第5話 籠城する銀河皇帝が現政権軍に包囲される

 地球の月軌道上にあるコロニーの一つであるゴパルカンジ警備砦はマゼラン管掌政権の艦隊に完全に取り囲まれていた。銀河皇帝ハッサム4世は影武者を使って地球の宮廷を脱出し、月の都市に隠ろうとしたものの総地球統治オフィスGEHO《ゼホー》の管理は予想より行き届いており、やむなく軌道上の警備コロニーに身を寄せたのであった。

 ゴパルカンジの警備隊長コールマンは突如として銀河皇帝の籠城を助ける立場になったことを天の啓示とし、鈍足の旧式戦艦2隻だけという乏しい戦力を気に留めることもなく自らの人生の忘我の道と定めて徹底抗戦を誓った。

 取り囲むマゼラン管掌政権勢は相手が銀河皇帝であることを重く見てわざわざマゼラン銀河から派遣された遠征隊であった。

 大将はマルダーン国を統治するマストニー将軍、副将はアトック国を統治するクロンプトン将軍とし、二軍に加えてそれぞれ名のある客将が独自の部隊を率いて参陣し勇猛な武将が顔を揃えた錚々たる布陣である。

 艦船はトニー級を中心として宇宙戦艦21隻、突撃工船18隻、防護巡洋艦6隻、疾風巡洋艦25隻、航宙白兵5ブロック合計5000機、強襲歩兵10000である。

 更に総地球統治オフィスGEHO《ゼホー》から、オセアニア方面管轄のジャレル将軍が月からの物資輸送路を封鎖するために、中規模艦隊を率いてこの任にあたっていた。

 マゼラン管掌政権軍の旗艦アイガーでは堅苦しい正装の軍服に身を包んだ士官や兵卒が緊張の面持ちで整列していた。これだけ注目される戦いは滅多に無い。十分な戦力を与えられてドタバタしたところを見せるわけには行かないという事は一兵卒までもが知っていた。マゼラン政権の威厳を保つために失敗は許されない。

 形ばかりの投降勧告を送信して体裁を整えると総大将のマストニー将軍は旗艦アイガーの艦橋で手を前に押し出す仕草をした。攻撃開始の合図である。

 先陣を切るのはマガワン散光星雲領域の戦いにおいて名を挙げた荒法師と呼ばれるチェット・ラバインである。自ら騎乗する突撃工船を中心に搦め手から寄せてゆく。

 一方、ゴパルカンジ警備砦の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎである。

「敵の先陣が搦め手より寄せてきます。」

「ふん、こちらの弱点を知っているというのか。豪華な艦隊を揃えた割にやることが細かいわ。東門の友軍を裏へ回せ。」

 コールマン警備隊長は自ら速射砲のように指示を出していった。

「敵、突撃工船、インポーザー壕直前に錨を下ろしました。」

「しばらく相手に撃たせるから、驚くなよ。そう簡単に警備コロニーの防御は破れない。たとえ相手がマゼランだろうと同じことだ。泡の海奸賊団の襲撃を思い出せ。これしきの攻撃なんともないわ。」

 マゼラン軍の先鋒、チェット・ラバインの突撃工船から一斉砲撃が始まった。物理反動弾がまるで雨あられのようにゴパルカンジ警備砦の搦手門に降り注いでゆく。インポーザー壕の更に内側に撒いてある防御機雷が次々と爆発してコロニーへの直接被弾を防いでおり宇宙空間にキラキラと煌く爆噴煙が幾重にも連なってゆく。すべてを焼き尽くすかのような凄まじい物量の砲撃とコロニーを覆わんばかりの粉塵が限りなく広がっていった。それでもゴパルカンジ警備砦の防御はやぶれず、砲撃がやんだ。

「白兵機がくるぞ。よく狙って撃て。」

 続いてスズメバチの大群のような赤黒くツヤ光りした白兵機の群れが、それ自体に意思があるかのようにうねりを作りながら次々とインポーザー壕に突入してゆく。

 壕の中はインポーザー力場が発生しており白兵機はコントロールを失う。反撃もままならず壕を超えてしまうまでは射撃の恰好の的になるだけである。それでもまるで爪牛の群れが果敢にも流れの早い大河を渡るかのように白兵機は次々と壕に飛び込んでいった。

