声を繋ぎ、口をつぐむ

lager

お題「尊い」

『本日未明、K市K区で40代の男性が倒れているのが見つかり、その後死亡が確認されました』


『今日午前9時、マンションの駐車場で人が倒れていると消防に通報がありました。倒れていたのは住所不定、無職の43歳の男性で、救急車での搬送中に死亡が確認されました。

 捜査関係者によりますと、男性は昨夜駅前の飲食店にて男性客と口論になっていたとのことです。

 また、マンションの屋上にはフェンスの壊れたような跡があり、男性の死亡との関係も慎重に調べています』


『昨日、K市内のマンションの駐車場で倒れているところを発見され、その後死亡が確認された男性ですが、10年前、強盗の疑いによって逮捕され、懲役7年の実刑判決を受けていたことが、捜査関係者への取材で分かりました。

 今回死亡が確認されたのは、芝浦甚吉氏、43歳です。芝浦氏は、10年前の12月3日、K市内のコンビニに刃物を持って押し入り、店員を脅して金銭を奪い取ったところ、店員に防犯用塗料を投げつけられたことで逃走。その後逮捕、起訴されました。

 芝浦氏は以前より暴力団関係者との関りがあったとみられており、今回、何らかのトラブルに巻き込まれた疑いもあるとして、慎重に捜査が進められています』




「ねえ、聞いた? この前ウチのマンションで男の人が死んでたって話、あれ、私の従妹の同級生だったらしいのよ」

「あら、そうなの。びっくりしたわよねぇ。急にパトカーいっぱい来てたと思ったらテレビ局の車まで来て」

「ホント迷惑よねえ! 向こうのスーパー行くのに駐車場の裏抜けていくのが一番早いのに封鎖されちゃってさ!」

「でね。こないだ話聞いたんだけどね。同級生って言ってもほとんど話したこともないらしいんだけど、その人、中学の頃からろくに学校も行かないで警察のお世話になりっぱなしだったっていうのよ」

「ヤーサン繋がりだっていうんでしょ? 怖いわよねえ」

「子供になんて言って説明しようかしら」




『自殺未遂の少女を救った!? 強盗男の意外な真実』


「はい。間違いありません。私はあの日の前の夜、芝浦さんと飲み屋で会っていました。

「いえ。知り合いではありませんでした。偶然隣の卓にいたもので、話を少し……。ええ、初対面でした。大分お酒は進んでいたようでしたが、お恥ずかしながら、私も少々……。

「そうなんです。つい、本当に、なんでそんな話をしてしまったのか。私の娘が、登校拒否で家に引き籠っていると。

「彼は、『それは良くないことだ』と。ええ。そう言っていました。『子供というのは学校に行くものだ。でないと、俺みたいになってしまう』と。

「今思えば、彼なりにこちらのことを想って言ってくれたことだったのでしょう。けど、その時の私はつい、かっとなって。人の家庭の事情に口を出さないでもらいたい、と。はい。本当にお恥ずかしい話です。そもそも話題に出したのは私のほうなのに……」


「私は、取り返しのつかないことをしてしまったんです。その日の晩、家に帰って、相変わらず部屋から出ようとしない娘に、その、少々きつい物言いを……。いえ、誤魔化すのはよしましょう。怒鳴りました。ええ。完全に、八つ当たりでした。行きずりの、身なりも汚い、チンピラのような男に諭されたことが、私には耐えがたかったんです。

「娘はその翌朝、マンションの屋上に……。

「……ああ。本当に、私はなんということをしてしまったのか。娘は飛び降りるつもりでした。フェンスを越え、靴を脱いでいたそうです。

「そして。……そうです。そして、彼がそれに気づいたのです。

「芝浦さんです。何故その場に彼が居合わせたのかは分かりません。ただ、彼はマンションの屋上に立つ私の娘を見て、止めなければと思ったのでしょう。すぐに屋上にかけつけ、娘に声をかけました。


