第1章 妖精の愛し子と聖女②

 十五歳になった今も、ずっとほかの人には見えない妖精さん達は、いつも私のそばにいてくれて、義母に傷つけられた私の背中をいつもいやしてくれた。


(マーガレットだいじょうぶー?)

(僕たちが治してあげるー)

(痛いのはあいつらに飛ばしてやろう)


 くっきー、しょこら、みんと、いつもありがとう。


(この家の人みんなきらいー)

(みんなマーガレットにひどいことするー)

(あいつら顔中虫さされにしてやろう)


 でも、痛いのはみんなが癒してくれるし、お母さまの形見の緑色の石のブローチをられないように守ってくれてるでしょ? だから大丈夫よ。


 妖精さん達がいなかったら、私はこの家で、さびしくて、苦しくて、悲しくて、絶望して、想像もしたくないけど、とてもひどいことになっていたんだろうなと思う。お母さまの言っていた通り妖精さん達は私を守ってくれるとても強い味方になった。


 詩的に言うならば、彼らは私にとって、【パンドラの箱の最後に残った希望】のような、かけがえのない存在だ。


(マーガレットのかみをわざとひっぱるメイド長もきらいー)

(マーガレットの部屋から時々宝石とか持ってってるー)

(髪を宝石みたいに固くして砕いてやろうか)


 えっ? 義母の指示だと思うけれど、私の部屋にはメイドも来ない。だから、そうえもいつも自分自身でやっている。だけど、たまにメイド長が髪を整えてくれるので不思議に思っていたのだけど、やっぱりただの嫌がらせだったのね。……道理で痛いと思っていたわ。いえ、それよりもしょこらの言葉よ。


 メイド長が私の部屋から宝石とか持っていっているの? お義母かあ様の指示かしら?


(ちがうー売ってたー)

(たまに持ってってるよー)

(宝石で急所を打ち付けてやろう)


 いつもシンシアに何かしら盗られてるから、まさかメイド長もまぎれてぬすんでいるなんて気づいていなかったわ。これってこうしやく家のメイドとしてあるまじきこうだし、というか犯罪だし、お父様にお伝えすべきよね。でも……。やさしい目で義母とシンシアを見つめた後で、私を見た時のお父様の氷のように冷たい目を思い出した。それは、思い出しただけで悲しくなるような冷たい目だった。……信じてもらえないどころか、うそをついたとばつあたえられて終わりね。


(料理長もきらいー)

(わざとマーガレットにだけ苦い草入れてるー)

(料理長もかすけにしてやろう)


 えっ? やっぱりあれもいやがらせだったの? すごい苦いのに、皆はつうの顔して食べているなと思ってたのよね。料理長がお料理下手なのかもとも疑ってたんだけど、そんなわけないわよね。


(でもあの草すっごく体にいいよー)

(人間は気づいてないけど体にいいよー)

(苦みだけ料理長に流し込んでやろう)


 そうなの? 確かに体の調子はいなと思っていたのよね。いえ、そういう問題じゃないけど。


 今まで知らなかった嫌がらせの数々を一気に知らされて、気が遠くなりかけた私は、


(あとねあとねー)


 と、まだまだ続けそうなくっきーを見て遠い目になった。妖精さんは、私の強い味方、よね?


 ●●●


 ソルト王国には、納税等の義務の他にも二つ、国民に定められていることがある。

 一つ目は、貴族の子息れいじようは十五歳になる年から必ず二年間王立学園に通うこと。二つ目は、平民貴族にかかわらずこの国の女性は全員十六歳になる年に『聖女のしき』に参加をすること。『聖女の儀式』とは、ソルト王国の伝説にもとづく伝統だ。


『ソルト王国では聖女が誕生すると国が豊かになると言い伝えられている。聖女の力がかくせいするのは十六歳になる年であると信じられており、この国の女性は十六歳になる年には必ず全員聖なるすいしように手をかざすことが義務付けられている。

 聖女が手をかざした時にだけ、聖なる水晶は七色に光り輝くのである』



 今年十五歳になった私も一つ目の義務である王立学園に通っている。学園にはりようがあるけれど、私は義母とシンシアの強い反対で、自宅であるシルバー公爵家のしきから学園に通うことになった。本当は、あの家からは出て寮に住みたかった。だけど、お父様はそれを許してはくださらなかった。……私がいないと、キース殿でんが訪問してくださらなくなるのではないかとしたシンシアと、サンドバッグがいなくなる義母の必死のうつたえが効いたのよね。それにようせいさん達の情報によると、私がいないと義母のほこさきが自分達に向くかもしれないとおそれている使用人達も、私の寮行きがなくなって喜んでいたらしいわ。……一部の使用人の中には、私に嫌がらせをすることでストレス発散をしている者もいるらしいし……。私って……。自分の存在意義を考え始めると泣きそうになったので、やめましょう。


