彼女が幸せになる為の方法

生田 内視郎

彼女が幸せになる為の方法

雨で土がぬかるみ思うように作業が進まない

視界も悪く、スコップを持つ手はかじかみ、足は踏ん張りが効かない


「いい加減泣いて無いで手伝ってよ

誰のせいでこんなことする羽目になったと思ってんの」

車内で死体に被さりべそをかき続ける彼女を糾弾するが、土砂降りの雨で声が掻き消されるせいか彼女はピクリとも動こうとしない

しかし、今日がこの大雨で幸いだった

お陰でこんな山道にわざわざ足を運ぼうとする人はいない

遠くでは雷が聞こえる

どうしてこんなことになってしまったのか

私は穴を掘りながら、ひたすら今日一日の出来事を反芻していた──


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


彼女から連絡があったのは昼休憩に喫煙室に入ってすぐのことだった


「どうしたの、久し振りじゃん」

『今度結婚するって聞いたから。

おめでとう、まさかゆめちゃんが男の人と結婚するなんて思わなかった』

「ちょっと、何それ」

『ごめんごめん、冗談だよ』

タハハ、とひなの取り繕う笑い声が聞こえる


「急に連絡取れなくなったから心配してたのよ

ひな、アンタ今どこで何やってんのよ

ちゃんとご飯食べてる?」

『食べてるよ〜、相変わらずお母さんみたいだね

ゆめちゃんは』

ふにゃふにゃした妙に甘ったるい猫撫で声は昔と

ちっとも変わらない


「アンタいつもふらふらしてるから心配なのよ

まだ男引っ掛けて遊んでんの?」

ひなは昔から男に良くモテる

顔がいいのは勿論だが、隙だらけでおつむが弱そうな所が男の自尊心をくすぐるのか

彼女と二言三言言葉を交わした男は例外無く、

皆彼女の虜になる


「いい加減にしないとその内刺されるわよ」

彼女も彼女で、そんな男共を彼女や妻がいようがお構いなく籠絡しては弄び、飽いては捨てるを繰り返していた


『今はもう落ち着いてるよ、彼氏も一人だけだし。ね、良かったら今夜にでも会えないかな?

