第81話 もう一人の賢者(3)
パチパチと乾いた音を立てて焚き火が揺れ、静寂に包まれた森の奥に大きな影を映す。
倒木に腰掛けた僕は地面に落ちていた小枝を拾い、随分小さくなってきた焚き火に焚べた。
四散したかのように見えた炎がまるで小枝を取り込むように一つに集まり、その姿を少しだけ大きくした。
「なに黄昏れてんだよ。」
テントから出てきたトゥラデルが僕の横に座り、足元にあった枝を器用に、焚き火に蹴り入れた。
「別に、黄昏れてなんてないし。」
焚き火の炎では僕の顔色などわかるはずもなく「黄昏れている」などと形容された僕の表情はトゥラデルの想像上のものでしかないだろう。
「さっきは役立たずなんて言っちまったけどよ、お前も捨てたもんじゃないって俺は思うぜ。」
何だ?トゥラデルにしては珍しく元気づけようとしてるのか?
「新しい賢者が見つかって用無しになったらよ、俺と一緒に世界を回るってのも良いかもしれねぇな。」
パーティを組まない一匹狼であるトゥラデルが誘ってくれるとは珍しい。自惚れではなく、トゥラデルは僕を買ってくれていると思って良いだろう。
学園にも戻れないのだから、トゥラデルの言う通り、各地を回るのも良いのかもしれないな。
「ま、そういう道もあるって事だ。」
そう言ったトゥラデルは軽く手を挙げると、自分のテントに戻っていった。
「今後のことを考えなきゃならない時なのかもな。」
魔術学園に入れたのだって、この賢者という特異的な能力のせいだ。
これ以上は王国に役立つことができるとは到底思えない。自分の役割が終わったのであれば、潔く去るのが自分のためでもあるのだろう。
「パーパ、大丈夫?」
ひどく落ち込んで見えたのか、ポケットから顔を出したリリスが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫、何でもないよ。」
そうだよ。
何でもない、もとに戻るだけなんだ。
それにイフリート加護とベヒモス加護で魔法の力も格段に上がっているから、賢者ということで蔑まれることなく生活を送ることができる。
「何だ、良い事づくめじゃないか。」
それなのに、この喪失感は何なんだろう。
王女達とはもう会うことは無いんだろうな。
テレーズ王女は、不器用で一見怖そうに見えるけどとても優しかった。
シャルロット王女は、本当は甘えん坊なのに、一生懸命王女であろうと頑張っていた。
フローは、とても柔らかい雰囲気なのに誰よりも努力家で、ちょっとドジで、でも変なところで頑固で・・・。
リリスが手を伸ばして僕の頬を撫でてきた。
「お前、慰めてるつもりなのか?」
リリスは何も言わない。小さな手でただ優しく僕の頬を撫でるだけだ。
でも、不思議と心が安らぐような気がした。
「ありがとう、リリス。」
囁くようにお礼の言葉を発すると、リリスは恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに笑顔を浮かべた。
――ガサッ!
突然、後方の闇の中から何かが動くような音がした。
僕は弾かれたように立ち上がると、右手で剣を抜き、音がした方に切先を向けて注意深く辺りを観察する。
胸ポケットに入っているリリスも、僕に倣い目を凝らしている。
静寂に包まれた森の中には人の気配は感じられないが「何かがいる」と僕の中の何かが声を上げる。
「皆を起こすべきか?」
テントの方に目をやるが、トゥラデル、アクアディール共に起きてくる気配は感じられない。
しかし妙な気配だ。
人の気配ではないようだが、獣や魔物のそれとも違う。
「気配はするのに、何もいない感じ」とでも表現するのが的確だろうか。
「パパ、大丈夫。あれはシェイド。」
「シェイド?」
僕はオウム返しにリリスに尋ねた。
「シェイドは闇の精霊。私に挨拶しに来たみたい。」
闇の精霊がリリスに挨拶?
「何で闇の精霊はリリスに挨拶するの?」
僕の問の意図が理解できなかったのか、リリスはきょとんとした顔で僕を見上げた。
「何でって・・・そういうものだから。」
理由は分からないが、闇の精霊が挨拶に来ることは、リリスにとって当たり前のことのようだ。
心なしか空気が軽くなり、先ほどまで漆黒の闇を纏っていた森は仄かな月明かりに照らされて、僅かではあるが視界が開けたように感じる。
「いなくなっちゃった。パパに宜しくって。」
リリスは僕の魔力の他に、魔界に漂う多くの闇の魔力を取り込んでいる。
想像の域を出ないが、リリスの取り込んた闇の魔力がシェイドを引き付けているのかもしれない。
そうなれば、今後も野営の時にシェイドが現れることがあるだろう。
闇の精霊については解明されていることが極端に少なから、いくらリリスが大丈夫って言っても気を緩めるわけにはいかないな。
僕は深呼吸を一回して剣を握りしめると、先ほどまで座っていた丸太にゆっくりと腰を下ろした。
周囲の気配を注意深く観察しながら。
賢者というのは強いんじゃなかったのか?! 要 @kan65390099
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。賢者というのは強いんじゃなかったのか?!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます