第4話《解説》星間移動を可能にしたバラワン航法

 天の川銀河の辺境、ペルセウス腕の終端にあるセーハ国の王バルトロは皇帝からの使者の来訪を受けて、三代に渡って戦いを繰り返してきた隣国タベラを征服する決意を固めた。この頃すでに銀河帝国の首都である地球では皇帝ハッサム4世が旗揚げの決意を述べたナルパリ宮殿の表が行われた後である。

 このようにマゼラン銀河や広い天の川銀河の端までを移動したり鳩信と呼ばれる物理通信をおこない《同時》という概念を維持しているのがバラワン航法である。このエピソードではバラワン航法の解説を試みる。銀河帝国の推移のみを知りたいならば読み飛ばして構わない。


【バラワン航法とは】

 亜光速を出すことのできるエンジンによる航法の総称。エンジンには主に大きな宇宙船などを動かすコンフュージョンエンジンと、鳩信に使う鳩箱を送る小型のインポーザーエンジンの二種類がある。※エンジンの説明は次の機会に譲る


【亜光速と16万光年先にあるマゼランへの旅】

 亜光速とは光の速度に限りなく近い速度である。もちろん光速より遅い。したがって地球からマゼラン銀河までは昔の常識では少なくとも16万年以上かかるわけだが、実際には18日で到着する。往復36日である。なぜそうなるかを以下に順を追って説明する


【光速は秒速30万キロという誤解】

 光の速度は秒速30万キロという誤解は長い間続いてきた。 なぜ宇宙で一番速いとされる光が秒速30万キロというなんとも中途半端な速度なのか。それは地球表面という特殊な観察環境にこだわる考えから抜け出せなかった事による誤解である。


【光の速度は無限大】

 本当の光の速度は無限大である。光はあらゆる場所に瞬時に到達することができる。なぜならば光速で移動した時に時間の遅れは相対性理論により無限大となるからである。つまり光子の視点に立てば移動している間に時間は一切経過していない。すなわち光の速度は無限大となる。自分の観察環境(地球表面)にこだわりすぎず相手の立場に立つことが真実を導く。


【光速を超えることは出来ない】

 光が秒速30万キロなら、秒速40万キロを出せば光速を超えられる。しかし実際には光速は無限大なので光速を超えることが出来ないのは必然的な道理である。


【マゼランまでの18日間】

 現在の最高性能のバラワンエンジンで宇宙を旅すればマゼランまで18日で到着する。これは光速の99.999・・・と9が13桁続くパーセンテージという非常に光速に近い速度を出すために相対性理論により時間が遅くなり、宇宙船の中では18日しか経過しないために可能になった到着時間である。


【マゼラン往復は36日間だが】

 往復でも同じである。地球に帰ってくるのは36日後である。問題となるのはこの到着時に地球では32万年が経過しているのではないかとされる、いわゆる《双子のパラドックス》や《浦島効果》と呼ばれてきた仮説がなぜ起きなかったのかということである。少し専門的になるが解説を進める。


【現在という概念の崩壊】

 地球付近を亜光速で通り過ぎる宇宙船があったとする。宇宙船の真ん中でライトを点灯させるとライトの光は宇宙船の両端に同時に届く。しかしこれを地球上から観測すると光は宇宙船の後部に早く届き、船の先端には遅く届く。同時であるはずの事象が同時に起こらない。この時間の幅のことをオニールタイム[相対同時時間幅]と呼ぶ。オニールタイムが発生することにより《現在》に幅が出来たことになる。


【他者の現在には幅がある】

 《現在》に幅を作るオニールタイムが発生するのは必ず他者である。自分にはオニールタイムは発生しない。オニールタイムが発生するためには一定の距離が必要だからである。


【他者の未来と過去を見る】

 亜光速の宇宙船の後部に光が届くのを地球から観測した時、光が本来より一秒早く届いたとすると、地球から見ているのは一秒未来の事象である。同様に宇宙船の先端に遅れて光が届くのを観測したときには、過去を見ていることになる。


【誰にとっても現在は瞬間的なもの】

 宇宙船を地球から観察し《現在》に幅が現れるオニールタイムの中で時間差を持って観察できる事象は宇宙船の中では全て一瞬で発生している。オニールタイムのどこで発生しようと宇宙船の中では刹那もない瞬間の《現在》なのである。


