第1章 妖精の愛し子と聖女①

「赤ちゃんの背中に羽が生えててね、ふわふわ飛んでるのー」

 まだ小さかった私が言った時、お母さまはとてもおどろいた顔をした後で、やさしく微笑ほほえんだ。

「それは、ほかの人には見えていないから、だれにも言ってはダメよ」

「誰にも?」


「特別な力は、あなたを守ってくれるとても強い味方にもなるけれど、あなたを利用したり、傷つけたりするきっかけにもなるの。だから、いつか、ようせいいとし子だからではなく、マーガレット自身を見つめて、愛してくれる人が現れるまでは、お母さまとの秘密にしましょう」


 その時はお母さまの言葉の意味がよく分からなかったけれど、お母さまの言葉の通り妖精さん達はいつも私のそばにいてくれる強い味方になった。だから、私はお母さまの言葉をずっと覚えていた。彼らは人の寿じゆみようは変えられないけれど、病気で苦しむお母さまの痛みをさいまでやわらげてくれた。

 十歳の時にお母さまがくなってからも。お母さまが亡くなって一年もしないうちに、お父様が新しい母親と、私と一つしか年のちがわない妹のシンシアを連れて来た時も。義母が、私に優しくしてくれるお母さまがいたころからの使用人を次々と首にしていった時も。義母に、背中を物差しでたたかれるようになっても。シンシアが、「お姉様ばっかりたくさん持っていてずるい」と私の部屋からドレスや宝石を持ち出すようになっても。


 私はずっとずっとお母さまの言葉を覚えているの。


 ●●●


 十三歳になった時に、こうしやくれいじようの私は第一王子であるキース殿でんこんやく者に選ばれた。

「マーガレット・シルバー公爵令嬢」

 初めての顔合わせの席でキース殿下はかがやがおで私の名前を呼んだ。その笑顔が私にはとても輝いて見えて、私は生まれて初めて胸がドキドキした。キース殿下が、お母さまとの約束の人『マーガレット自身を見つめて愛してくれる人』だったら本当にうれしい。私自身を見つめて頂ける様に、これからせいいつぱい努力しなくては、と本当にそう思ったの。


「なんでお姉様なんかが婚約者なの? 私の方が王子様にふさわしいのにー!!」

 ディナーの時に、シンシアはくるっていた。でも、それさえも耳に入ってこないくらい、私はキース殿下の笑顔ばかり思い出していた。

「えぇ、えぇ。マーガレットみたいな可愛かわいげのない子よりも、シンシアの方がよっぽどおう相応ふさわしいですわ!」

「……マーガレットの母親は、オルタナていこくはくしやく家出身だからな」

 お父様の言葉に義母は私をにらみ付けた。物差しで背中をぶたれながら、何度も何度も言われたこと。

「お前の母親のせいで、私とだん様は愛し合っていたのにけつこんが出来なかったのよ! お前の母親は、愛されてもいないのに旦那様にしがみつくみじめな女なのよ!」

 だけど、私は義母のその言葉を疑っている。だってお母さまは、私の前でお父様の話をすることなんて一度もなかったんだもの。

 その最期の時まで、たったの一度さえも。



(王子きてるよー)

(シンシアとおしゃべりしてるよー)

(熱々の紅茶をぶちまけてやろうか)


 キース殿下は、たまに公爵家にご訪問くださるけど、しつやメイド達から、それが私に取り次がれることはなかった。くりいろかみに大きなリボンを頭に着けたくっきー、げ茶色の髪に青いタキシードのしょこら、緑色の髪に緑色のマントのみんと、三人の妖精さん達に教えてもらって、せめて一番まともなドレスを着て、髪を整えて、私はいつもあわててキース殿下のもとに向かった。

「マーガレット。体調はだいじようなのかい?」

「キース殿下。あのっ……ご心配いただきましてありがとうございます」

「お姉様! ご無理なさらずまだお休みになっていた方がいですわ!」

 シンシアは、キース殿下の前では、体調の悪い姉を本当に心配しているかのようなひたむきな顔をして私に話しかける。だけど、キース殿下の見えない角度からは、意地悪そうに口のはしをあげて、私をあざわらっていた。まだ十二歳なのにこんなに性格が悪いだなんて……。私はシンシアの将来をひそかに心配していた。


「マーガレット。美味おいしいかい?」

「はい。ありがとうございます」

 キース殿下は、婚約をしてからまだ間もない時に、私をお茶に招待してくださった。王宮の庭園でのお茶会なのでさすがに私にも新しいドレスと、メイド長がった(とても痛かったけど)髪で参加することが許されたのよね。

「キース様。マカロンもとっても美味しいです!」

 フリフリのピンクのドレスとおそろいのふわふわのピンク色の髪をらして、ニコニコ笑うシンシアを見て私はそっとため息をついた。招待状には、『妹のシンシアも』と書かれていた。それを見た時の義母とシンシアのはしゃぎっぷりと、私へのいやみのあらしといったら……。私が思い出してげんなりしている時だった。


 ガタン!


 とつぜん、キース殿下がたおれた。

「きゃーっ!」

「キースさまぁ!」

 じよ達や、シンシアのさけび声で庭園はおおさわぎになった。

「王宮医をすぐにっ!」

 キース殿下の専属護衛であるハンクス様が、指示を出しながらキース殿下にけ寄った。


(どくだよー)

(王子様の紅茶に毒が入ってたのー)

(シンシアの紅茶にも毒を入れてやろうか)


 のんびりと言った妖精さん達の言葉に私はぎょっとした。


 毒? ねぇ、助けられる?


(いやだー王子様はシンシアとばっかり話してるからきらいー)

(それに死なないよー痛くて苦しいけど死なないよー)

量の毒を追加してやろうか)


 良かった! 死なないのね。でも、あんなに苦しんでるわ。お願い! くっきー、しょこら、みんと!!


 妖精さん達はなかなかうなずいてくれなかったけれど、私が必死にたのんだらしぶしぶキース殿下にほうをかけてくれた。


 キラキラ


 突然キース殿下の体が光に包まれて、まばゆい輝きを放った。


「僕は……」

 輝きが消えるとキース殿下は目を覚ましたけれど、何が起こったか分からずにぼうぜんとしているようだった。

「キースさまぁ! 良かったですぅー!」

 シンシアは、泣きながらキース殿下にすがりついた。キース殿下は、そんなシンシアを見つめた後で、ティースタンドをはさんで(脳内でようせいさんと会話をしていて)ほうけている私に気付いた。

 そして、呆然としたままシンシアと私を何度もこうに見ていた。


 後日判明したことは、キース殿下の弟であり第二王子であるレオナルド様を王太子にしたいという過激派が、キース殿下付きのメイドをおどして紅茶に新種の毒を入れさせていたということだった。新種のその毒には、こう性があり、毒味をした時点では異状が見つからず、殿下が倒れる少し前に毒味係も倒れていたとのことだった。キース殿下は、妖精さん達の魔法のおかげですっかり痛みがひいて、お医者様のしんだんでも問題がなかった。

 そのお茶会での出来事は、毒を飲まされてもかがやく光に包まれて回復した「第一王子の起こしたせき」として、王宮だけでなく、国中で大きな話題になった。


(奇跡じゃなくて私たちのおかげなのにー)

(どうせ死ななかったのにー)

(もう一度毒を仕込んでやろう)


 不満そうにパタパタ飛び回る妖精さん達に私は思わず笑ってしまった。

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