「マーガレット様は、キース殿下のこんやく者に相応ふさわしくないですわ!」

 学園では、カナン・キーファ公爵令嬢が、ことあるごとにお友達を引き連れて私のもとに苦言をていしにやってきた。入学式の日からずっと大声でこの調子でからまれているので、私はクラスでも完全にれ物あつかいされている。

「カナン様、仕方ないですわ。だってマーガレット様は、ねぇ?」

「えぇ、カナン様と同じ公爵家とはいえ、マーガレット様のお母様はだんしやく家のご出身ですしねぇ?」

「あらぁ? それは、愛人だった方でしょう?」

 うふふふふ、といやらしい笑い声に取り囲まれるのも慣れてしまった。公爵令嬢のカナン様はともかくほかみなさまは、はくしやく家やしやく家の令嬢なのだけれど、私がまったく言い返さないことと、お父様や元愛人の義母かられいぐうされていることはどうやら社交界でも有名らしく、最初はえんりよがちだった嫌みも、今ではスラスラと出てくるようになってしまっていた。

 いままでは、シンシアが一番性格が悪いと思っていたけれど……。私の世間はやっぱりせまかったのね。


(学園もきらいー)

(みんなマーガレットに意地悪するからきらいー)

(学園ごとばくしてやろうか)


 みんと、爆破だけはやめて。


 思わずくすっと笑ってしまったのがカナン様のげきりんれてしまったらしい。

「何が可笑おかしいのですか? ゆっくり聞かせてくださいませ!」

 私はそのまま皆様に囲まれて学園の裏庭に連行されてしまった。今までは、絡まれていても教室や食堂とか人目があったけれど、さすがにだれもいない裏庭はまずいかもしれないわね。池もあるし、もしかして落とされたりしてしまうのかしら。

 私がこんわくしながら、目線をあげると、なんとカナン様達の後ろからキース殿下がこちらに向かっていらっしゃるのが見えた。助けにきてくれたのかしらとうれしく思う反面、キース殿下が出てきたらカナン様達がげつこうしてしまわないか心配だわ。

 ……だけど、そんな私の心配はまったく無用なものだった。


「っ!?」

 なんとキース殿下は確かにこちらに気付いたのに、そのまま見ないふりをして引き返してしまわれた。……私がキース殿下に気付いていたことに、気付かなかったんだわ。


(王子様にげたー)

(やっぱりきらいー助けなきゃよかったー)

(今度こそ量の毒を流し込んでやろうか)


 妖精さん達の言葉も、カナン様達の言葉も頭の上を流れていった。まさかこのじようきようで無視されるなんて。

「聞いているんですの!?」

 上の空の私にしびれを切らしたカナン様が私のかたを押したので、バランスをくずした私はそのまま背後の池に落ちそうになった。……のだけど、不思議な空気に包まれて寸前で体勢を持ち直した。

「きゃーっ!」

「なんですのー?」

 同じタイミングで、とつぜんカナン様達の上から水が降ってきた。水をかぶった彼女達は背を向けてげ出した。


 いっ、今のは?


(あいつらきらいー)

(僕たちのマーガレットに調子乗りすぎー)

(次はあの水にとうがらを混ぜてやろう)


 ありがとう。でも、もうしちゃだめよ。


(なんで?)

(物差しおばさんにも仕返ししたいのにマーガレットがだめって言うのー)

(メジャーでぐるぐるに巻いてやろうか)


 人を傷つけることをしてはだめよ。私はみんながいてくれるだけで十分。たたかれた痛みをいやしてくれることや、池に落ちるのを止めてくれただけで十分。

 お願いだから、人間を傷つける妖精さんにはならないでね。


 不満そうな妖精さん達はそれでも、


(((わかったー)))


