくは言えないけど、私より年上だよ」


 だからこの人呼びだったのか、と耳ざといサンクトスはほっとした。良かった。この人が一番好きとかじゃなくて。


 こんな感じで熱いえりかの解説を交えた2人だけのコスプレ会は続いた。


   ※


「サンクトス、どうだったんだい?」

「お嬢ちゃんと交流を深めて、なにかわかったか?」


「時間の流れがこちらとは違うというのはわかった」


「やっぱりそうか」

「そうだよなぁ」


 どう見てもえりかは12歳前後にしか見えない。


「で、なんでサンクトスはそんな嬉しそうなんだ?」

「なんかあったんだろ?」


「…………」


 散々着替え終わった後に、えりかは言った。


「あのね。こうやって、一緒に話したり楽しんだりしてくれてありがとう。どんな姿だからとかじゃなくて、私につきあってくれるサンクトス君が一番好きだよ」

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二人だけのコスプレ会 高山小石 @takayama_koishi

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