 コールマンは敵の白兵機がぞろぞろとインポーザー壕に入ったのを十分に確認してから軍配を返した。

「各砲座、撃ち方はじめ!! できるだけインポーザー壕の中で仕留めるんだ。あまりたくさん突破させるなよ。」

 今度はゴパルカンジ警備砦からの砲撃である。古い反動機銃ではあったが蓄弾の数だけは十分に備えてある。

 敵の数が多すぎて砲兵がやたらと適当に撃ちまくるのでコールマン警備隊長は細やかに指示を出す。

「いいか、長く延したパンの生地を包丁で切り分けるように敵のつながりを分断するんだ。慌てたら負けだぞ!!」

 白兵機の群れは、おびただしい犠牲を払いながらも次々とインポーザー壕を越えて防御機雷地帯を抜け、コロニーの第一外壁に取り付いてきた。取り付いた白兵機は分厚い壁に穴をあけるボーリング作業に着手する。この作業が出櫓からの機銃攻撃に無防備にさらされる。

「10時の方向でボーリング作業だ、砲撃を集中しろ。」

 ボーリング作業の盾となって守っている白兵機ごと出櫓の物理反動機銃が掃射してゆく。マゼラン軍の白兵機は繰り返し繰り返し壁に取り付いたが、そのたびに猛烈な機銃攻撃に会いどうしても作業をすすめることが出来ずに、膠着状態が続いた。

 やがてコールマンのパン生地の例えが効き目を現したのか白兵機の部隊に切れ目ができ明らかにマゼラン軍に厭戦感が見え始めてきた。

「あともう少しだ。敵は嫌がっているぞ!凌ぎきれ。」

 やがて白兵機の部隊が完全に分断されだした。そして徐々にボーリング作業にすら入ることができなくなり、とうとう退却をはじめたのである。

「敵が退却してゆきます」

すかさずコールマンは次の指示を出す。

「第二波攻撃が来るぞ。今度は大手門から攻めるに違いない。アイツらはプライドが高いからな。ロワールとモンデゴは控えているか!!」

 専用回線が開かれ虎の子の宇宙戦艦2隻の艦長がすでにキャプテンシートに収まって出撃体勢を整えておりブルペンの戦う牛のように闘気を吐き出している。

「さぁ、うるさい小バエは追い払ったぞ。いよいよ出番だ。二人共よく聞け。何があっても諦めるなよ。必ず戻ってこい。祝杯を用意して待っているからな。ロワール頼んだぞ。」

「一命を賭して!」

「モンデゴ、わかってるな。」

「もちろんです、ボス。マゼランに一泡吹かせてやります。」

 彼らがなぜこのように懸命に戦ったのかはわかっていない。《前奏の乱》は始まったばかりで援軍を望める状況ではなかった。明らかに不利な戦いに臆することなく臨んでいったのは銀河皇帝に対する忠誠心だけではないことは確かであった。マゼラン管掌政権の治世に対する反発もあったに違いない。しかし何よりも、時代のうねりが否応無く彼らの運命を決めていったことが大きい。自分たちの力で歴史を動かしてゆくという実感が彼らを奮い立たせ戦場に駆り立てたのだろう。また一説には組織のために動こうとするこうした心の動きというのは仮想超巨人からの《受降識》が関わっているとも言われている。

 マゼラン管掌政権軍の旗艦アイガーでは、先陣を任されたにも関わらず搦め手の攻撃に失敗し、やむなく引き上げたチェット・ラバインが痛恨の面持ちで頭を下げていた。

「敵の防御は思いのほか手強く、もうしわけございません。」

総大将のマストニー将軍は全く表情をかえない。副官が代わって声をかけた。

「追って沙汰をする。」

マストニー将軍は再び手を前に差し出し「押せ」の合図をした。

 第二次攻撃は遠征軍の副将クロンプトン将軍が率いた。コロニー大手門前に宇宙戦艦7隻、突撃工船5隻、疾風巡洋艦多数という小さな警備砦を攻撃するとは思えない厳つい陣容である。もっとも相手がコロニー内に籠もってしまうとなるとどうしても攻撃側の戦力は大げさにならざるを得ないのは道理である。さらに中に銀河皇帝がいるせいか、砦の士気が異常に高いことも想定外であった。

「攻撃開始。」

 合図とともに、艦砲射撃がゴパルカンジ警備砦コロニーの大手門を目標として怒涛の勢いで襲いかかった。咆哮と無数の爆破破片がもうもうとあたりを包み込む。しかし大手門には防護機雷帯を厚く盛ってあるためこの砲撃にも耐えていた。