ゆめちゃんの旦那さん紹介して欲しいな』

煙草の煙を肺一杯に満たし、一拍置いて大きく吐き出す


「絶対嫌、どうせ会って誘惑するつもりでしょ」

『そんなことしないよ〜、私達親友じゃん』


どの口がそんなこと言うのか

散々私に気を持たせて、かと思えば急に男を連れてきて見せびらかしてはある日突然消えてしまう、

そんな人間を久し振りによこした電話一本で信用する方がどうかしている


『いいじゃん会おうよ〜、じゃあ私の彼氏を紹介するんでも良いから』

──悪いけど、私はもうアンタのこと興味ないの

お願いだからもう構わないで

口に出そうとしたのに、胸に煙が詰まり音に変換して出てこない


そんな餌に釣られた鯉のようにパクパクと口だけ動かす私をどこかで見ているのか、電話口からクスリと笑いが漏れた。


『凄いんだよ、私の今の彼。IT企業の社長さんで元はエンジニアだったんだけど、独立して3年で業界シェアトップになってさ、年商聞いたら…』

ひなの口からペラペラと似つかわしくない言葉が溢れ出す

どうせその男から聞いた口説き文句を、よく意味も分からず反芻しているだけだろう


だが、私は聞いてるうちにその彼氏自慢をあーはいはい、と受け流すことが出来なくなってしまっていた


何故なら、ひながこれまで話したその彼の経歴が私の婚約者の経歴と全く一緒だったからである

「…あのさ、ひな」

私は怖くなり、ひなの話を遮る


が、彼女は電話相手を無視して話を続けた

『その人名前が永田秀樹って言うんだけど大学が

ゆめちゃんと一緒でさ、年齢も同じだし会ったことあるかなと思って聞いたけど知らなーいって、


酷いよね


婚約者の名前も覚えてないだなんて』


背筋が凍った

手足は氷水に当てられたかのように冷たいのに、頭だけがやたら熱く感じる


『これからね、彼とラブホデートなんだ。

場所は赤坂の〇〇ホテルって言うんだけど、あ、番号は501号室ね。良かったらゆめちゃんも来て、

あそこ裏口壊れて自由に入れるから。

ゆめちゃんが来るって伝えてないから、きっと

彼びっくりするよ』

じゃあね、キシシシ、と無邪気な声で電話が切られた


──頭がおかしくなりそうだった


頭に血が昇り、仕事も放り出して殺意だけで言われた場所まで車を走らせた

だがラブホの裏口で路駐し階段を駆け上がった所で、もしかしたらひなの悪戯の可能性はないか

とふと考えが頭をよぎった


そうだ、思えば、彼女は昔からこんなタチの悪い冗談を繰り返す子だった

もしかしたら、なんて思いで、ゆっくりと静かに部屋のドアを開ける


裸の彼とひながベッドの上で喘いでいた

ここまで来る間に冷め切っていたはずの頭に再び

火がつき、気がつけば鞄の紐で彼を絞め殺していた


そこからはよく覚えていない

気付けば、助手席にひなを、後ろに死体を乗せ

車を走らせていた


途中ホームセンターに寄り、必要になりそうな物を買ってここから近くの峠道を再び走る

この時点で、もう警察に連絡しようという気はとっくに消え失せていた。


会社に具合が悪くなり早退したと電話で告げ、

後は死体をどこに隠すか、車窓を必死に覗き込み

舐めるように人気のない獣道を探し回った──


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


なんとか野生動物に掘り返されないだろうと思える程の深い穴を掘り終える


車内でブルーシートに包んだ死体の全ての体毛を

剃り、爪を剥ぎ、歯を抜き、指紋を削り取った

死体を穴に放り、酸性肥料と有機バクテリアを

かけ、その上からまた掘った土をかけていく


作業しながら、自分の手際の良さに自分で驚く

何故私は自身の婚約者を殺したにも関わらず、

こんなにも冷静沈着でいられるのか


無言で作業を手伝う彼女を見た


そうだ、彼女のせいだ

あの頃は、ひなの連れて来る男共をどうやって殺してやろうか、毎日そればかり考えていた

ネットで調べたり、夢の中で何度もイメージトレーニングを重ねた

今はまるであの頃妄想していた状況そっくりだ


夢の続きでは、彼氏という寄り処を無くしたひなが泣きながら私に縋り付き、そんな彼女を献身的に支える私の姿にやがて二人は真実の愛に気付いて晴れて結ばれる、という筋書きだった


今はどうか


殺したのは確かにひなの彼氏だが、その男は私の

婚約者でもあった

その後は二人で死体を隠蔽し、共犯となり、一生

人に言えない秘密を抱え合った


あの時想像した状況よりも、今の方がよっぽど危険で固い絆が結ばれているではないか


やばい、人を殺したせいできっと私はどこかおかしくなってしまった


死体の前で彼の死を悼むフリをしながら、

心の中ではこれからの二人を想像し、ニヤニヤと

口角が吊り上がるのを抑え切れずにいた


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎


まさか彼が殺されるとは思わなくてビックリした

てっきり殺されるのは私だとばかり思っていたし、そうなることを望んでもいたから


あの頃は貴方の気を引きたくて、いつもどうでもいい彼氏を作っては見せびらかしに行き嫉妬を煽っていたね

本当はずっと貴方が手を引いてくれるのを待ってたんだよ


でも結局最後までそうはならなかった

貴方に私の本当の気持ちを伝えれば泣いて喜んでくれてただろうし、二人は晴れて結ばれていたでしょう


そしてきっとすぐに二人は別れていた

原因はゆめちゃんに意気地が無いから


女性同士の恋愛を周りに反対され、常識人で打たれ弱いゆめちゃんは、きっと耐えられなくなって私に別れを切り出してた


分かるよ、だって私がどんなに誘っても、ゆめちゃんから手を出すことなんて一度もなかったもの


だから、離れたの

手に入れて壊してしまうくらいなら、いっそ遠くから眺めてた方がいいって…


でも、違ったね

風の噂で貴方が結婚するって聞いて、心の中がぐちゃぐちゃになってどうしようも無くなってしまった


だから、こんなに辛い思いをするならいっそ貴方に殺されたいって、そう思った


そうして、どんな感情でもゆめちゃんの心の中に一生残ることが出来ればそれが私にとって一番の幸せだと、そう思ったのに


ホテルに現れたゆめちゃんは、まるで王子様みたいだったね

そうして、初めて私の手を引いてくれた


これで貴方と一生離れられない秘密が出来た

ありがとう、婚約者さん

貴方のお陰です


私は泣きながら彼の骸に縋り、ひたすら感謝の意を唱えた


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎


僕と彼女が出会ったのは、ひなちゃんが居なくなって彼女が精神的にどん底にいた時だった

前々から可愛いと思っていてずっと声をかけたかったけど、傍目から見ても彼女がひなちゃんに恋をしているのが分かって、ずっと声をかけられずにいた


だけど、ひなちゃんが居なくなって彼女には心に

ぽっかりと穴が空いてしまった

その穴をなんとか埋めてあげたくて、しつこくデートに誘い、何度も付き合ってくれと懇願した

やがて彼女も僕の熱意に根負けしてくれ、

晴れて二人はカップルとなった。


お互い最初はぎこちなかったけど、段々と自然な笑顔を見せてくれるようになった


だけど、やはりどこかで無理をしていたのだろう

彼女は日に日に煙草の本数が増え、眠る為に薬を

多用するようになった


そんな傷ついていく彼女を見ていられなくて、プロポーズをし、半ば強引に彼女にひなちゃんを忘れて変わるよう迫った。


彼女は泣いて喜んでくれた

これで一安心だと思ったのも束の間、気付けばまたいつも暗い影が落ちていた


昔からいつも同じことばかり考えている

どうすれば彼女を本当の笑顔に出来るのか

彼女を幸せに出来るのか


ひなちゃんに再び出会ったのは丁度そんな時だった


今、僕の死体には土がかけられている

ゆめは顔を覆い、泣きながらどこか笑っているようだった


それを見て今度こそ安心する

僕自身が彼女を笑顔に出来なかったのは残念だけど、彼女を幸せにする為の僕の決断は間違いじゃなかった


この日の為に、ひなちゃんと会っていた痕跡は全て消しておき僕自身は一週間前から海外出張に行っているというアリバイ工作をしてある

警察に疑われても、すぐ彼女に手が及ぶことは無いだろう


さて、これで僕が君の為に出来ることは全てやり終えた

もうすぐお迎えの時間だ


これから君はきっとひなちゃんと夢のような日々を送るのだろうけど、出来れば、僕のことを心の奥隅にでも留めておいてくれたら嬉しいな


さよなら、愛しい人 どうか末長くお幸せに

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