第1章 妖精の愛し子と聖女③
もう八年も前になるけれど、私が七歳の時に王宮でガーデンパーティーが
当日は、お母さまが私のために選んでくれたクリーム色のドレスを着て、お母さまと私の
でも、きっとだからこそお母さまが亡くなった後で義母はシャーロットを真っ先に首にした。……私に優しくすると首にするという他の使用人達への見せしめのように。
「マーガレットとても
お母さまはそう言って私の大好きな優しい笑顔を向けてくれた。私もとても
(すっごくかわいいねー)
(おひめさまみたいー)
(ドレスをミント色に変えてやろうか)
妖精さん達にも
私もお母さまと離れて子ども達の方に向かおうとした。
(きれいなお花があるよー)
(マーガレットの好きな青いお花だよー)
(パーティー会場を青い花でまみれさせてやろうか)
だけど、妖精さん達に
わー! きれいだねー!
そこには妖精さん達の言っていたとおり青い花がたくさん
「
だから、いつの間にか近くに同じ年くらいの女の子がいたことにまったく気付いていなかった。
「一人でニヤニヤと笑っていてとても気持ち悪いですわ」
いつもお母さまの優しい
「気味が悪いから友達もいなくて一人ぼっちでこんなところにいるのですわね」
思わず、私が心の中で思ってしまったその時だった。
(いじわるさんはきらいー)
(マーガレットをいじめるなー)
(物理的に頭を冷やさせてやろう)
「きゃーっ!」
その女の子は空を飛んで池に落ちて、あっという間に苦しそうに
だけど、その子の悲鳴が、苦しそうな顔が、ずっと頭から離れなくて、怖くて怖くてたまらなかった。
くっきー、しょこら、みんと。お願いね。お願いだから人間を傷つけないで。
だから、私はその日からずっと
どうか妖精さん達が私のために人間を傷つけることがありませんように。そのために『私は絶対に何かを
ルイス様と初めてお話をしたあの日までずっと。私はそう思っていた。
(マーガレットどうしたのー?)
(お
(シンシアのおやつを
くっきー、しょこら、みんと。わっ、私って……。
ルイス様の言葉を思い出して
「マーガレット様! 成績が
「カナン様、仕方ないですわ。だってマーガレット様は、ねぇ?」
「えぇ、同じ
「あらぁ? 半分血の
うふふふふ、と
「カナン様は何位でしたの?」
私の質問が思いもよらなかったのか、カナン様は
(五十三位だよー)
(成績表みてキーキー言ってたよー)
(一生数式が覚えられない体にしてやろうか)
「わっ、私のことは良いのです!」
「「「そっその通りですわ!」」」
「ルナ・ターナー
私は、カナン様のお友達の名前を初めて呼んだ。今度はお三人の顔が真っ赤に染まった。
「私、これからはしっかり皆様と向き合います。皆様のお言葉は一言一句決して忘れませんわ」
「……マーガレット様、それはどういう……」
「私達は決してマーガレット様を……その……」
「かっ、カナン様っ」
三人の視線を受けたカナン様は、
「何をおっしゃいますの? 貴女達は貴女達の信念に
と言って
「そっそんなっ! お待ちください!」
「私達、カナン様がお喜びになると思って!」
「何かあってもカナン様が守ってくださると思っていたのです!」
三人は
……これで良かったのかしら? 不安に思いながらも席に着こうとした時に、ふと視線を感じた。
「うるさくしてしまってごめんなさい」
休み時間の
「いえっ! とんでもございません」
私に視線を向けていたのは、ソフィア
「あっ、あのっ、マーガレット様」
「いかがされましたか?」
私が
「とっても
「……へっ?」
ソフィア様の思わぬ発言に、キース殿下の婚約者に相応しくない間の
「いつも何を言われても全く動じず、クールなところもとても
ご自分の発言がカナン様達に不敬にあたるかもと気づいたのか、ソフィア様は口に手を当てて
「私は
「マーガレット様」
「とても嬉しかったので、私だけの宝物の言葉にします」
「……あのっ、本当はずっとマーガレット様とお話しさせていただきたかったのです。……またお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えぇっ! もちろんですわ」
こっこれはもしかして、十五年間で初めてのお友達が出来たのではないかしら?
(マーガレットにお友だちがふえたー)
(いじわるさんたちと違ってソフィアの周りの空気はきれいー)
(祝福のシャンパンで
前言
●●●
「お父様、お母様、私、キース様にデートに
ディナーの席で大声でとんでもないことを言い出したシンシアに私はぎょっとしたけれど、義母は
「まぁっ! シンシア! よくやったわね!」
「私は、お姉様とは違いますもの!」
「シンシア、デートに誘われたとはどういうことだい?」
お父様は、いつものようにとても
「えへへっ。今日ね、キース様が来ていて、たくさんお話ししたの!」
シンシアは、チラッと私を見て意地悪そうに口の
さては、キース殿下が
「それでねっ、お姉様は、いつも学園か王宮だし家にいてもお部屋に閉じ
……それってデートなのかしら??
私と同じ疑問を感じたらしいお父様は気まずそうな顔をしてシンシアから目を逸らした。それから私にいつものごとく冷たい目線を向けた。
「キース殿下にご
「えぇ! えぇ!
