【第零飴:飴売りのモノローグ】

ただの独り善がりですが


「――いかがでしたか? いや~~これだけ幸せになってくれて、彼もさぞかし喜んでいることでしょう。え、彼が誰かって?? またまた~ご冗談を。浪川透夜に決まっているじゃありませんか」



 飴色の髪を掻き上げて、少年は続ける。何もない真っ暗な空間で。



「まあ彼とは少々縁がありましてね……直接お会いしたことはないのですけれども、非常に慈愛に満ちたお方ですよねえ。私にはと・て・も、真似できません。ええ、私、商売人ですから~~」



 少年は海色の全てを見透かした瞳で、こちらをじっと見つめている。



「…………あれ、おかしいですねえ。私、あなたに申しているのですよ? この画面の向こうにいるあなたに」



 ふぅっとやれやれとばかりに少年はため息を吐いて、肩を上下させた。その仕草は子どもの容姿を持つ彼には似つかわしくない。



「私が彼らに手を差し伸べたのは彼の意思があったからですが……あなた方にも是非聞いていただきたいことがあります」



 突然彼は神妙な面持ちに切り替えて、またじっとこちらを見据えている。



「この世の中には自身の心の在処を理解できず、苦しんでおられる方が大勢いらっしゃいます。甚だ嘆かわしいことです、ええ本当に。ですから私飴売りは、いつでもあなたさまのご来店をお待ちしております。呼び掛けるだけで構いません。現実で時間がないのであれば、夢の中へ出張サービス致しましょう。手を尽くして、あなたの元へ参ります」



 だからどうか、と少年は命を乞うような涙もろい声で叫ぶ。



「…………生きていればいつか幸せになれるなんて、命あるだけで幸せだなんて詭弁は言いません。でもどうか、生きていてください。そうすれば、私は手を差し伸べられる。心の種も飴も、そのために存在するのですから」



 ひゅぅっと風を切るような音を立てながら、少年は捲し立てる。



「絶望してそれでもなんとか生きて、『生きたい』と思ったことに絶望したのなら、真っ先に私を頼ってください。心が悴み、息の根を止めてしまう前に」



 あなたが生きられると言うなら、私は何度だって逢いに行きますから、と。



 飴売りの少年は、今日も誰かの願いを叶える飴を売り歩いている。




 ――もし、あなたが種に願うのだとしたらそれは…………。

 あなたが生きたがっている証拠です。


 無理に願いを叶えようとしなくたっていいのです。ただ思うまにまに願って、願い続けてください。

 その限りはあなたが生きていられるから。


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囚われseedよ、希え 碧瀬空 @minaduki_51

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