痛くしないでフェブリクちゃん!

タカテン

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 徹夜明けの朝方に感じた足の親指の鈍い痛みが、ひと眠りした昼過ぎには激痛になっていた。

 

「痛い痛い痛い! 何か知らんけど絶対骨折してるわ、これ!」


 あまりの痛さに救急車を呼ぶ。駆けつけてくれた救急隊員の方に「全然身に覚えはないんですけど、骨折したようです」と伝えた。車が行き交う騒がしい街を、俺を乗せた救急車がサイレンを鳴らしてかっ飛ばす。

 急げ、急いでくれ救急車! 俺は骨折だと思うけど、もしかしたらもっと深刻な大病かもしれないのだから!

 

「痛風ですね」


 担架で運び込まれた病院でレントゲンを撮り、採血をされ、待たされること約1時間。

 全く引かぬ痛みに色々と怖い想像を巡らす俺へ、お医者さんはそう言った。

 

「痛風? 骨折の一種ですか?」

「いえ、骨は折れてません。痛風とは血液中の尿酸が増えて結晶化し、毛細血管に詰まって痛みを起こす病気のことです」


 なんと骨折じゃなかったのか!

 

「それで、あの……どれぐらいで治るんですか?」

「残念ながら治りません」

「ええっ! そんな! この痛みが一生続くんですか!?」

「いえ、痛みはせいぜい2,3日もすれば収まります。薬で緩和することも出来ます。が、一度痛風になった人は完治せず、尿酸をコントロールする薬を一生飲んでもらう事になります」


 なんだ、脅かすなよ。てっきりずっと痛いのかと思ったじゃないか。

 その後もお医者さんが色々と痛風について説明してくれるが、何かと面倒くさそうだった。

 ああ、もう。こっちは痛みさえ引いてくれたらいいんだってば。早く痛み止めの薬を貰って帰りたい……。

 

「……というわけで、痛風の薬は発作が収まってたら毎日飲み続けてください」

「はい、分かりました」

「いえ、あなたは全然分かっていない!」


 突然、お医者さんがキレた。

 

「あなたもどうせ痛みさえ引いたらあとはどうでもいいと思っているんだ!」

「いえ、別にそんなことは(ありますけど……)」

「痛風患者はみんなそうだ! 喉元過ぎたらなんとやらで、痛みが無くなったら薬なんか速攻で忘れる! それでまた発作が起きても痛み止めがあるから大丈夫とか考えているんだ!」

「ちょ、先生、落ち着いて」

「で、痛み止めが無くなったらまた医者に泣きついてくる! ふざけるな! 自分の身体だぞ、ちゃんと自分で面倒を見ろ! 困った時だけ僕たちに頼るんじゃないッ!」

「わ、分かりました。分かりましたから! ちゃんと薬飲み続けますから!」

「薬だけじゃない! ちゃんと日頃の食生活や運動も見直して健康改善しろっ!」

「分かりましたッ!!」


 思わず俺も大声で答える。一体なんなんだ、この先生?

 

「そうですか。ならば結構。それではお薬をお出ししましょう」


 しかもこれまた唐突に冷静モードへ戻るし。

 

 と、その時、診察室に置かれた衝立の向こうから可愛らしい生き物がひょっこり顔を出した。

 わーい、幼女たん! 幼女たんだ!

 大きなおめめに、ぷにぷにほっぺ。ポニーテールにした長い髪をゆらゆら揺らしながら、こっちを興味深そうに見ているぞ!

 可愛いなぁ。先生の娘さんかな?

 

「さ、こっちへ来なさい」


 先生に呼ばれてとてとてと歩いてやってくる様、とてもカワユス。

 俺の顔を見てニマーと綻ぶその笑顔、まさにプライスレス。


 いいなぁ、お持ち帰りぃしたい。

 

「で、先生、この子はいったい?」

「紹介しましょう。あなたのお薬・フェブリクちゃんです」

「へ?」


 一瞬何を言われたのか理解出来なかった俺に、幼女が元気よく答える。

 

「フェブリクです! 今日からよろしくお願いするのです、ご主人たま!」




 もともと身体は健康な方で、病院なんて子供の頃に風邪をこじらした時以来だった。

 だからまぁ色々と知らないことがある。

 

「ふぅ」


 病院の売店で買った水で、貰ったばかりの痛み止めを飲み込む。そうか、最近は診断と同時にその場で薬を貰えるのか。知らなかったなぁ(注:もらえません)。

 それに。

 

「じー」

「…………」

「じー」

「…………えっと、フェブリクちゃんも水飲む?」

「フェブリク、こっちのジュースを飲んでみたいのです!」


 知らなかったなぁ、最近の薬はロボットな上にジュースまで飲みたがるのか……。

 俺は言われるがままジュースを買い与える。

 フェブリクちゃんが一生懸命にプルタブを引っ張り上げて、しばらくクンクンと匂いを嗅いだ後にゴクリと一口分飲み込んだ。

 

 にぱー。

 

 途端に至高の笑顔が花咲く。続いて無我夢中で飲み続けるその姿は、なるほど癒し効果抜群だ。

 先生曰く、フェブリクちゃんは毎日飲まなきゃいけない薬を必ず飲ませるのを目的に開発された自律思考型ロボットだと説明された。

 それだけ聞くとまるで駄菓子のペッツみたいな感じだが、見た目や思考的にはまさしく幼女たん。この子とこれから生活を共にするとは何だかいまだに実感が湧かない。

 

