令和の大仏事業

古博かん

第八回お題作品「尊い」KAC20218

 2020年12月7日。

 日本全国、否、世界中で猛威を奮うコロナ禍の最中さなか、横浜市観光情報サイトのニュース欄に、とある記事が掲載された。なんでも、同年12月19日から2022年3月末日まで、同市内で、モビルスーツの起動実験を行うという。

「モビルスーツって、あのモビルスーツ?」

「そう。あのモビルスーツ」

「横浜で?」

「そう。横浜で」


 正確には、横浜山下頭に設営されたガ○ダムファクトリーヨコハマ内にあるガン○ムドックに格納されている、全高およそ18メートル、実に一分の一スケール等身大ガンダ○『RX -78F00』は、広報曰くという。


「動く? 歩くんじゃなくて、動く?」


「現代の技術では、流石に自由に歩き回らせるのは無理だ。だが、かつて東京お台場に設置された仁王像○ンダム『RX -78-2』は、直立不動だったことを考えると、十分な進歩だと言える」


「とりあえず、仁王様とお不動様に謝ろうか」

「うむ。アイすまぬ」


 寺院表門をまもる金剛力士像(仁王像)と大日如来の化身とも言われる不動明王(お不動様)は、広く庶民に親しまれる御尊像だ。ないがしろにするとバチが当たると、友人は、割とガチで信じている。


「RX -78F00は、片足を上げられるし、両腕も振り上げられるから、理論上、万歳三唱も可能だな」


「片足上げて両腕振り上げたら、それは道頓堀どうとんぼりの『グリコのポーズ』って言わないか?」


「そうとも言う。だが、それ以上はやめておけ。次に道頓堀に行ったら、グリコのおじさんがガ○ダムになっている可能性が、無きにしもアラずだ。大阪とは、そういう街だ」


 どうしてか、日本全国から見て「なんか、ちょっと変わってんな」と思われる大阪には、イントネーション警察(覆面)が街中至る所に潜伏しており、エセ関西弁を口にしようものなら現行犯逮捕されると、もっぱらの噂だ。


「聞いたことねえよ。とりあえず、大阪府民と吉村知事に謝ろうか」

「すんまそん


 コロナという目に見えない脅威を前に、世間では自粛自粛のニューノーマルを迫られる日々が、実に一年以上続いている。そろそろコロナ疲れが叫ばれて久しいが、果たして収束はいつになることやら。


「しっかし、コロナ禍でやることかね?」

「分かってないな。こんなご時世だからこそ、やる価値があるんじゃないか」

「モビルスーツの起動実験(というイベント)が?」


「そのとおり。日本の都が奈良にあった頃から、日本人の感性は変わっていないぞ」

「どういうことだ?」


 今は昔、天平十三年(西暦741年)にまで遡る。

 聖徳太子によって仏教が広く浸透し、奈良の都が藤原京から平城京へとうつった時代、日本は未曾有ミゾウウの社会不安に陥っていた。

 政変、政権抗争、疫病流行、天変地異と、様々な天災人災に見舞われ続けたという。


 そこで、時の帝——のちの聖武天皇は、事態を治めるためにみことのりを発令した。


「こんなご時世だ。とにかく仏像造ろうZE ☆」


 日本各地に仏像と七重の塔を建立し、仏の力で何とかしようと試みた。それが、『国分寺創建の詔』である。


「なんか、各都道府県に先進医療施設作って、コロナ患者に対応しようって掛け声に似てるな」

「ああ。当時は大陸伝来の仏教が、時代の最先端だったってことだな」


 かくして日本は、大手ゼネコンうはうはの寺院建設ラッシュに突入するのである。いつの時代も、公共事業が経済活性化のカンフル剤なのだ。


 そして一方で、こんな一大プロジェクトも発動する。


「世界一でっかい仏像造りたい(はぁと)」


 それが、こんにち目にする奈良の大仏様こと、東大寺盧舎那仏ルシャナブツの造営である。


「待て。ノリが『等身大ガン○ム作りたい』と同じじゃないか。国難だぞ?」


「でっかい仏像プロジェクトは、実質的に、聖武天皇と光明皇后の発願だったとする説がある。サイズの大小に関わらず、仏像がありがたいものであることに変わりはない。

 情勢不安だから、自分たちの権威を誇示する目的もあったんだろうが、単純に、やりたかったんじゃないか?」


「時の権力者による、公私混同か……『ガンダ○作りたい』は、もっと純粋な思いであってほしいんだが」


「もちろん、純粋だろうさ。ただ、行政と企業が絡まなければ、そもそもファクトリーベースは実現しない」


「横浜市の公式観光サイトに載ってる時点で、ウィンウィンの関係目論んだってことか、なるほど」


 ともあれ、天平勝宝四年(西暦752年)、インドから偉い僧侶を招致して、無事に東大寺盧舎那仏の開眼法会かいがんほうえが執り行われた。

 それが今から、ばっくりと千二百年以上前の日本で、実際に起こった話だ。


「○ンダムも、神主さん招いて上頭式してたな、そう言えば」

「ああ、当然だ。何事も初めが肝心だからな」


 アニメ初のキャラクターを元にした観光イベント(しかも宇宙ロボット大戦系SFアニメ)に、現実宗教儀式を絡める光景には、海外から奇異の目を向けられたというから、この感覚は理解し難いものなのかもしれない。


 何はともあれ、統括すると、こういうことだ。


 奈良時代:疫病流行ってるからこそ、でっかい仏像造ろうZE ☆ ニッポン元気になろうぜ!


 現代日本:コロナ流行ってるからこそ、動くガ○ダム造ろうZE ☆ 日本元気になろうぜ!


「どうだ? 昔から、日本人は日本人だと思わないか?」

「うーん。こじつけ甚だしいとは思うが、完全に違うとも言い切れない感じがするのは、なぜだろう」


「苦難に直面すると、創造力が刺激されるからじゃないか? この殺伐としたご時世、夢があっていいじゃないか。動くガン○ムは現代の大仏事業と思えば、ありがたいことだろう?」


 まあ、1970年代に子供だった大人たちにとって、動く等身大ガンダ○は、実際に心躍る技術の進歩だろう。今の子供たちにとっても、いずれ手足だけでなく自由に動き回る白積ハクセキの巨体は、永遠の憧れであろう。


「たまたま今回はコロナと重なってしまったが、いつの時代も人類が夢と希望を抱けるというなら、アニメも宗教も大差ないぞ。たっといことじゃないか」


「なんか、段々そんな気がしてきたわ」


 以上、日本の片隅で交わされた他愛もない会話には、大いなる誤解と主観が織り混ざっていることを、最後に申し添えておく。

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