 と言ってくれた。

 だけど、逃げたキース殿下の背中を思い出して、私はお母さまがくなって以来のほうにくれた。



「マーガレット。昨日、カナン公爵令嬢達に囲まれていたといううわさを聞いたのだけど、だいじようかい?」

 翌日、何事もなかったかのように心配そうに聞いてきたキース殿下に目眩めまいがした。

 カナン様達はさすがに『マーガレットを池にき落とそうとしたら空から水が降ってきた』ということは誰にも話せなかったようで(多分話したところで誰も信じないだろうけど)、私がカナン様達に取り囲まれてどこかに連れていかれたという噂だけが流れていた。


「キース殿下。ありがとうございます。少しお話をしただけなので問題ありませんわ」

 私の答えに満足したのか、キース殿下はがおになった。

「それなら良かった。何か困ったことがあったらいつでも僕に言ってほしい。僕はいつだってマーガレットの味方だからね」

 その笑顔は、初めて出会った時と全く同じ笑顔だった。あんなにかがやいていると思っていた笑顔だけど、うそをつきながらでもかべられるものだったのね。今はまったく輝いて見えないわ。私だっておう教育で、感情を表に出さないことの必要性は学んでいるけれど、こんやく者なのに、助けることもせず、笑顔で嘘をつくなんて。

 自分の中のキース殿でんへのあこがれのようなものが氷点下まで冷えて、消えていくのを感じた。


 キース殿下が去った後でも、さいしよう息子むすこであるルイス・モーガン伯爵子息はそのままその場に残っていた。彼は、キース殿下の将来の側近候補のお一人なので、他の側近候補のみなさま達といつしよにいつも殿下のお近くにいらっしゃるのよね。

「ルイス様? いかがされましたか?」

「マーガレット様、少しお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「えぇ。もちろんですわ」

「……どうして以前のように笑わないのですか?」

「……えっ?」

「いえ。今のは忘れてください」

「はぁ……」

貴女あなたいやみを言っているれいじよう達を放置されているのはなぜですか?」

「……なぜ、と言われましても……」

「同じこうしやく令嬢であるカナン様はともかく、ほかの令嬢達のことは、立場もわきまえず格上の公爵令嬢にもの申していると、もはや有名になっています。今後の社交界でも話題になってしまうでしょう」

 ルイス様は、一息ついて、眼鏡をくいっと持ち上げた後で、一気にまくし立てた。

「公爵令嬢である貴女には、それを正してやる責任があるのではないですか? 彼女達はこのままでは、まともなとつぎ先など見つかりませんよ? キース殿下にも、もっと寄りったらどうですか? 貴女はいつもどこか上の空で、他人を見下している感じがします」


 ルイス様の言葉は、私の頭に、精神に、ガツーンと来た。


(私、このめがねもきらいー)

(マーガレットにひどいこと言うからきらいー)

(眼鏡を七色に照らしてやろうか)


「……ルイス様は、それをなぜ私だけに言うのですか?」

「……えっ?」

「本来でしたら、彼女達と一緒になって苦言をていしているカナン様に言うべきことですわよね? ルイス様も、私になら何を言っても問題にならない、私の言うことなどシルバー公爵家のだれも相手にしない、と分かっているから、私におっしゃるのですよね?」

「あっ、貴女は何を言っているんだっ!」

「もしもカナン様に、ご友人をなだめろなどと苦言を呈したら、きっと彼女や彼女のご実家であるキーファ公爵家のげきりんれてしまいますものね」

 私の言葉にルイス様は、とてもおどろいた顔をした。

「……僕はただ貴女に……」

 私に? だけど、ルイス様はそこでそのまま言葉を切った。

「いえ。すみませんでした。僕が自分自身を見直します」

 それだけ言い残して、私からはなれていった。


(マーガレットかっこいいー)

(めがねにげてったよー)

(眼鏡の度をいてやろうか)


 パタパタと飛んで喜ぶようせいさん達をしりに、私の頭の中にはルイス様のお言葉がめぐっていた。

 私は確かに他のみなさまから見たら、(脳内で妖精さん達とお話ししていて)いつも上の空なのかもしれない。確かにいつだって何かあったら妖精さん達が助けてくれると心の中で思っていて、どこかで自分は特別だと思っていたかもしれない。


(マーガレットどーしたのー?)

(この調子で物差しおばさんにも仕返しするー?)

(顔中き出物だらけにしてやろうか)


 意識が遠くなりかけた私は、なんとか最後の気力をしぼって妖精さん達をなだめ、義母の顔面が吹き出物でばくはつすることだけはすることができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る