「とりあえず帰るか」


 足の親指はまだ痛いが、骨折じゃないと分かった今は歩けないほどではない。


「行くよ、フェブリクちゃん」


 声をかけるとフェブリクちゃんが手を繋いでくれた。支えてくれる……わけではないが、これはこれで頑張れるからやっぱり効果抜群だ。

 

 タクシーを拾って病院を後にする。

 車内ではフェブリクちゃんが珍しそうに外の景色を眺めていた。

 その間に俺は担当に連絡を入れる。あ、こう見えて俺、実は人気ラノベ作家です。最近はアニメ化も決まり、ここのところは頻繁に担当さんとお祝いで豪遊してました。←痛風の原因

 

『あちゃー。じゃあ今夜は僕ひとりでキャバクラ行ってきます。勿論経費で』


 すかさず返ってきた担当からの返信に苦笑いする。と、フェブリクちゃんが「ご主人たま!」と声をかけてきた。

 

「ご主人たま、アレはなんですか?」

「ん? ああ、ブランコか。知らない?」

「フェブリク、知らないです」

「そうか……あ、運転手さん、止めてください。降ります」


 家にはまだまだあるものの、タクシーを降りた。あの運転手、『ご主人たま』って言葉を聞いてぎょっとしてたな。確かに呼び方は変えてもわらないとやばそうだ。

 ま、それはともかく。

 

「わー!」


 タクシーを降りるやいなや公園へとダッシュし、ブランコによじり登るフェブリクちゃんの姿に自然と頬が緩んだ。


「ご主人たま、これどうやるですか?」

「そこに座って左右の鎖を握るんだ。あとは身体を揺らして動かす」


 本当は俺が後ろから押してやった方がいいんだろうけど、足が痛いからベンチに腰掛けて指示を出した。

 フェブリクちゃんはしばらく勝手が分からなかったものの、試行錯誤しているうちにやがてブランコが動き出す。

 

「わっ! わっ! 動いたですよ、ご主人たま!」


 大感激するフェブリクちゃんがどんどんブランコを加速させていく。

 

「危ないからあまり勢いをつけるなよー。それから手は絶対に離すな!」

「分かったですよー、ご主人たまー」 

 

 ホントに分かってるのかな。ちょっとハラハラする。

 ただ、見ているうちに自分も子供の頃はあんなだったなと思い出す。そして見守ってくれていた親もこんな気持ちだったのかなと思いを馳せた。

 ブランコを存分に堪能したフェブリクちゃんが目を輝かせながら次は滑り台に登り、それも飽きたら今度は砂場遊びに興じる。

 それをぼんやりと眺めるのは、なんというか、幸せだった。

 

 

 

「あれ?」


 次第に日が傾き始めたのでそろそろ帰ろうとベンチから立ち上がった俺は、すっかり痛みがなくなっていることに気付いた。

 痛み止めが効いたのか、それともこれぞフェブリクちゃんパワーなのか。とにかくありがたいことだ。

 

「そうだ! フェブリクちゃん、薬!」


 痛みが無くなったら飲めと言われてたのを思い出して、俺はフェブリクちゃんを呼び寄せる。

 

「薬を飲むですか、ご主人たま?」

「うん、出して」

「分かったのです。じゃあちょっと屈んでほしいのです」


 言われた通り腰を少し落とす。すると。

 

 むちゅー。

 

 突然フェブリクちゃんが俺の唇にキスしてきた!

 

「わ、一体何をするんだ、フェブリクちゃん!?」

「え? だからお薬ですよー。こうやって口渡しするです」

「マジでペッツ的発想かよ!」


 思わずツッコミを入れる。が、なるほど、確かにこれなら毎日薬を飲むわな。悔しいがナイスアイデアだと思う。

 

「さて帰るか」

「健康のため、歩いて帰るですよ、ご主人たま」

「家まで結構遠いぞ。俺は大丈夫だけど、フェブリクちゃんはどうかな?」

「ご主人たまも頑張るのだから、フェブリクも頑張るのです!」


 おお、頼もしいな、それは。

 俺たちは手を繋いで歩き出した。家までは一時間以上はかかる。だけど歩きながらフェブリクちゃんと色々と話したいことが俺にはあるんだ。

 

 例えばそう、まずは俺の呼び方とかな。

 

 

 

 次の日。


「痛ててててて!」


 起きたらまた足の親指が痛かった。

 

「なんで!? 痛風発作が収まったんじゃなかったのか!?」


 混乱する俺に、フェブリクちゃんが起きたばかりでまだ眠そうな目をごしごししながら言う。

 

「むー、どうやらまだ発作が収まってなかったみたいなのです。フェブリク、実は発作中に飲むともっと痛くなっちゃうですよ」

「それ、先に言ってよ、フェブリクちゃん!」

「とりあえず痛み止めのお薬さんを取ってくるです」


 フェブリクちゃんがベッドからぴょんと飛び降りて、薬を取りに行こうとする。

 が、次の瞬間、振り返って。

 

「あ、おはようございますなのです、お父さん」


 昨日教えた新しい呼び名で俺に挨拶するのだった。

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