「いずれボロが出る。砲撃を続けよ。休むな。大手門は防護が一番強い場所だからこそ突破すれば落城に一番近いのだ。意地でもこじ開けるのだ。」

 クロンプトン将軍は徹底して射撃を続けた。トニー級の宇宙戦艦に装備されている30口径物理反動単射砲の全砲門を開いて主砲攻撃を主軸とし、SS式貫通弾をはじめとする誘導弾をすべてのランチャーをフル稼働させて湯水の如く打ち込んだ。疾風巡洋艦からは無数の巡航魚雷と多銃式20ミリ物理反動機関砲が一斉放射され、弾幕で目標が見えなくなるほどであった。

 やがて、大手門脇の通用ハッチ付近の防護機雷帯に風穴が空いた。

「全艦に告ぐ、攻撃を大手門南の通用ハッチに集中せよ。あそこから突破するぞ周りの出櫓も落とせ!」

 その時、思わぬ報告が入った。

「艦隊の西側に敵出現。攻撃を受けています。」

「なんだと、どういうことだ。」

「例の、旧式戦艦です。艦隊の横腹を狙われました。」

「なぜ急に現れたんだ。バラワン艦ではないはずだぞ。」

「どうやら、動力を落として漂流してきたようです。」

「なに、ここまで気づかれずに慣性航行で流れてきたというのか、メチャクチャな連中だな。うーむ、放っておくわけにもいかんだろう、西側の兵力を30%削って応戦にまわせ。」

 その頃マゼラン軍の布陣の反対側では、もう一隻の旧型戦艦がやはり動力を落として闇に紛れ慣性航行で東に回り込みつつあった。

 骨董品の光学拡大鏡から目をそっと離して副官がロワール艦長に小声で報告する。

「モンデゴ艦が攻撃をはじめました。敵のおよそ30%がモンデゴ艦に応戦するため回頭を始めたようです。」

「よし、こちらもそろそろ動力を上げるぞ。みんな覚悟は良いか。敵の応戦隊が完全に西を向いたところを後ろから攻撃する。出端が勝負だ。弾を余らせるなよ、撃ち尽くせ。」

「敵の回頭がまもなく終了します。」

「よーし、もう声を出してもいいぞ。」

ロワール艦長はあらん限りの大声を張り上げた。

「動力上げぇ。エンジン始動。艦内電力補充急げ!!」

「エンジン始動シーケンス開始!! 船を叩き起こすぞ、負荷ギリギリで全システム起動。」

「操舵装置、機関コントロール系、兵装管理装置、起動よし。」

「エンジン電圧、しきい値を越えます。エンジン始動、全電力供給。」

「各砲門に告ぐ、もう一度確認する。敵の動きをよく見て動きの鈍い船に攻撃を集中するんだぞ。忘れるな。撃ち方、始めーっ!!」

 ロワール艦の全砲門がギシギシときしみ音を上げながら火を吹いた。後ろから攻撃を受けたマゼラン軍の陣形は明らかに動揺を見せた。

「後ろから攻撃です。もう一隻の旧型艦に後ろに回られました。」

「また慣性航行で漂流したのか。アイツらは頭がおかしいのか。動力を落としていて見つかったら反撃できないのに、まったく呆れた連中だ。」

「突撃工船3艦が被害甚大。取り回しの遅いのが狙われているようです。」

「もうそんなに被害が出てるのか。仕方ない。面倒だが、先にこっちをどうにかしなくてはならないな。正面攻撃を一時中止しろ。艦隊を西と東で半分に割ってそれぞれ敵のボロ船を沈めてしまえ。」

 ロワール艦が攻撃を始めたタイミングを見計らってモンデゴ艦は脱出の体勢に入った。敵艦隊が体勢を持ち直してこれ以上損害を与えることは出来ないギリギリのタイミングである。撃てるだけの砲弾を撃ち尽くして大手門前のインポーザー壕に宇宙戦艦ごと飛び込んだ。そしてコロニーの裏側の桟橋に向けてエンジンを炊けるだけ炊き上げて最大船速で逃げ始める。

 ゴパルカンジ・コロニーからもモンデゴ艦の退却を援護するために追手の艦船に砲撃を浴びせ続けた。

 しかしマゼラン軍は砲撃をやめて白兵機での追跡に切り替えた。この判断は正しかった。小型機のスピードは桁違いでモンデゴ艦は壕の中であっという間に白兵機に群がられてしまったのである。コロニー外壁とは違って旧式宇宙戦艦の外甲板は薄く、次々とちぎり取られて駆動装置がまたたく間にむき出しになった。

