道化師の秘密
@miyu5290
第1話
ー夏樹くん、好きー
いつもなら、言えない気持ち。でも、この時だけなら。
甘くて、でもちょっぴり切なくて悲しい。
雪の毎日の日課は、こうやって人が滅多に来ない屋上前の踊り場で自分の思いを音にのせることだった。天邪鬼な彼女は絶対に人前では自分の想いを言えない。けれど楽器を吹いてる時だけは、自分に素直になることができた。
パチパチパチ
「流石の表現力だね。なんだか柔らかくて、悲しい音だった」
いつのまにか下には陽奈多がいた。
「なんでこんなとこに?」
「さっきそこで告白されて」
「さすが、学年1の美少女はモテモテだねー」
「でも、断ってきた。…好きな人がいるからって」
「えー、初耳。そうだったんだ。で、相手はだれ?」
彼女は恥ずかしそうに髪を弄びながら俯いた。
「夏樹くん。私、夏樹くんが好き。だから彼に告白しようと思って」
「え?」
「夏ぐらいから彼のことが好きで、来年は違うクラスになるかもしれないし、告白、しようかなって」
そう言って、彼女は顔をあげた。
嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ。
私は春からずっと彼のことが好きだった。
「俺は、夏樹。名前は?」
クラスに友達が誰もいなくなった新学期の春に、初めて話しかけてくれた彼。太陽のような笑顔に惹かれ、自分の気持ちを素直に伝えられる所に羨ましさを感じ、気づけば私は彼に恋をしていた。
初恋だった。
だから、たとえ友達でも夏樹くんと付き合うのは嫌だ。
「…もちろん。応援する」
思いとは裏腹に出てきた言葉は結局、作り笑顔で塗り固められた嘘だった。
告白は明日の放課後になり、私は夏樹くんを教室まで連れて行くことになった。
翌日、時は流れるように過ぎて気がつけば放課後になっていた。廊下の先で彼の姿を見つけ、走って呼び止めた。
「夏樹くん、ちょっといい?」
「どうした?」
彼はいつもと同じ笑顔で振り返った。私の好きなあの笑顔で。
き教室に連れて行ったらきっと、この笑顔は陽奈多のものになる。
チクリ、と胸が痛んだ。
いつのまにか日は傾き、夕焼けが廊下を満たしていた。
もし、もしも私がここで想いを伝えたら。
「あのさ、私ね」
「うん」
言うんだ、好きって。ここを逃したら、もうきっと言えなくなる。彼は陽奈多に告白されてしまう。あんな可愛い子に告白されて付き合わない男子はいない。そうなってからじゃ、もう遅いんだから。
「私…」
ブー、ブー
スマホが鳴ってる。
「あ、ごめん」
「大丈夫だよ」
スマホを見るとLINEがきていた。
"まだ?もう、心臓が口から飛び出しそうなんだけどー笑"
陽奈多からだった。
返信せずにスマホをしまう。
「返信しなくて良いの?」
「あー、うん。…なんか部活から呼び出しの連絡だった。私行かなきゃ。あと、教室で陽奈多が呼んでたよ」
早口にそう言って私は走り出した。
走って走って、気がついたら家の近くの公園まで来ていた。
もう日はとっくに沈んで、少し欠けた月が空に浮かんでいる。風がいつもより冷たく感じた。
「…夏樹くん」
涙がこぼれた。悲しくて悔しくて、イラついてムカついて、愛しくて、大好きで、大好きで。
伝えられなかった想いが今更になって溢れてきた。
好き、でした。
誰も知らなかった、私の初恋。
さようなら。
「私、夏樹くんと付き合うことになったんだ」
次の日の朝、満面の笑みで陽奈多が駆け寄ってきた。
「おめでとう、お似合いだよ。とっても」
私は貼り付けた笑顔でそう言った。
「おはよう」
夏樹くんがやってきて、陽奈多の頭の上に手を乗せた。あの笑顔は、今は陽奈多に向けられている。
顔を見合わせた2人は幸せそうにはにかんだ。
「よかったねー、私も嬉しい」
私は今日も道化を演じる。
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