【距離によって膨大な値となる現在という時間】

 オニールタイムの最大値を算出するのは簡単である。例えば地球から1光年先にある天体の場合、光が(地球観測で)往復する時間つまり2年がオニールタイムの最大値である。16万光年先にあるマゼランでは32万年の最大値を持つ。


【因果律の崩壊】

 亜光速の宇宙船の中でライトを点けると光は後部に先に届く。この時宇宙船の中で光が届く本来の時間よりも先に地球では光が届く様子を観測することになる。光が届いた[結果]の観測が、光が届いたという[原因]よりも先に起こる。[結果]と[原因]が必ずしも順序通りに発生しない。(地球にいる観察者にとって)オニールタイムの中では因果律は崩壊するのである。


【過去からの出発】

 マゼランのオニールタイムはプラス・マイナス16万年の32万年である。この32万年が当事者にとっては一瞬の《現在》なのである。この中では外から見て因果律を無視したような事が起きても当事者にとっては矛盾がない。したがって宇宙船が地球を出発する16万年前にすでに宇宙船は[帰り道]をマゼランから出発するということが可能なのである!!


【買い物に出かけた人】

 この現象は何も宇宙空間に限らず起きている。買い物にでかけた人も速度を持って移動するので相対性理論の影響を受ける。すると買い物に出た人は家で待っている人と同じ《現在》に帰ってくることが出来ない。この矛盾は買い物にでかけた人が家から離れるため、ほんの微小なオニールタイムが発生し、家で待っている人から観察するとわずかに過去にさかのぼって帰路につくために解消されているのである。


【バラワン航法の基礎原理】

 バラワン航法はこのような宇宙の基本法則を有意に利用して行われる航法である。亜光速で飛ぶことにより、オニールタイムを最大にし、地球から見てこのオニールタイムの最も未来の端に到着し、最も過去の端から帰途につく事によって成り立つのである。



 ・・・・以上、バラワン航法について解説した。このバラワン航法を実現するためには亜光速を出すエンジンが必要不可欠である。いずれバラワンエンジンについても解説する。

 なお、次回は銀河帝国の推移について話を戻す。



【話末】技術学校におけるバラワン航法に関する基礎問題の一例

 例題

 AさんとBさんは双子の兄弟です。AさんはBさんを地球に残し4光年先のプロキシマ・ケンタウリ星系まで宇宙旅行にでかけました。移動手段は限りなく光速に近い宇宙船です。以下の問に答えなさい。(現地での滞在時間はないものとする)


 問1

 Aさんがプロキシマ・ケンタウリ星系まで旅行し地球に帰ってくるまでを地球で観測した時の様子を縦軸に時間(単位は年)、横軸に距離(単位は光年)を取った二次元のグラフに書きなさい。ただしオニールタイムは考慮しないものとする。


 問1の答え

・地球出発点Cを[0,0]に取る 

・プロキシマ折返点Dを[4,4]に取る 

・地球帰還点Eを[0,8]に取る 

・点Cと点Dを線分で結ぶ

・点Dと点Eを線分で結ぶ



 問2 

 上で描いたグラフをオニールタイムを考慮して書き直しなさい。またプロキシマ・ケンタウリ星系のオニールタイムの開始時間と終了時間を記し最大幅を答えなさい。


 問2の答え

・プロキシマ折返点Dを2つに分けてDとD'(Dプライム)とする

・地球帰還点Eとプロキシマ折返点D'(Dプライム)の線分を縦軸に沿って下に並行移動する

・地球帰還点Eを[0,0]に定める

・プロキシマ折返点D'は[4,-4]となる

オニールタイムの開始時間は〈4年前〉 終了時間は〈4年後〉幅は〈8年〉


 問3

 Aさんの宇宙船がのんびりクルーズの秒速29万キロとした時、Aさんは何年で地球に帰ってきますか。小数点以下を四捨五入し整数のみで答えなさい。この時、地球で待っていたBさんはどれだけ時間が経過していますか。またその理由をオニールタイムと言う言葉も交えて述べなさい。


 問3の答え

のんびりクルーズの往復時間・・・《2年》

地球のBさんの経過時間・・・《2年》

理由・・・《オニールタイムはどんなに幅があっても当事者にとって一瞬であり、また立場を入れ替えても成り立つため》(答え例)


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