「やはり捕まったか。」

 コールマン警備隊長はモンデゴ艦が逃げ切れないことを悟った。

「モンデゴ、艦を捨てろ。大手門の通用ハッチを開く。そこから逃げ帰れ。」

「ボス、申し訳ねぇ、あわよくばと思ったんだが、やっぱり桟橋まで辿り着けそうもありやせん。」

「いいから、脱出ギアで、こっちまで戻ってこい。」

「それは出来ませんぜ、ハッチを開ければ敵に狙われます。それじゃぁ砦がやられっちまう。」

「では、どうするというのだ。」

「どうでしょう、この艦を出城としてもう一泡吹かせてやろうと思いますが。」

「・・・・・」

「そっちからも砲撃を頼みます。」

「モンデゴ、いいのか。」

「俺も武士として生まれたからには死に場所というのはいつも探してまいりました。奸賊との戦いでも何度も危ない目にあったが、この戦いは今までとはわけが違う。命の捨て甲斐があるってものです。兵卒も皆、船乗りだからねぇ、いざとなったら一蓮托生、わかってくれるでしょう。」

「そうか、モンデゴ、俺もその気持がわかるぞ。ならばお前の魂の声を尊重しよう。」

「ありがてえ、よーしみんなぁ、船を壕から出して、艦首を敵艦隊に向けるんだ。反撃するぞ。」

 モンデゴ艦は、赤黒く血の色のような白兵機に艦のいたるところに群がられたまま、もうもうと煙る爆塵をまとってインポーザー壕から這い出てきた。そして敵正面に再度攻撃を仕掛けたのである。

「なんだってオレたちは《争い人》なんてやってるのかねぇ。世界には《暮らし人》もいるというのに、どうしたって争いをやめられねぇ。だが、やめられないなら命を燃やし尽くすまでだ。」

 最後にモンデゴはそう言ったとされている。モンデゴとクルーたちはこの戦いにおける反乱軍側の最初の本格的な犠牲者となった。

 モンデゴ艦が、再攻撃をかけている間にロワール艦は追手を振り払いながらコロニーの後ろの桟橋にどうにかたどり着いた。

 そしてこの初戦のあと大方の予想を覆してゴパルカンジ警備砦は4ヶ月に渡って籠城しマゼラン管掌政権派遣軍の侵入を防ぎ続けたのである。

 繰り返される攻撃に耐え続け、月からの物資の補給は厳しい封鎖を掻い潜り何度失敗してもあきらめなかった協力者の存在があり、小さな警備派出所からのハシケによるゲリラ攻撃もマゼラン軍を悩ませた。よくぞ4ヶ月も持ちこたえたと、警備砦を称える論調が銀河に広がっていったのである。



「争い」にまつわる一節

 人類はプロメーテウスに与えられた炎で争い事を起こした。やがて指一本で人を殺すことのできる武器が生まれて、ひ弱な者も子供も老人や病人までもが被害者としてだけでなく加害者としても争いに巻き込まれていった。それは恐ろしいことだったが中でも争いの何たるかを知り平和を求め互いに許し合うことが必要と考える人たちまでもが、他人の命を奪い、手足を奪い、魂を奪う事になったのはまさに悲劇でしかなかった。人類はこの地獄をどうにかして抜け出そうともがいたが、争いはけして無くなることはなかった。その理由が人類の総体としての仮想超巨人ダイニチの全体知の致命的な欠如にあると分かってからは争いはすぐになくすことが出来ないのだと悟ることになる。

 そこで人類は戦いを職業とする武士を復活させ、日常において常に争う心に囚われている政治家や武士や大規模商売人などの人たちを《争い人》として生活圏を隔離したのである。

 人にはそれぞれ学びや気づきが必要だが、争う人たちは争いの中でしか本当の学びは得られないのである。

  《争い人》に関する研究の第一人者であるジエン著 「探し人の見た人類の争い」より


【用語】

インポーザー壕・・・鳩信に使われるインポーザーエンジンと同じ仕組みの質量転移幻惑装置の一種。主に武装された城などの防護に用いられる。

防護機雷帯・・・爆破エネルギーに指向性をもたせることで城などへの直接被弾を防ぐ膜状の機雷帯。扱いに優れていて補修も簡単。

白兵機・・・・一人乗りの小型戦闘機、機銃や誘導弾も備えているが、最大の能力は艦船などに取り付いて物理的破壊を行う工作装置。敵艦内部へも侵入し機能を奪う。

泡の海奸賊団・・・月の泡の海を拠点とする土着の豪族。奸賊と呼ばれているが正式に所領を主張する地侍の集団

爪牛・・・水牛の亜種。人類が遠い星系に新たな開拓地を求めた時、当該星系の環境を地球化するために推奨された半野生半家畜の動物。今では各地に固有種が発生している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

塵劫の果てに 浦島快晴 @urashimakaisei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る