「キース様も私と
いつものように義母とシンシアが私を
「マーガレットの母親の
いつものように私は一言も発しなかったので、いつもならこのままシンシアのおねだりタイムになって、私はひたすら貝のように何も話さず
「私には、キース殿下にご挨拶することは出来ません」
このお
「なぜか、キース殿下がいらっしゃっても、誰も私に伝えてはくださらないので」
ガシャン!
メイドがスプーンを落として、お父様の後ろに
「いっ! 言いがかりよ! まったく!」
義母が、さっきのシンシアと同じくらいの大声で
「私、いつか問題になるのではないかと心配していますの。学園にも王妃教育にも問題なく毎日通えているのに、キース殿下が
「
「それに、学園や王宮で、もし何かの機会に背中を見られたらと思うと、不安です。だって、私の背中には、人に見られると困るような理由の
私の言葉にさっきまで
いや、本当は痕なんて残ってないけど。物差しで叩かれた後ですぐに
「……
お父様が私に何か聞くなんて初めてね。今まで言われたのは命令だけだったから。
「ございません」
「もう部屋に
「失礼
私はそのまま部屋に戻った。
(クッキーとってきたよー)
(ショコラタルトもあるよー)
(今度料理長にミントを使ったオリジナルスイーツを作らせてやろう)
くっきー、しょこら、みんと! ありがとう!
苦いソースのかかった前菜をまだ一口食べただけだったから、お
ねぇ、食堂はどんな空気だった?
(マーガレットのパパが
(物差しおばさんやメイド長たちが怒られてたー)
(全員の急所を
やっぱりお父様は、さすがにキース殿下と会うのを
だけど、私の心配とは裏腹に次の日から
だけど、その日は一日なんだか体の調子が悪くって、王宮から戻った後で私は厨房に行った。今まで嫌がらせをしてきた(どうやら
「
騒然としていた厨房が今度は静寂に包まれた。
「「「今まで、大変申し訳ありませんでした!!」」」
一同総出で土下座されそうになったのを
●●●
今日は
ソルト王国での歴代の聖女達は、ソルト王国すべての国民から愛され、国中から守られる存在であったようね。
もしかしたらと思ってお母さまの出身であるオルタナ帝国の歴史書を読んでいたら『妖精の愛し子』という言葉が
私がオルタナ帝国の歴史書を読んでいると、先ほどまで読んでいて開きっぱなしになっていたソルト王国の歴史書の
(この玉しってるー)
(サーシャの時に光らせたー)
(ただの玉を七色に染めてやったな)
えっ? えっ? サーシャって、確か百年前の聖女様よね?
くっきー、しょこら、みんと。サーシャ様って……。
(マーガレットの前の私たちの友だちー)
(僕たちは愛し子が生まれた国にいくのー)
(サーシャが死んだ時は国中に黒い雨を降らせてやったな)
それって、オルタナ
(マーガレットの時も玉を光らせてあげるねー)
(他の色もできるよー何色がいいー?)
(いっそ玉を
「聖なる水晶」って、ただの玉なのね。妖精さん達の力で光らせてるだけだったなんて……。国宝の水晶がただの玉だなんて歴史が
(マーガレットーめがねー)
(めがねがマーガレットを見てるー)
(あの眼鏡も巨大化してやろうか)
混乱して頭を
「ルイス様? いかがされましたか?」
「マーガレット様。少しお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「えぇ。もちろんですわ」
「マーガレット様に苦言を
「……お名前をお呼びしただけですわ」
「
「あの時の態度はともかくとして、ルイス様の言っていた言葉の内容、だけ、は心に
「……今、『だけ』を強調しましたね」
「……今まで私は、自分が
「……やはりこの間のことすごく怒ってますね?」
「黙っているだけではきっと何も解決しないのだと気づきました。だから、自分に言えることは伝えてみようと思ったのです。そのことに気づかせてくださいましたこと、だけ、は感謝しています」
「また、『だけ』を強調しましたね」
ルイス様と私は目を合わせてほんの少しだけ笑った。
「……僕は祖母から聖女さまの話を聞いたことがあります」
私の読んでいたソルト王国の歴史書に視線を落とした後で、ルイス様はぽつりと言った。
「祖母自身はさすがに聖女さまにお会いしたことはなかったようで母親から聞いた話とのことでしたが。……聖女さまは時々、上の空で、
……それって絶対当時の聖女様が、妖精さん達と脳内で会話してたからよね?
「それを聞いた僕は……」
「ルイス様?」
「祖母に
「えぇっ?」
「僕は聖女さまに
「……それ遠回しに私のことを阿呆みたいって言ってますわよね?」
「いえ、聖女さまの話です」
ルイス様は、眼鏡をくいっと整えた後で話を元に
「実は、祖母はその後すぐに
お母さまがお亡くなりになった時のことを思い出して私の胸も痛んだ。
「マーガレット様がキース
そう言ってルイス様は私に頭を下げた。
「ルイス様、お顔をあげてください」
ルイス様はゆっくりと顔をあげた。
「お
「…マーガレット様は意外と良い性格をされていますね」
そう言ってルイス様は笑った。
あらっ? いつもの
「失礼を承知で一つ言わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「失礼なのは今さらなので、どうぞ」
「失礼ながら、マーガレット様はもっと殿下とお話をされた方が良いかと思います」
義妹が聖女だからと婚約破棄されましたが、私は妖精の愛し子です 桜井ゆきな/角川ビーンズ文庫 @beans
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