第80話 もう一人の賢者(2)
『強大な魔が生まれ世界が混沌の渦に巻き込まれる時、光と闇の術士、魔神、そして一対の賢者が地上に降り立ち世界を救うだろう。』
これはフローが持ってきた本に記されていた一節。
そして賢者の記述はさらに続く。
『賢者とは魔神の導き手である。自らに宿した精霊を触媒に上位精霊を呼び出し、魔神の力を引き出す者なり。』
「一対の・・・賢者・・・。」
予想だにしなかった書物の一節に僕は驚きのあまり言葉を失った。
「つまり賢者ってのは二人いて、嬢ちゃんに試練を受けさせる存在だってことか?」
トゥラデルが「よく分からん」と言いながら後頭部をガリガリと掻いて僕の正面に座り直した。
「トゥラデルさんの言う通りです。賢者は一対、つまり二人いて、もう一人の賢者の加護は恐らく『水』、『風』、そして『光』ということになるでしょう。」
そして僕ではない方の賢者が、フローに風と水の精霊の試練を受けさせる役割を担っているということか。
「しかし現時点で確認されている賢者はロゼライト一人です。確認漏れという事でしょうか?」
アクアディールは「信じられない」という表情をこちら見せた。
3人の王女が生まれてからしばらくの間、王都軍は血眼のようになって賢者の存在を探した。国内をくまなく探した結果、発見されたのが僕だったというわけだ。
その時の話は少なからず聞いていることだろう。軍の優秀さを身をもって知っているアクアディールが信じられないというのも納得できる。
「まだ生まれてないって事もあるぜ。何百年も無かったことだ。多少は出生がずれることもあるだろ?」
アクアディールの言葉にトゥラデルが続く。トゥラデルはさらに「その本だって眉唾物だがな」と付け加えた。
「そうですね。」
せっかく持ってきた本を眉唾物と言われたフローは心中穏やかでは無いだろうが、フローは落ち着いてトゥラデルの方へ向きを変える。
「この本の記している通りなら、ロゼライトだけでは風と水の上位精霊が呼び出せないため、姫様に試練を受けさせることはできませんね。」
そうなのだ。
自分の加護と対応する上位精霊を呼び出すことが賢者の役割と言うなら、僕は風と水の上位精霊を呼び出すことはできない。
それどころか・・・。
「っつーことは、ロゼライトはもう役立たずって事だな。」
おい、トゥラデル!僕が考えないようにしていた事を遠慮せずに言うな!
「トゥラデル、私が言おうとしてやめた言葉を言うのはやめろ。」
アクアディールさん、それフォローになってないですから!
「そ、そんなこと無いです。ロゼライトさんは上位精霊を呼び出せなくたって、十分力になってくれてます。」
やっぱりフローは僕の味方だ。
「ほほぅ、例えばどうやって?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらトゥラデルがフローに顔を近づけた。
「えっと、戦いになったときは・・・。」
「俺が中心となって戦う。」
「私の護衛は・・・。」
「アクアディールの専売特許だな。」
困ったフローが横目でこちらに助けを求めてくるが、どうやっても助け舟を出せそうにない。
「えっと・・・ロゼライトさんは私の癒しに・・・。」
フローの言葉を聞いた途端にトゥラデルは吹き出し、アクアディールは笑いをこらえてうずくまった。
いや、良いですよ癒し担当でも。
ふたりとパーティーを組んだイフリートの試練では、あまり役に立たなかったのも事実だし。
それでもフローの認識だけは少し改めたいと思う。
「お客さん、盛り上がってるとこ悪いが緊急事態だ。盗賊に囲まれた。」
青い顔をした御者のおじさんが荷台に振り返って叫んだ。
「そんな。こんなに王都の近郊で盗賊なんて・・・。」
街道は定期的な王都軍の巡回があり、他の土地に比べたら治安は良い。しかし、こういった輩はゼロにはできないものだ。
「王族は頑張ってると想うが、これが現実だ。癒し系、出るぞ。」
「癒し系って言うな!」
僕はトゥラデルの後に続くように馬車から降りると、右手に大地の剣を生成し肩に担いだ。
剣身が肩に喰い込む。
この重い剣は筋力を強化しなければ満足に振ることもできないだろう。
「身近で見ると迫力あるな。」
トゥラデルは「俺には振れねぇな」と口ずさみ腰に差していた長剣をゆっくりと引き抜いた。
「大人しく荷物を置いてけば命だけは助けてやるぜ。」
使い古された定番の台詞を吐いたのは、盗賊団のリーダーと思しき男。
「トゥラデル、ここは僕にやらせてもらえないか?いつまでも役立たずじゃないことを証明してみせるよ。」
フローにまで癒し系とか言われるようじゃ男が廃る。ここは一人で討伐して、僕だって強くなっているってことを見せたい。
「言うようになったじやねぇか。良いぜ、存分に暴れな。」
トゥラデルが一歩引いて長剣を鞘に戻したのを確認した僕は一歩前に出た。
こちらの出方を律儀に待っていた盗賊達がそれぞれの武器を構え、僕達を囲むように間合いを詰める。
「作戦会議は済んだかい、そろそろ行かせてもら・・・。」
「風よ、切り刻め!」
直後、アクアディールの声が高々と響き渡った。
つむじ風を起こしながら真空の刃が舞い、盗賊達を次々に飲み込んでいく。
「ひ、卑怯だぞ!」
盗賊のリーダーが僕達を非難するが、その言葉はお門違い。何しろ僕達も寝耳に水なのだから。
「何を遊んでいる。さっさと馬車に戻るぞ。」
一瞬で盗賊団を撃退したアクアディールが親指で馬車を指さし、僕達に荷台に乗るように指示する。
アクアディールを横目で見たトゥラデルが「あいつ盗賊団以上に空気読めないな」と呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます