偉大な存在の作り方
浅羽 信幸
偉大な存在の作り方
王とは何か。王国とは何か。
一代限りなら王が他人を惹きつける何かがあればそれで済む。強さであれ、優しさであれ、賢さであれ。何か人とは違うものがあればいい。
ならば王国は。
最も簡単なのは、血の繋がった先代を『神』あるいは優れた統治者としてアピールすることだ。あるいは、初代を。そして初代との血の繋がりを示してやれば良い。
血の繋がりが無いのであっても、明確に指名されたと言う事実があれば良い。
つまるところ、偉大な者を一代目としたときの二代目が為すべき行動は遺言状の確保。遺言状があってもなくとも先代の右筆を手元に置くこと。
そして、初代の要らない部分を露と消すこと。
例えば、情けなくすがりつくような恋文や、酒などでの痴態を。逆に、巻き返せたような敗北や逃避行、敵をほめたたえる言葉は残しておくべきである。寛容さと、逆境に負けない心は大事だからだ。人を惹きつけるからだ。
「また出ましたよ」
部下が半分笑うようにして新しい手紙を紙の山に置いた。
何とも。筆まめで自分の戦いを喧伝し、手紙で篭絡してきた男と言うのは女性に対しても手紙を多く出しすぎている。手元にあればいいが、無い場合は相手から『徴収』する必要があるのも面倒だ。相手が協力的だったり『何も言ってこない』のであれば問題ないが、口を挟んでくるような奴なら厄介極まりない。
「イメージ、崩れますね」
もう一人の部下が山に手紙を加えながら言った。
今加えた物も、恐らくはその類の手紙なのだろう。
「崩れないように集めたのだろう」
冷たく言い切れば、気にしていないかのように先に来ていた部下が肩を揺らした。
「その通りですね」
「しっかし、骨が折れましたよ。偉大な存在、神として崇められるようにするための大事な役目だと言われる割には、人手が足りなさすぎませんか?」
溜息と共に後から来た部下がしゃがみ、手紙の山から適当に抜き、山を叩き始める。
思わず、笑いが漏れて口角が持ち上がった。
「漏れないようにするためには仕方が無いだろう?」
「口の堅さで選ばれた面子ってことですか」
「そう思ってもらって構わないさ」
嬉しいことですねえ、と大して嬉しくなさそうにも心からの言葉にも聞こえる声で部下が言った。
「自分の口の堅さはどうでもいいですけど、これ、本当に燃えるんですかねえ」
「脂なら、たくさんあるからな」
部屋の向こうを見れば、部下二人ともからため息が零れた。
視線が、「持ってくるんですか?」とありありと述べている。
「あれも消さなきゃいけないからな。幸いなことに、脂は豊富だろう?」
「はいはい」
「何、どちらかだけでいいさ」
部下同士が目で語り合い、結果、遠い方の部下が扉の向こうへと歩いていった。
残った部下は手紙に手を伸ばし、これから神になる初代の恥部を見て笑っている。
布を取り出してその部下に近づき、口を隠すとすぐさま短剣で首を貫いた。
「っ、っ!!」
急激に熱くなった吐息が左手を濡らし、肉体が硬くなっていく。
声が漏れないように左手を歯の形が分かるくらいに押し付け、引っ張った。右手はそのまま掻っ切るように首を周回させる。強張っていた力が無くなっていき、やがて力のない重さが腕に伝わってきた。
後は膝を曲げつつ、ゆっくりと手紙の山の後ろに横たえる。
短剣の血を拭い、鞘に戻してから今度は長剣を抜いた。
足音を消して、ゆっくりと扉に近づき、異変を察することなく出てきた部下の胸を一突き。今度は声が漏れても関係ないので、しまったばかりの短剣を左手で抜き、喉を突いた。
「……な……ん………」
血に言葉を濡らしつつ、部下が床に落ちる。
血が体を濡らすが、持ってきた脂自体が濡れているので問題は無い。
「神の、神に非ざる部分は人に知られてはいけないと言ったばかりだろう?」
死体の首根っこを掴んで、山の傍に投げ捨てた。
後は火をつけ、手紙ごと死体を燃やす。
煌煌とした火が肌を燃やし、照らす。手紙は踊るように縮んでいき、肉を焼く良いにおいが部屋に充満し始めるのを確認してから部屋を後にした。
目的地は各出口。それら全てに火をつけ、誰も入れず、誰も出られなくする。
さて、これで神となるべき初代の恥部を知っているのは自分一人。
短剣を引き抜き、随分と熱くなった椅子に座る。
「後は、しっかりと燃えたのを確認するだけだな」
誰に言うわけでもなく零れた言葉を回収することなく、短剣を首に押し付けた。
準備はできた。
これで、初代は偉大で尊きお方となる。神になる。神君となる。
「永く栄える王国の完成だ」
自分でも驚くほどに上がった口角を自覚しつつ、ナイフを首に突き刺した。
偉大な存在の作り方 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii
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