「そうです。……これは全て、娘から聞いた話です。

「彼は娘を説得してくれました。何を言われたのか、娘自身ももうよく覚えていないそうです。それでも、彼が息を切らして屋上にかけつけ、必死に自分の飛び降りを止めようと懸命に言葉をかけてくれたことだけは確かです。

「彼は、娘をフェンスの外から抱え、中へと運んでくれました。

「そうです。彼は、私の娘を救ってくれたんです。

「命の恩人なんです。

「なのに。

「ああ。

「フェンスが、老朽化していて。

「どうして彼が。足を踏み外して……」



『強盗の罪を犯して逮捕され、懲役を終えて退所していた男が、自らの命を犠牲に一人の少女の命を救った。

 彼女の父親からの証言により発覚したこの衝撃の事実を、あなたはどう受け止めるだろう。彼はお世辞にも善良な人間ではなかった。中学時代より補導を繰り返し、高校は中退、その後も特定の職につくこともなく、ついには犯罪を起こして社会の枠から外れた。

 そんな彼が最期にしたことは、一人の人間の命を救うことだった。それは、この世で最も尊い行いである。

 それが彼のそれまでの過去を清算するわけではない。最後に良いことをすればそれで良いのか、そんな意見ももちろんあるだろう。しかしそれならば、彼が一体どんな過去を持ったどんな人間だろうと、彼が一人の少女の未来を護った、その一点だけは、なんの曇りもなく輝かしい功績であることもまた、確かである』




「ああ、甚吉のことならよおく知ってるよ。昔はよくつるんでたからなぁ。

「あいつがどんな人間か、って?

「そんなもん、とっくにそっちで調べてるんだろう?

「あいにくだがな、調べりゃすぐ分かるようなこと以上の話はねえよ、あいつには。本当に、ただのつまらねえチンピラだったんだ。

「実際は良いヤツだったとか、こうこうこんなことがあって落ちぶれちまったとか、そんなドラマみてえなこともねえ。俺の知ってるあいつは、ただの小悪党で、どうしようもねえクズだった。

「死者を悪く言うなって? アホ抜かせ。悪いやつを悪いっつって何がおかしい? 

「ただ、まあ、そうだな。あいつが本当に見ず知らずのガキを助けるために死んだっつうんなら、そりゃあきっと、尊いことなんだろうよ。


「善人が良いことすんのは当たり前だろ。そういう連中はそういう風に生まれついて、それが当たりまえのことだと思って良いことをするんだ、なにも褒められるようなことじゃあねえ。

「けど、ああいうどうしようもねえ悪党が、気の迷いだろうがなんだろうが良いことをした、っつうんなら、俺はそれを尊いことだと思うさ。

「俺には真似できねえよ。

「あいつが何を考えたのか、なんて、俺には分からねえ。悪いな、せっかく話聞きにきたってのに、ろくなことも話してやれなくて」


 ……。

 …………。




 まったく、やっと帰りやがった。

 なあ、甚吉よう。

 おまえ、世間じゃえらい人気者だぜ?


 まったく笑えるよなあ。

 まさかお前がヒーローみてえに人に讃えられてるんだもんよ。


 お前はどう思うよ、甚吉。

 悪人が心を入れ替えて良いことするのが、尊いことだって?


 馬鹿言っちゃいけねえ。

 本当に尊いことってのはなぁ、自分てめえを貫き徹すことさ。


 なあ、甚吉。おめえあの晩、俺に電話かけてきたよなぁ。

 いい具合に頭の悪そうなガキがいるから、そいつ使って一儲けしよう、ってよう。

 親との関係は拗れまくってるから、ちょいと唆せば簡単に家なんか捨てちまうだろう、だったか。

 俺の撮影セット貸しやがれ、なんて言うもんだから、儲けの分配で揉めて、それっきりだったよなぁ。


 ま、安心しろや。

 俺はそんなこと、世間の奴らに言うつもりはねえよ。

 俺は知ってるぜ、甚吉。

 お前は正真正銘、人間のクズだ。

 最後の最後まで、お前はお前の生き様を貫き徹したんだ。


 だから胸張って、地獄で待ってろや。

 俺もそのうち行ってやるからよ。


 じゃあな。

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